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Koshio Yumi

Koshio Yumiの人生のストーリー

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Koshio Yumiの人生のストーリー

読んでよかったストーリー

伊波 健太
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おっちゃんが教えてくれたんだ^^!WEBマーケティングの大切さってやつをさ。

~おっちゃんが亡くなってから3年…~ 僕の実家ではお米を直接、 生産者の方から注文しています。 その、生産者の方の名前は 「おっちゃん」。 いつも、おっちゃん、おっちゃんと 呼んでいたので、ここでも 「おっちゃん」と呼ばせて下さい。 僕とおっちゃんの出逢いは7年前でした。 当時、20歳の僕は片親で 母とアパートに二人で暮らしていた。 そんなある日、、、 母から 田植えのバイトがあるから 「バイトしに
Tommy 1031
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霊視で前世は〇〇な人と言われ、ネットで探してみたら実在しててギョっとした話

もし、あなたの前世がわかると誰かに言われたら、あなたはどう思うだろうか。 大抵の人は知りたい、と思うのではないだろうか。 本当かどうか、もちろん確かめようはないけど、でもちょっと聞いてみたい、って。 そんな軽い気持ちで聞いた自分の前世と言われた人物が、まさか Wikiに載ってる なんて、誰も予想できなかったに違いない(笑)。 そしてまさか、前世の魂と共鳴する体験をすることになるなんて、思ってもみなか
神崎 晃
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【広島1】原爆ドームになったおばあちゃん。

むかし、太陽は、ふたつあった。 1945年8月6日の朝8時15分。 おばあちゃんの上に、太陽が落ちた。 おばあちゃんは『広島県産業奨励館』で働いていた。日本で初めてバームクーヘンを作った場所だ。 おばあちゃんはドイツ人とのハーフで、広島市にいたドイツ人たちとも会話ができた。 それで私のお母さんを育てながら、ずっと『広島県産業奨励館』で働いていた。 1945年の8月6日も、おばあちゃんはいつも通り出勤
小林 優介
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余命3ヶ月の末期ガン。ガンは消えたけど◯◯は消えなかった話。

人間の免疫力って凄いんだよ〜だから、風邪気味かもとか言ってむやみやたらに薬に頼っちゃだめ。それよりストレス溜まると免疫力下がるらしいから、いつも明るく笑い飛ばしていようね!ネガティブ思考はいろんな面でもったいないぞ! 結婚と同時に単身赴任を始めて早三年。 そんな状況ゆえに何かとストレスを抱えたりしがちになる。そんな私を励まし元気つけてくれる妻。しかし時には厳しい事もズバッと言い、ハッとさせてくれるそ
石郷 碧
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息子が20万人に一人と言われる難病と闘った話。たった9か月間の3人家族だった。

あの時の私は幼すぎてすべて甘かった。息子にこんな思いをさせずに済んだかもしれない。 私が妊娠したのは22歳の時。 妊娠した時はどうしようと悩んだけど、相手も喜んでくれたし、親も喜んでくれた。 でも、そのとき親が改まった表情で「話がある」と言われた。 その話とは兄と甥っ子のこと。 兄は2歳になったとき亡くなった。姉の子どもの甥っ子も1歳過ぎて2歳手前で亡くなった。 そのとき、「もしかしたら病気が遺伝し
春明 力
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散々おごってもらった友達に「お返し」をした時に言われた言葉がシビれた話。

今から2年ほど前、僕は長崎の実家に帰りました。 「両親に会う」という目的もありましたが、 「友達に会う」 という目的でも帰りました。 だから、一泊を両親。もう一泊を友達と過ごしました。 「社会人になったら、学生の時の友達とは疎遠になりがち」 という言葉をよく聞きます。 だけど、僕らの場合、今でも電話し合ったり・・・ 僕が住んでいる東京まで友達が会いにきてくれたりもします。 地元の友達のほとんどが、高
阪口 ユウキ
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あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで! こんにちは! 個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口といいます。 僕は今の仕事をはじめてまだ稼げなかったとき、2011年9月~2012年4月まで、 大阪・あいりん地区のドヤ街で暮らしていたことがあります。 (詳しい経緯は「 鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC1台で世界を飛び回るようになった話。 」で書いてます)
KIKUCHI YU-KA
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【肝っ玉お母さん】病気もケガも「今しておけば将来しない」と前向きに向き合ってくれた母の話

小さいころの私はとても病弱でした。 両親にたくさん心配をかけましたが、私の母はいわゆる「肝っ玉母ちゃん」な人で、小さいころに病気しとけば、大きくなったとき病気しないから!と嫌な顔ひとつせず、育ててくれる人でした。 これは、そんな肝っ玉母ちゃんのお話です。 小学校2年生のときのこと。 しばらくずっと体調が悪く、お腹が痛いなぁと思っていたら実は盲腸だったというビックリ事件が起きました。 私は「ただの腹痛
渡部 彩香
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【共働きの両親へ】いつもいなかったから、大事だった-限られた時間が私達兄妹に与えてくれたもの

「せめて子どもが小学校を卒業するまでは、家にいてあげたい」 社会人生活を11年間過ごす間に、そう言って仕事を辞めていった友人や同僚を何人も見てきた。 彼女達の気持ちは、私にも分かる。私に子どもはいないが、おなかを痛めて産んだわが子はきっと側に居るほど可愛くて、せめて小学校までの大切な時期を側で見守りたいと思うのは、ごくごく自然なことだろう。 しかも、どこにどんな残酷な人間が紛れているか分からない昨今
雫石 雪乃
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長男君が生まれた日のこと《後編》

寝ながらでも出産は出来る!? 前編では、大学病院からいきなり破水だったけれど、実はその間に2度ほど助産院に行っている。 一度目は泣きながら助産院に行き 「大学病院でこんなこと言われたけど、ここで産みたい~」 と助産師さんに泣きついて慰めてもらい、2度目は居合わせた助産院の院長先生に 「骨盤が小さくて産めないと言われたことに不安があるなら病院で産みなさい。でも、ここで産みたいって言うならなんとかするわ

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