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Yuki Ueda

高校卒業後、カナダに留学していました。
現在は、人の生活の助けになって、心から喜んでもらいたいと思い、理学療法士として活動しています。
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Yuki Uedaの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

神谷 純平
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「安定していけば、生涯年収2億円」僕は大学を辞めることを決めた。

大学を辞めたらこうなりました。 このストーリーはわたしの大切な仲間、勇太さんの壮絶な生涯をJUMPEIが代わりに書き残したものです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 第1話 寿司屋のバイトが○○で2500万円稼いだ話 勇太 スーツを着るのが嫌だ!サッカーで食ってく。 そんなことを思ったのが中学2年、サッカー少年の時だった。 しかし、飽き症だったわたしは、サッカーに集中することが出来ず サ
阿江 翔太
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「自分のやりたいことがわからない」それはただ失敗を恐れていただけだった

阿江 師匠。 やりたいことがわからないっす… 億万長者の変態師匠 ふーん。とりあえず何でもやってみればいいんじゃない? 自分のやりたいことがわからない 大学2年生の2月某日。 「身を切るような寒さ」 この言葉がふさわしい日だったのを覚えている。 そんな寒い日にも関わらず 渋谷には相変わらず人が溢れかえっていた。 街行く人たちは指先まで冷え切った手を 「ハァー」っと温めながら 足早に快適な室内を目指し
白戸 佑一
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世界でたった一人の人間との出会いで、人生720度変わります!

〜買うならヴィトンにしろ!!億万長者ビールおじさんと私〜 本気 で今の 自分の人生を、より良く変えたいと思う あなたにだけ贈る物語です。 ここまでたどり着いたあなたの行動力本当に素晴らしいです。 それでは私とメンター『億万長者ビールおじさん』との出会うまでの楽しい物語の始まりです。 では一緒に覗いてみましょうw つまらないと思う人生からの脱出までの始まりです!!! ああぁ〜だり〜な・・・・ まだ寝み
中村 珍晴
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僕は車椅子に乗っている。ただ、それだけのこと。~幸せになるための〇〇~

19歳の夏、僕は首を骨折し、首から下の動きと感覚をすべて失いました。 -------------- 9年前、僕は大学に入学しアメリカンフットボールを始めました。 進学先に体育学部を選択するくらいスポーツが好きだったので、すぐにこの競技の魅力に惹かれ、無我夢中に練習に取り組みました。 そして、2007年9月1日、デビュー戦を迎えます。 前半が終わり14-7。僕らは7点差で負けていました。 「まだ逆転で
小泉 憲一
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月収12万円だったしょぼい起業家が、新しいビジネスを立ち上げて3ヶ月で収入を30倍にした話

6年前、終わりの始まり ああ、もうダメかもしれない・・ サプライズを企画する会社をはじめて6ヶ月。 オフィスが無いおかげで大きな固定費はないが、 収入源のあるビジネスじゃないのに社員を雇ったせいで 毎月100万円以上のお金が飛んでいく・・ 社員に給料を払うために、自分の手元に残すお金は 月々の少ない生活費の12万円が限界。 つまり、 月収12万円 これが起業して6ヶ月もたったその頃の私の月収だ。 用
抽象画家 taro3
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精神障害の母とアル中の父から教えられた「実にシンプルな生きることの意味とは?」後編

前回のお話では、私の生い立ちについて簡単に触れました。 その後、両親だけでなく、私の人生も上手くいかなくなっていました。 大学進学のために、家を出たものの、3年のときに、中退してしまいました。 外側の言い訳は、 「父親がリストラされたから家計の負担を減らすため。あと、このまま大学に残っても別に得るものもないだろうし。」 というような、かっこつけた理由を付けていました。 しかし、ホントのところの中退の
坪田 信貴
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[ビリギャル]学年でビリだったギャルが、1年で偏差値を40あげて日本でトップの私立大学、慶應大学に現役で合格した話

初対面は、正直、「何しに来たの?」と思った。  彼女は、金髪を巻いたギャルでした。  「ギャル」以外の表現は見つかりません。  「名古屋嬢」という表現がありますけど、まさにそんな感じ。  (このストーリーは 書籍化されました。 書籍の公式ページは こちら 。2014年年間ベストセラー総合4位(日販調べ)、第49回新風賞受賞。有村架純さん主演の映画「ビリギャル」も大ヒット。映画の公式ページは こちら
溝部 拓郎
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Storys.jp のストーリー (Startup Weekend編)

開発は5月から始まった storys.jpの前身となる物を作り始めてから、もうすぐ1年になる。 何かを始めた時、やっぱり強く印象に残るのは、それが"本気"になったときだ。 Storys.jpにとっては、それがStartup Weekendだったんだと思う。 F**k the boring resume 2012年5月、春の気温にも慣れ、草木が芽吹き、"始まり"の香りがする季節。 私とJames Ri
Riney James
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9

私が何故STORYS.JPを作ったか。

私の 父 は、旅人でした。 旅人と言っても、単なる旅行好きという意味ではなく、普通の人は中々経験しないような未知の出来事に積極的に飛び込んでいくという意味で、本当の意味での旅人でした。 父親は、私が幼い頃から世界中で遭遇した様々なストーリーを話してくれました。 大学時代にアメリカ中部からフロリダまでヒッチハイクをした話、アラスカまで車で友達とドライブして、アラスカの鉄道で働いた話…。 何度も何度も
abe satomi
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わたしの人生を素敵なものにしてくれた、それは父の「雷」と1冊の本。

両親が38歳のときに生まれた私。 「勉強しろ」と言われたことは一切なく、 自分に非があること以外で怒られたこともない。 何事も自分で考えて決断できる人生を歩ませてくれた。 遅く生まれた子どもだから甘やかされたのかといえばそうでもなく、 食べ物の好き嫌いには厳しかったし、 サンタさんがプレゼントをくれるという文化は無かったし、 高校の合格祝いに携帯電話を買ってくれたはいいものの、 「料金は自分で払え」

書きかけのストーリー

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