“ぼくは洋食屋に置き去りにされた子供だ” 衝撃の書き出しから始まる、第9回ネット小説大賞受賞作『絶望オムライス』――神原月人さんインタビュー
1万超の応募数を誇る日本最大級の文学賞であるネット小説大賞を受賞した神原月人さん。受賞作『絶望オムライス』を第一部とし、残り四部を書き下ろした連作集が2023年5月31日に刊行となります。本書について、神原さんにお話を伺いました。
――今回の『絶望オムライス』について、これから読む方へ、どのような作品かを教えてください。
神原:主人公は、洋食屋に置き去りにされた過去を持つ西山匠海。五歳になったかならぬかで母の手を離れ、児童養護施設で育つ。父親は「殴る男」で、食事のときに音をたてると殴られた。食事の時間が怖くて仕方のなかった匠海だが、最後に母と食べた洋食屋のオムライスだけは色褪せぬ美しい記憶となる。
十八歳となり、施設を出た匠海は思い出の洋食屋を探し回る。自身の記憶と合致する店に行きつくが、そこは思い出の洋食屋ではなく、「小料理 絶」となっていた……。
という筋書きの物語です。
題名こそ、重苦しさに満ちていますが、中身はぜんぜん絶望ではありません。
――題名とは裏腹に、なかなかに感動的なお話でした。それにしても作中のオムライスの美味しそうなこと! こちらのオムライスには実在のモデルがあるとお聞きしましたが。
神原:西小山の老舗洋食店・杉山亭のオムライスがモデルになっています。
――主人公の匠海は、洋食屋に置き去りにされた過去があります。なぜ、主人公をこのような設定にしたのでしょうか。
神原:コロナ禍の世にあって、飲食店は営業さえままならない厳しい環境下にありました。どんな名店であっても、明日も変わらず営業を続けられるとは限らなかった。杉山亭の美味しいオムライスが食べられなくなったら悲しいな、という一心で、本作を書き上げました。
――匠海が成長し、思い出の洋食屋を探し回っていると、見知らぬ小料理屋になっていた。もうあの味は二度と味わえないのだ、という絶望がよく伝わってきました。
神原:外出さえままならなかったコロナ禍を経験したからこそ、より一層強く思うのですが、個人店が変わらず、そこに在り続ける、というのは一種の奇跡だと思います。
――主人公の匠海は「殴る男」を父に持っています。ともすれば、どんよりと重くなりそうな社会的背景を背負っているにも関わらず、小説の読み味はいたって軽快です。
神原:テーマだけで言えば、親ガチャ(「どういう境遇に生まれてくるかは運任せ」ということを、何が出てくるのか分からないカプセル式のおもちゃに例えた言葉)に全振りできるような内容ではありましたが、ただでさえ重いテーマをあえて重くは書くまい、と思っています。「勝ち組」「負け組」「親ガチャ」といった単語は一切使っていません。
――重いテーマを重く書かない。それが読み味の軽快さの秘訣なのですね。オムライスを食べる描写も見事でした。
神原:食事の際、音を立てると父に殴られるから、匠海は「しょくじのじかん」が怖くて仕方がありませんでした。思い出のオムライスを食べるときも、スプーンがお皿に擦れ、「かちゃん」と音がしてしまいます。動揺した匠海は「がちゃん」とスプーンを取り落としてしまいます。
匠海にとって、食事の音は恐怖そのものでした。かちゃん、がちゃん、と鳴った音が物語の終盤で、どう変化するか。「味」の描写だけでなく、「音」の描写にも注目して、お楽しみいただきたいです。
――最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
『絶望オムライス』より先んじて、月と梟出版より『しょーもな記』を出版していただきました。『しょーもな記』に同時収録された『満月記』は、『絶望オムライス』と、ある仕掛けで密接に繋がっています。この仕掛けは新進の出版社だからこその大胆な企みであり、作者さえも驚く物語構造となっています。
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読む順番はどちらからでも構いませんが、どちらも初読の方は『絶望オムライス』を先にお読みいただくのがお勧めです。
一冊でも美味しいけれど、二冊併せて読むと、なおさら美味しい物語です。
ぜひぜひ、二冊とも、ご賞味くださいませ。
絶望オムライス
著者:神原月人
発行:月と梟出版
価格:1,600円+税
版型:四六判・並製
頁数:208ページ
発売:2023年5月31日
ISBN:978-4-910946-01-6 C0093
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