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富村 由美子

沖縄から名古屋に来て早、27年が経ちました。
時間が過ぎるのはあっという間です・・・。

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富村 由美子の人生のストーリー

読んでよかったストーリー

Sakai Tomoko
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車いすの男性と出会って結婚するに至るまでの5年間の話 エピローグ

誓い クライマックスは新郎の挨拶だった。新郎の挨拶については、「ここで最後に挨拶するんだよ」としか打ち合わせしていなかった。常識的に考えて「本日はお集りいただき、ありがとうごあいました」というくらいなものだと思っていたし、彼も当然それを知っていると思っていた。だが、結婚式への参列の経験が少なかった彼は、どんなことを言うものなのか、実はよく分かっていなかったらしい。 新郎がマイクを手にして、最初に言っ
Sakai Tomoko
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コネで適当に決まった就職がその後の生き方を変えた 最終回

新たなる夢の実現へ 専門学校2年生のときに、車いすテニスに出合った。これがきっかけで、将来夫となる人と出会うことになるわけだけれど。 8月のある日、有明テニスの森のテニスコートで、国内トップの選手の試合が見られるという情報をもらい見に行った。一般のテニスコートで決勝が行われたのだが、ひとりはいろいろな本でも目にしたことのある、国内ランキング1位のS選手だった。シドニーパラリンピックにも出場したのも知
村上 奈美
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母親の事が嫌いだったけれど、自分が親になって知ったたくさんのことと、これから親になるあなたへ

「絶対あんな親になんかなるもんか」 10代の時、毎日泣きながら部屋でそう思っていた。絶対に、お母さんみたいな親にはならないって。 認めて欲しかった。頑張ってるねって、偉いねって言って欲しかった。 それだけでよかった お母さんと、3歳の私 厳しい母親だった。親戚や近所の人たちは皆そう言う。私は一人っ子で、生まれてすぐの事故もあってか母は懸命に私を育ててくれた。 食べ物は制限され、時間は決められ、容赦な
阪口 ユウキ
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【男が道に迷ったら】とある石油会社の重役に、利根川で鯰を釣りながら教わった人生の指針。

男はな、○○をしていないと、何を見つけることも、何を手に入れることもできないんさ。 こんにちは! WEBの仕事をしながら世界を旅している、阪口といいます。 今から3年半前、僕は重い鬱病で、半年ほど寝たきりになっていた時期があります。 そのとき、利根川の桟橋で、 とある石油会社の重役である「伊波さん(仮名)」 という方と釣りをする機会がありました。肩を並べて釣りをしながら、 男が道に迷ったときはどうす
稗島 孝一朗
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僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その8

※随分と間が空いてしまいました。  あと少しで旅も終わりです。あと少しだけ、お付き合いください。 母との1か月のアデレード生活 母が、僕の居る病室へはいってくるなり、 僕を見て泣いた 。 あんたのそれは、なんね~(涙) 「は?なにがね・・・。」 痩せこけて、鬼のごたる顔ばしてから・・(涙) ・・・・・・・・・・・。 編集 僕がオーストラリアに来た時には、98キロ程もあった体重がこの日には、69キロ位
花岡 めうみ
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フツーの主婦がサラリーマンの旦那を日本に置いて、マレーシアのジョホールバルに移住して起業してしまった話

花岡めうみです。 私は、 6歳と4歳の娘のママ で、 現在35歳 です。 見た目はどこにでもいる フツーの主婦ですが、 実は2012年の夏から 普通とは違う ユニークな人生 を歩んでいます。 ▼ユニークな人生!? サラリーマンの旦那を日本に残して 、 子どもの将来の為、 教育の為に、 シンガポールのすぐお隣の マレーシアの最南端、 ジョホールバル へ 『 親子で海外留学 』 を実現してしまったのです
AONO YUJI
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一度社会のレールからダイブしてフリーターになった僕が、大手広告会社に内定を貰えた理由。 (前篇)

これは海外留学経験もなく、学生時代に起業を試みたわけでも無い、 ごくごく平凡な家庭に育った、ごくごく普通の青年が、ちょっとだけ勇気を振り絞ったときの物語です。 ※画像はイメージです。 僕のことを、簡単に。 僕は、現在26歳。社会人4年目だ。 4年間の社会人歴のうち、最初の2年と3ヶ月で会社を2度辞め、社会のレールから飛び降り、フリーター生活を8カ月ほど過ごしてきた。 そんな僕が半年前、3度目の転職で
稗島 孝一朗
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僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その7

搬送されたのは、ロイヤルアデレードホスピタルでした。 命は助かったわけで・・・・ 目が覚めた。生きている事を実感できたのが嬉しかった。 しかし、鼻と尿道へのカテーテル、刺され左脇には、水を抜くためのチューブが入っており、非常に苦痛であった。(それでも、苦痛を感じれる事がありがたい事でもあったんだよね) ICUには、二日ほどいたらしい。 しかし、状況が大変なことになっているようであった。 病院へ運ばれ
稗島 孝一朗
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僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その5

パースをあとにした僕は、再び車を走らせた。 次の目的地は、パースから340km離れたウェーブロック。 ウェーブロック。 まるで波のように沿ったその奇岩を、僕は見たくてたまらなかった。 ウェーブロックにつくと、、一目散に岩場へと行き、その波のようにうねった岩を見上げびっくりした。そして、周りに人がいないのを見計らい、かけ上がってみたり1人遊んでいた。 岩の上に上がる階段があり、岩上へと移動。 廻りはブ
稗島 孝一朗
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僕の人生を変えるきっかけとなった、オーストラリア旅行体験記。その4

1人の旅が始まった。 セスナに乗り、恐怖心を抑えながら、3カ月ぶりにダーウィンへと戻った。 会社の事務所で手続きを済ませた僕は、とりあえずその日泊まる場所を探した。 その時期ダーウィンは、ホリデーシーズンで探せど探せどなかなか宿泊できるホテルは見つからなかった。 夕方ようやく1泊だけできる8人部屋のバックパッカーズホステルを見つけ、食事もする事なく2段ベットの下段のベッドで疲れ果てて眠った。 翌日の

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