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Konishi Yusuke

親方!空からドラえもんが!!http://konifar.comSTORYS.JPの紹介記事書きました。"恥ずかしくない自分語り!『Storys.jp − 名刺にのらないストーリー』に根づく素晴らしい文化"http://konifar.com/537

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Konishi Yusukeの人生のストーリー

僕の人格が突如優しくなった話

僕は人に優しいとよく言われる。自分で言うのは何だが、めちゃくちゃ優しいと言われる。しかし、この人格は明らかに後天的なものだと認識している。今でもよく覚えているのだが、あれは小学校1年生のある日のことだ。その日から、僕は突如優しくなった。人格が矯正されたのである。 いじわる小僧時代の僕 小学1年生の僕は、しばしば友達に意地悪をしていた。今この話をすると信じられないかもしれないが、我ながら訳のわからない

初めて自主的に机の下に潜った日のこと

避難訓練は腐るほど経験してきた。小学校、中学校、高校でたぶん30回以上やってきた。避難訓練というのは僕にとってただのイベントで、とりあえず机の下に潜って隣の友達と雑談するだけの小休止にすぎなかった。そんな僕でも、あの日は初めて自主的に机の下に潜った。2011/03/11のことである。 その瞬間、僕は会社にいた 昼ご飯を買いにいって会社に戻ってきた瞬間、床がうねるように動いた。窓の外のビルもぐにゃんぐ

システムを速度改善して1時間の処理を10分に短縮したら怒られた話

パッケージベンダーのエンジニアとして配属された僕は、とある機能の速度改善を任された。当時開発経験0・Javaってなに?状態だった僕。事の大きさもわからないのでとりあえず全力でやるかと思い、とにかく勉強して改善することにした。 結果、二度と忘れられない得難き経験をすることになったわけである。 「遅いからいい感じにしといて」と言われ、とにかくやってみた 遅かったのは、月に1回自動実行されるバッチだった。

退職直前に福利厚生の人気マッサージを予約したくて、社内予約状況を監視するバッチを作った話

  退職が決まり、最終出社日を2月1日と決めた少し後の話。僕には最終出社日にたった一つだけ絶対にやっておきたいことがあった。それは、社内リフィール(マッサージ)を受けることである。 大人気の福利厚生マッサージ  前職は結構大きい会社だったので福利厚生もしっかりしていて、月2回まで無料でマッサージを受けることができた。マッサージ師の中でも 『Fさん』 の技術は飛び抜けていて、僕は心酔していた。Fさんは

読んでよかったストーリー

和田 圭祐
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大学時代に出会った変わった先輩

アイセックという団体でイトウヒロシという先輩と一緒に着物を作って売る、ということをしておりました(詳細はイトウさんに聞いていただければと思います)。見るからに怪しい風貌でしたが、じっくり話を聞いてみるとますますうさんくさい、というのが初めの印象でした。 イトウヒロシさんと出会ったことで、僕の人生は間違いなく大きく変わりました。 いつか一緒にモンゴルに行きたいです。
坂口 淳一
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[2/2]笑いの祭典「THE MANZAI」を見て、泣きそうになった話

カメラも回っていない、スタッフだけの打ち合わせで ギャグを惜しげなくブチこむ「ちゅうえい」さん。 そしてしっかりとツッコむ「瀧上」さん。 初めて「お金を払いたい」と思った打ち合わせだった。 まるでお笑いのLIVEに来ているかのようだった。 笑いが絶えなかった。 実際に放送する現場に入ってからのリハーサルでも こちらの指示通り、いや指示以上の素晴らしい動きをしてくださるお二人。 長時間の放送にもかかわ
竹内 紳也
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5

出会って30秒ぐらいの人にプロポーズした話 【第1話】

プロローグ - 写真で見たよりも、可愛いな - 部屋に入り、テーブルを挟んで向かい側の席に彼女が座るまでの30秒間、そんな事を考えていた。 『初めまして』 僕が彼女に向かって、最初に発した言葉がそれだ。 果たしてこのプロポーズは成功するのだろうか。 竹内紳也・30歳。 この物語を円滑に理解して頂くために、ひとまず、自己紹介をさせて頂くとする。 竹内紳也の30年間 最初に言っておきたいのだけれど、僕は
大塚 雄介
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STORYS.JPの中心には、いつも人がいる。

なぜ、STORYS.JPなのか? FacebookやTwitterが私たちの生活に定着し、 有名人や著名人ではなくても、自分の人生を伝える事で、 大きな可能性が広がる時代になりました。 上っ面だけじゃない、普通の人の中に眠る、等身大の話。これこそが、最高のエンターテイメントですし、少し立ち止まってみると、映画やドラマ、マンガやドキュメンタリーなど、実は、普通の人の生活の一部からインスピレーションから
佐俣 アンリ
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1

ANRI設立

ANRI設立の時にお世話になった尊敬するベンチャーキャピタリストについて話そうと思う。 ANRIの名付け親IVP小林雅さん 「どうせどんなファンド名つけてもアンリって呼ばれるからアンリでいいんじゃない?」というお言葉にそのまましたがってネーミング。 小林さんは非常に明るい性格の裏で、100M級のファンドを自力で立ち上げるためにものすごい努力をされていて、その一部始終はブログに書いてある。 これが独立
須藤 憲司
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最後の一日

3/31がアドオプティマイゼーション推進室の室長としての最後の一日でした。 本当に怒濤の日々で、振り返ることもままならない仕事でしたが一緒に仕事をしてくれたメンバーと支えてくれた家族のおかげでなんとか勤め上げることができました。 最後の最後まで、部署の目標も会社全体の目標もギリギリの攻防で眠れない日々が続いていました。 昨日も、寝付けずに朝に近くにある麻布十番稲荷に参拝して神頼みをしたほどでした。
大塚 雄介
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ほんの些細なことで人生は変わる

金メダリストの義父 今日は私の義理の父との話を書いてみたいと思います。 このストーリーの趣旨は、 人はほんの少し褒められるという経験で何ものにもなれる。 という話です。 私の義理の父は、1964年の東京オリンピック・レスリングフリースタイルの金メダリストです。 結婚式を終えた初めての食事会で、そんな義理の父が、私にこんな質問をしてきました。 義父の疑問 「結婚式の時、雄介くんの両親が言っていたのだが
杉村 淳
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出産

息子が生まれた時、私は運良く(シルバーウィーク中で嫁さんの実家に戻っていたので)出産の現場に立ち会う事ができた。 よく、その事を話すと「立ち会い出産ってどう?」と聞かれるのだが、その度に私は「どうせ男は何もできないよ」と答えている。どちらかというと、その質問は嫁さんにしてもらった方がいいかもしれないとも思う。 事実、おなかを痛めるのは嫁さんだし、生まれて初めて全力で外の世界に出ようとするのは息子だし
Akimoto Yushi
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5

突然の離島暮らし(1):プロローグ

このストーリーの始まりをどこに設定するべきか、いつも迷う。 2010年8月。 盆の頃、実家の秋田へ帰省していたとき、とあるTweetが僕の人生を大きく変えることになった。 「離島の教育事業に携わる」 まさかそんなチャンスが来るなんて、思ってもみなかった。 これまで自分が歩んできた軌跡が、すっと一本の線につながる。 配属されて1年。仕事も板についてきた。 苦しかった時期を越えて、チームに貢献できるフェ

書きかけのストーリー

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