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坂元 由貴

坂元 由貴の人生のストーリー

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坂元 由貴の人生のストーリー

アートを習うことが人を育てるという話

           高校時代、美術科だった。理由は、兄が通っていておもしろそうだったこと、普通科なんてまた同じ勉強のくりかえしでつまらないと思っていたこと、だった。 この頃から、普通のことや、繰り返しなにかをすることがあまり好きではなくて、新しいことに挑戦したいタイプだったと思う。 振り返ると中3で少々不登校になっていたので、成績が悪かった。普通科に入ることを選んでいたら、ヤンキーになり、人生は変

今はそのうち過去になり、みんなおじちゃんやおばちゃん、おじいちゃんやおばあちゃんになるという話

            私は基本的に、 人生どんな困難も乗りこえられる と思っている。 実際には、乗りこえられるというか、ただ時間がすぎて、新しいことが上書きで記憶に保存されていき、あれ、あんなに苦しかったあのこと、今は思い出しても心が痛まないなーとか、そういう風になれる、と思っている。 よくいう、 時間が解決する 、ということは、このことだろうと思う。 私がそうなってきたのには、新しいことにいろい

日本の企業、全体的にブラックかもしれない話

    いいかえると、日本の働く環境自体、ブラックなんではないかという話です。 オーストラリアに来て、そう思いました。 海外かぶれ、そう見えます?笑 いや、世界を知るってことは、すばらしいと心の底から感じてます。すてきなすてきな体験です。 早速ですが、なぜ私がそう感じたか、 オーストラリアの労働環境をお伝えします。 その1.  時給がべらぼうにいい。 日本人のワーキングホリデーの人がよく始めに働く場

読んでよかったストーリー

ほー りぃ
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僕の名前も忘れ、100万人に1人の難病を患った妻と僕の物語

  「全生活史健忘(解離性症候群)」 これが妻に告げられた病名である。 ------------------- 発症以前の出生以来すべての自分に関する記憶が思い出せない(逆向性・全健忘)状態。自分の名前さえもわからず、「ここはどこ?私は誰?」という一般的に記憶喪失と呼ばれる状態である。「記憶喪失」と同視されている。障害されるのは主に自分に関する記憶であり、社会的なエピソードは覚えていることもある。
白石 悠
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福岡から歩いて日本を一周する間に出会った人や出来事のお話  其の四

1;旅を始めて② 旅に必要な物はそんなに多くない。 テレビ、パソコン、車、言うなれば携帯もいらない。 そんなものよりも楽しいことが沢山待ってる。 そして、人生を変える出会いが待ってる。 朝起きたら言ってやるんだ! イヤッホー!! 今日も最高の一日が始まるぜ!! って 2:充実感 愛知県の国道を歩いてると後ろからバイクが追い抜いていった。 ライダーが左手を伸ばしてgoodのポーズ。 後ろに乗ってた小学
白石 悠
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福岡から歩いて日本を一周する間に出会った人や出来事のお話 其の弐

1:岡山県で出会った子供達 夕方コンビニの前で休憩してると、3人のチビッ子が近付いてきた。 「なぁ、おにいちゃん旅人なん?」 「そうやねぇ福岡から歩いてきとるよー」 「マジで旅人なん!?すげー!!そうかなー?って思いよったんじゃ!!」 「あたしが最初に見つけたんよー!!」 「だから言ったやん!やっぱ旅人じゃ!」 小学校高学年の男の子二人と、低学年の女の子の3人だった。 「どこに泊まりよんの!?」 「
Kinoshita Izumi
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私が二重まぶたにした理由~整形って悪いこと?~

22歳の時に埋没法で二重まぶたにした私の経験談です。 誰だって色々なコンプレックスを抱えているもの。 家庭環境、学歴、性癖、そして容姿。 私は、22歳の時に埋没法による二重まぶたの手術を行うまで、 一重まぶたにコンプレックスを抱えていました。 小学5年生から大学4年生まで、アイプチで目をごまかす日々・・・。 大学生になると、オールでの飲み会や、夏には海で遊ぶなど、遊びの幅が広がり、 アイプチをするの
永石 和恵
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【THE九州男児な父へ】45年勤続した会社の最終出社日を迎えた父に贈った娘のお手製『私の履歴書』

うちの父は長崎出身のTHE九州男児。 見た目も性格も。 寡黙で真面目で照れ屋で、 でもお酒入ると熱弁し出して少し厄介。 そして、とても優しくて家族思いの素敵な父です。 私はお父さん子でした。 お風呂も父と入っていたし、 勉強も宿題も父にいつもお世話になっていた。 食べ物の嗜好や考え方も母より父とのほうが合い、 私の人生において、父はとても大きな存在です。 私の父が定年を迎えることを聞いた時、 45年
三上 優貴
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大切な人を失った女の10年+αの話

今から十数年前。 3年と少し付き合ってる彼が隣にいる。 『彼』がそばにいること。 それはすでに当たり前になっていて、その当たり前がどんなに幸せかまだ若かったわたしにはわからなかった。 失うことなんて考えもしなかったし、この日常がずっと続くものだと思ってた。 お互い久しぶりの休日で、彼が趣味としているサーフィンをするために海へ向かってる途中。 移動が嫌いなわたしは機嫌が悪い。 わたし 『もっと近い海で
イサカ アツコ
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職人パパが、娘と難関私立小受験に挑戦した話

15歳で中学を卒業。 自分で見つけた、その道の師匠のもとに住み込みで弟子入り。 20歳で独立。 九州から、東京へ。 自分の腕一本で生きてきた、職人。 学歴フィルターとか、受験戦争とか、偏差値とか、 そういうものとは無縁に生きてきた。 生真面目に仕事に向き合い、 周囲の人との信頼関係を結び、 名刺さえ持たず、自分の技術だけを頼りに働いてきた。 そんな職人がパパになった。 娘に 「よい環境、よいお友達と
渡辺 健一
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趣味で生きていかれるのか・第3回・趣味の収支について

 今回は大切な「お金」の話です。お金の話は、一筋縄にはいかないので、今回は、その導入部分ですよ。まぁ、気楽にお読みください。そんなこともあるのかなぁ、というくらいに読んでみてくださいね。ああ、ちなみに、この原稿は、北海道の登別温泉で書いています。半分仕事・半分趣味で北海道に来てしまいました。いい湯だったなぁ。 ちょっと、前回の付け足しからはじめましょう  第2回「サラリーマン編」で、ちょっと書き忘れ
渡辺 健一
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趣味で生きていかれるのか・第2回・サラリーマン編

さて、書きましょう!  サラリーマンさんに「趣味で食べていこう」というと、関心があるくせに「自分にはできないよ」となることがほとんどです。   あら、寂しい。  どういうことでしょうか?  まず、趣味で食べている人が居るのか居ないのか、それが特別なのか普通なのか、そこが重要ですね。たとえば「釣り」は趣味ですね。釣りで食べている人がいるのでしょうか? でも、釣り具屋さんは立派な職業ですね。同じ釣りなの
渡辺 健一
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趣味で食べていかれるのか?

僕は来年50歳になるが、就職したことがない。 もともと、家業があるわけでもないし、資産家でもない。 アルバイトもほとんどやったことがない。 でも、結婚しているし、子どもは2人、大学生と高校生。 マイカーを持っているし、小さなマンションの部屋も持っている。 就職もせず、じゃあ、何をしていたのか? 1:20代前半は、塾講師をやって、ちょっとお金を貯めた。 と言っても、カメラ一式を買う程度。 2:そこで、

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