STORYS.JP

Full Yuka

Full Yukaの人生のストーリー

ストーリーをリクエストする

Full Yukaの人生のストーリー

一本の間違い電話から始まった

16歳の冬、運命の人に出会った。 それは、鬱々とした気持ちでいた時、不意に親友と私のナンバーを半分ずつ合わせたの番号に電話かけてみた。 その番号をかけて繋がったのが今の主人。 気づけば2時間も話していた。 お互いのプリクラを手紙に貼り付けて送り合って気に入ったら会おうよ!って事になり、お互いにプリクラを見て気に入り、新宿駅でお互いに友達を連れて4人で会う事になった。 カラオケでは、いつものように私は

死ぬ気になれば何でも出来る!ひょんな事からバラエティに出た一般の主婦

ひょんな事からバラエティ番組に出る事になった! 10月末頃に初の人間ドッグで、乳がん検診と便潜血、胆のうポリープで要精密検査になり12月中旬まで通院となった矢先… このまま具合悪くて、もしもの事があったら…と考えていたら、やり残した事は何だろう?と思っていたら目に飛び込んで来たのは、素人でもバラエティに出れるチャンス‼︎って文字。 とりあえず、履歴や希望動機、私はこういう人ですよ!って長文を書いて送

悪運が強い〜小1の終わりに家出をした〜

物心ついた頃には既に父親の存在はなかった。 そして祖父と母親と3人暮らし。 小学1年生の終わり頃に再婚… 相当、反発したし、私は家出を決意した! リュックの中に懐中電灯とお菓子、小銭を持って真冬の雪がチラつくような夕方に実行。 段々と夜になり、もう引き返せないぞ!って思った。 寒さに凍えて、目の前の車に掛かってた毛布みたいな布を拝借して、それをかぶって寝た。 多分夜中の気温はマイナスだったと思う…

悪運が強い〜小学2年生の時に誘拐犯に狙われた〜

小学2年の時に友達と夕方まで公園で遊んでいた時に、夕暮れがかってきた頃、辺りを見渡すと、友達と私しか居なくて、みんな帰り出して居た。 突如、知らない中年のおじさんが近づいてきた… あの大きな木の所に実がなってるよ、ほら!おじさんが抱っこしてあげるから取ってごらん…抱き抱えられて、ゾワっとした。 直感から、危険を察知にして動悸がしてきた、逃げないと… どうにか逃げ道を探してる最中、おじさんが尿意を催し

毒母に育てられて

物心ついた頃には既に父親は居なかった。 おじいちゃんと母親と3人暮らし。 それが普通の日常だった。 小学1年生の終わり頃に再婚する日までは… 結婚する少し前から母親と電車とバスに乗り、知らない男の人のアパートへ通うようになった。 それが何か分からないけれど、とても嫌な感じがした。 ある日突然、母「この人がパパになるよ!」 男「パパになっても良いかな?宜しく!」って軽いノリで言ってきた。 私には何が何

毒母に育てられて2

小1の終わりに母親30歳、その男19歳で再婚してから、私の地獄の日々が始まった。 思えば、その男の長男は私の8歳年下だ。 要するにデキ婚って事だ。 再婚でデキ婚、2回目なのに盛大な結婚式、相手は祖母が営むスナックの客だった。 祖母が母親に勧めた縁談である。 「動物は好きか?子供が好きか?」 その問いにYESと答えただけなのに、動物好き、子供好きに悪い人は居ないって、どんだけ非常識な人なのだかうかがい

毒母に育てられて3

薄暗い道を歩いているような日々だった… その後に弟が生まれて私の居場所は益々なくなったような気がしてた。 それでも私は弟を恨んだりはしなかった。 暫くして、母親は相変わらず、祖母のスナックに働き始めた。 私が弟の面倒を見るのは当たり前になったし、弟は私の事をママって間違えて呼ぶ程に私が母親になっていたのかも知れない。 その2年後、妹が生まれた。 ダウン症で生まれた。 母親は泣いてばかりいた。 それな

