「デザイン」とは何か?〜人間国宝・中川衛 パナソニック出身の工芸作家〜
動画はこちら https://youtu.be/fd3RGYnYHdY
パナソニック汐留美術館の開館20周年を記念し、7月15日(土)から9月18日(月・祝)まで開催される特別展「中川 衛 美しき金工とデザイン」。松下電工(現・パナソニック)の工業デザイナーとして活躍した経験を経て重要無形文化財「彫金」(人間国宝)の保持者となった中川氏の作品を通し、工業デザインと伝統工芸の共通項をひもとく展覧会だ。パナソニック出身の同氏が分野を超えて「ものづくり」や「デザイン」に向き合い続けた半生に迫る。
中川衛氏は金沢美術工芸大学を卒業し、1971年に松下電工(現・パナソニック)に入社。美容家電などのデザインに携わった。
左:中川 衛《メンズシェーバー デザイン画》1970年代 個人蔵
右:ヘアドライヤー「Crew」EH623 1974年 HIKONE KIZUNA館蔵
中川氏「パナソニックのデザインの仕事では、世にまだないものを作らなければいけなかったので、いろいろな情報を集めなければなりませんでした。何を作ったらいいのか、どういうものが求められるのかを徹底的に調べ、デザインしていました。
忙しい時代だったので、次から次へとデザインしなくてはならないのですが、デザイン画を描く時間も惜しく、クレイやウレタンを使って直接『形』を作っていくようなときもありました。このときの制作方法や、デザインのアイデアをたくさん出す努力を惜しまない姿勢は、今の制作にも生きています。企業にいたからこそ身に付いたことだと思っています。
先輩たちからは、よく『机の前に座ってばかりいないで、いろんなものを見に行くように』と言われ、意識してさまざまなものを見に行きましたね。今も、世の中の流行や建築、アートなどのさまざまな分野に触れ、創作のヒントを得ています」
パナソニックで工業デザイナーとして活躍した中川氏。
30歳を前にして退職後、地元金沢の伝統工芸「加賀象嵌(かがぞうがん)」と出会う。
中川氏「初めて加賀象嵌を見たのは鐙(あぶみ)の展覧会。鐙は、江戸時代、馬に乗るときに足を置いていた所ですね。それがすごくお洒落だったんです。」
《「の」の字文象嵌鐙》17世紀(江戸時代) 加賀本多博物館蔵
「これは何ですかと聞いたら、加賀に伝わる伝統工芸の『加賀象嵌』だと言われました。そんなものがあるんですねと感想を述べると、その先生(後の中川の師匠・高橋介州)が鏨(たがね)という彫る道具と金鎚(かなづち)を貸してくれて自分でもやってみたのがきっかけで、今に至ります」
「象嵌(ぞうがん)」とは、金属の表面を彫り、できた溝に異なる金属をはめ込んで模様を作り出す技法だ。象嵌部分の深さはわずか1㎜以下と非常に薄く、精緻な仕事が求められる。その中でも中川は、複数の異なる金属の層を組み合わせて意匠を構成する、難易度が高いとされる「重ね象嵌」を極めていった。
中川氏「象嵌とは、金属を彫り、そこに別の金属をはめ込んで入れること。『重ね象嵌』ですから、何回も同じことをして上へ上へと重ねていくんです。金属はシャープな光が出るので、そこがきれいだなと思っています」
師匠の高橋氏の手伝いをしながら、デザイン画を何枚も持っていき、認められたデザインの制作を行う日々。人より1㎜でも前に進みたいという気持ちで寝る間も惜しみ、試行錯誤を繰り返しながら技術を磨いていった。
中川氏「先生からはいつも『ハイカラなものを作れ』と言われました。昨日あったものはもう古いものだから、次は新しいものを考えていけと。それは今でも守ってやっています」
ハイカラで新しいものを作り続けるという精神は、中川の代表作「チェックと市松」にも色濃く表れている。
中川 衛《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》2017年 金沢市立安江金箔工芸館蔵
中川氏「大英博物館の学芸員から、タータンチェックの作品を作ってみないかと言われました。言われた通りやって、ただチェックであるだけでは自分の意思が何にも入らないと思うんです。そこで、日本の伝統ある市松を重ねたらどうなるか、何回もスケッチを書いた末に、あのデザインが完成しました」
工業デザインと伝統工芸。
2つの分野でデザイナーとしての感性を磨いた中川が考える「デザイン」とは何か。
中川氏「デザイン、と言うと、すごく幅が広いですね。普通は形とか模様のことを言いますけれど、情報や新しい技術、材料を探すことなども含めてデザインだと思っています。工業デザインも工芸デザインも創作の展開は同じだと思っているんです。伝統工芸というのは、昔から続いてきた技術を使って新しいものを作っていくこと。情報を知り、情報を生かしながら、作品づくりをしています」
作品がどんなシーンで使われるか、ということを常に意識しているという。
中川氏「例えば、作品が『花器』でも、海外では実際に花を生けるわけではなく、会議室やリビングにアートとして置き、鑑賞することで、癒やしや心安らぐことを求めていることも多いんです。どのような人が、どのような生活をし、どのような用途を求めているのか。そのシーンを想像し、求められていることを知ることが、作品づくりで大事にしていることの一つです」
中川には思い描く加賀象嵌の未来があるという。
中川氏「今はニューヨークなどの海外にも積極的に作品を出したりして、少しずついろいろな人に加賀象嵌のことを分かってもらえるようになってきています。若い人にも私以上に海外に出て、象嵌というものを知ってもらわなければいけないと思っているんです。常に新しいことに挑戦しようと思っているので、若手や異分野とのコラボレーションも時々しているんですが、そうすると象嵌の新しい生かされ方がまた出てくるのではないかと思っています」
中川 衛・舘鼻則孝《Heel-less Shoes "Downtown I"》2022年 個人蔵
「私が加賀象嵌を始めたとき、金沢に数人しか象嵌作家がいなかったのですが、今は十数人と増えてきています。象嵌をジュエリーに生かす人、建築に生かす人、海外に出る人など、いろいろな人がいるから象嵌は広がっていけるのだと思っています。大学生や子供たちに教える活動もしていますが、教え子の中から、ものづくりを目指す人たちが少しずつ増えていることがとてもうれしいですね。これからも時代や地域に寄り添った作品をつくり続け、海外や若い人たちにも日本の技術を広く伝えていきたいと思います」
工業デザインで得た知識を生かし、伝統工芸の道を極めた中川衛。
加賀象嵌の世界は国境やジャンルを超えて広がっていく。
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