生んでくれて、ありがとう。生きててくれて、ありがとう。

高1の冬、あなたに出会えた事で命が救われた。 それまでの私は「自分なんて生まれて来なければ良かった」と思っていた。 とうとう、決定的な事があったから、私は生きていたくなくなった。 大量に風邪薬を服用して、お風呂の中でウトウトして死にかけたりした。 何度も死のうとしても死ねなくて次第に自分を痛めつける事をしていた。 夜まで遊び歩く、育ての親の祖父に反抗して心配かける等、悪そうな友達が周りに居るような、

毒母に育てられて4

母親は買い物依存症とパチンコ依存症になり300万の借金… 5年生の頃から本当に最悪な展開だった… 男が母へのDVが激しくなり、母親も男も、それぞれ帰宅しない日があった。 その頃に夜中、弟が拐われた。 2人が飲みに出かけた時に鍵をかけ忘れて、そんな日に限って知らない男が家に入り、玄関で泣いてた2歳の弟がホテルに連れ込まれ、しかも日本刀を持って居たらしい…ホテルの従業員が通報して逮捕。 次第に雲行き怪し

毒母に育てられて5

脱出への道へ向かうも困難が立ちはだかる。 中学校…余り良い思い出がないな。 青春時代真っ只中で戻りたい!って思う人が多いと思うが私には思い出したくない過去だ。 記憶喪失になりたいと思う位。 小学校の頃は行事に母親が来ないことが当たり前になって居たし高学年からは親に変わって小さな弟や妹の育児するようになって、ちょこちょこ欠席もしてたし… 肺炎になった時は、コーラとポテトチップスの、のり塩食べて凄く辛い

毒母に育てられて6

ある日、みんな去った。私の人生第2章の始まりが、その少し先にあった。 中学生の時、家庭脱退した。 再婚相手の男が出て行き三カ月程経っていた。 母親が、その間はバイト情報誌などを見たり家にゴロゴロして居る時が増えて心なしか嬉しかった。 それまでの人生の中で1番、ゆったりできた束の間の時間だったのかもしれない。 ファッション雑誌を一緒に見たり.少しばかり、その時間には幸せを感じていたけれど、突然、母親と

毒母に育てられて7

あの日、あなたに出会わなければ私は、きっと、まだ悪の渦中で生きていたのかも知れない。 主人と出会ったのは、16歳の時。 その時、周りは悪い奴ばかりだった。 その中で断トツに良い人だったのが後に主人となる人。 話が面白い訳でもなくてパッとしない人だったし、優しいだけの友達止まりって感じの人だった。 そして、体育会系で礼儀正しく真面目な人。 正直、こんな人に出会うのは初めてで、戸惑いはあった。 私は彼に

毒母に育てられて8

楽しい事、優しさ、温もり、寂しさ、好きな気持ちが温かくも時に痛みを伴う事、様々な景色を見せてくれて、感情を引き出された。一緒に居たら居るだけ吸収して、その内、体の一部になった。 そのくらいに私の中で影響力が強い人物。もの穏やかで真面目で特に特徴的なものは無くて良い人で、なのに凄く心強くて、私の事を支えてくれる人。 10代は泣くことが多い時期だった。 やっぱり会えない寂しさ、不安もあったし、ワガママも

毒母に育てられて9

20歳で母になった。それから、二人三脚で夫と育児をした。 私は20歳で、見知らぬ土地に移り住み、出産をする事になる。 出産前後は里帰りできる場所も無く産院へ来る者もなく少し寂しいような感じだったので看護婦さん達は察してくれたのか気を遣って優しくしてくれていたように思う。 結婚=幸せって直ぐには結び付かず、私は、折角、毒母達の居る土地から離れて安心するも今度は出産して母となるのと同時に、何故、自分は里

読んでよかったストーリー

Full Yukaさんが読んでよかったストーリーはありません

書きかけのストーリー

Full Yukaさんにもっと聞きたい話リクエストする

|