産婦人科施設での累計設置数17,000個を突破。未導入施設ゼロを目指す災害時用新生児避難具「レスキューママ」誕生秘話。
2023年8月時点で累計17,450個が産婦人科施設に設置されている、災害時用新生児避難具「レスキューママN」。
販売する医療衛生材料メーカーの大衛株式会社は、産科用品メーカーとして創業して70年以上、安全な医療環境の確保を目的にした確かな製品づくりを続けてきました。いのちの誕生、そして成長、人生のあらゆるシーンを心から守りたいという願いのもと、現在は「出産」「子育て」「医療」「くらし」の分野で安全・安心な医療品質の製品をお届けしています。
当社では長年、医療現場のニーズに応える製品開発を行ってきており、医療現場と共同開発した製品も続々と誕生しています。このストーリーでは、そのひとつである「レスキューママ」(2005年発売/2013年「レスキューママN」にリニューアル)の誕生秘話をお伝えします。
創業70年。歩みを止めず事業拡大を続けてきた「大衛」
「大衛」は創業4代目社長が率いる医療機器・医療衛生材料の製造・販売を手がける専門メーカーです。「出産」「子育て」「医療」「くらし」の分野で、医療現場のプロフェッショナルから生まれた高品質・高性能な製品をお届けしています。
4代目社長 加藤 優
大阪大学との共同開発プロジェクトでは、WHO(世界保健機構)の推奨商品として便覧にも掲載されている「セルフガウン」をはじめとした世の中にない商品を上市。
近年では、「NIST(ニスト)おむつが臭わない[高機能]防臭袋 」、骨盤ガードル「キュリーナ」など、医療用で培ったノウハウを活かした一般商材の開発・販売を促進しており、また、2021年にはベトナムを拠点に「アメジストメディカルベトナム」を立ち上げ、ベトナムの医療の質向上にも取り組んでいます。
日本で初めて生理用品を開発、そして周産期医療の分野へ
そんな当社が創業したのは1951年。現社長の祖父・加藤勉により衛生三品(ガーゼ・包帯・脱脂綿)の製造・販売から事業がスタートしました。
創業時の社屋
1957年に日本で初めて紙綿を脱脂綿の中に入れ吸収性を高めた生理用品を開発(※1)し、その後、1960年代には周産期医療分野に進出しました。現在の主力商品のひとつである「オサンパット」(産後の悪露[おろ]用パット)の販売を開始、病院向けに販路を拡大することで周産期医療分野で業界トップクラスのシェアを獲得しました。
産婦人科施設の災害対策の点においては、1995年に発生した阪神淡路大震災での経験を活かし、災害時用分娩キットや新生児避難具といった災害対策製品を拡充。災害対策の啓蒙に取り組み続け現在に至ります。
レスキューママの開発がスタート。きっかけは助産師さんからの一言「母と子が一緒に避難できる避難具を作りたい」
レスキューママ開発のきっかけは2004年11月。当時、産婦人科施設で災害時用の避難具としてメジャーだったのは、新生児室での使用を想定した、スタッフ1人が新生児3人を背中に背負うタイプでした。
「非常用新生児避難帯」のリーフレットより
しかし、増加傾向にあった母子同室の産婦人科施設では、お母さんが自身の赤ちゃんを連れて避難する必要があるため、これまでのタイプは活用しづらくなっていました。
そんな中、社会福祉法人聖母会 聖母病院(東京都)の助産師さんから「母と子が一緒に避難できるおくるみタイプの避難具を作りたい」という相談を受けます。そこから、当時お母さんたちに普及し始めていた「スリング」型を基本形とし、当社材料である“防炎キルティング”素材を使用した「1人用避難具」の開発がスタートしました。
すべては病院スタッフ・お母さん達の意見を形にするため。幾度も改良を重ねる
自社の縫製工場があり縫製段階から製作が可能なため、医療従事者からの希望・要望に柔軟に対応していくことに。工場との連携がスムーズにできたこともあって、開発の相談を受けてからわずか4ヶ月で初回の試作品が出来上がりました。出来上がった試作品は、病院のスタッフに実際に使用してもらい改良・改善点を出してもらうとともに、入院中のお母さんにも試してもらい意見をいただきました。
スタッフ・お母さんたちからは、「本体が重く感じる」「スリングが開いてしまう」「本体を収納する袋が欲しい」「夜間や停電時にすぐに見つけられない」といった意見が挙げられました。また、装着してもらった際、頭巾を被るもののヒモまでしっかり結んだお母さんがいなかったことから“簡単に早く頭巾を固定できること”も課題となりました。
スタッフや入院中のお母さんたちからもらった意見を基に改良を重ね、「重さ」の原因だった金属製のリングは、プラスチック製のロックベルトへ変更。スリングには合わせの部分にマジックテープを付けて留められるようにしました。収納袋をひとつのアイテムとして新たに追加するとその分コストがかかってしまうため、お母さんの頭巾を収納袋として兼用できる仕様にすることでコストを抑えつつ機能性のアップを実現しました。また、収納袋となった頭巾に蛍光テープをつけて、夜間や停電時の災害でも避難具をすぐに見つけられるように。さらにスリング本体の外周にも蛍光テープを追加して、使用中も赤ちゃんの位置がわかるようにしました。試作品で結んでいるお母さんがいなかった頭巾のヒモは、より簡単に手早く頭巾を固定できるコードストッパー式へ変更しました。
そして2005年8月、開発開始からおよそ9ヶ月という期間で「レスキューママ」の製品化に成功。災害用の備蓄品でありながらも、翌年には累計納品数1,000個を突破する商品となりました。
東日本大震災をきっかけに、より実用性の高い製品へとリニューアル
発売から8年後の2013年、「レスキューママ」は「レスキューママN」へリニューアルしました。リニューアルのきっかけとなったのは、2011年に起きた東日本大震災でした。
被災地域にあった多くの産婦人科施設から、レスキューママが役立ったという声を多くいただいたのです。
地震発生後の様子(提供:スズキ記念病院)
避難訓練で試用するなどもちろん災害時を想定して開発してきましたが、開発段階では実際の災害での使用は無かったので、レスキューママで多くの命を守ることができたという事実は大衛にとって大きな財産となりました。同時に、より災害への備えを拡げていかなければならないとも感じ、震災後には、災害時の使用状況について調査を開始。
例えば、「保温効果で赤ちゃんの体温が低下しなかった。」「反射布があり暗くても助かった。」という声があった一方で、「お母さんの頭を守るため防災頭巾に厚みが欲しい。」「汚れてしまったが洗濯で防炎機能が低下しないか心配。」「赤ちゃんの顔色を確認しにくい。」といった声もありました。
そこで、防災頭巾には、内側にオムツなどを収納できるポケットを付けることで厚み・強度をアップ。生地は、洗濯後も防炎性能が維持できる素材に変更。スリングはサイドに大きく開く箱型形状に変更し、マジックテープの位置を調整したことで赤ちゃんの顔が見やすい仕様になりました。こうして従来のスペックを継承しながら被災経験者の意見を取り入れた「レスキューママN」(2013年発売)が完成しました。
「レスキューママN」は、日本看護協会の「災害支援マニュアル(2013年版)」にも新生児避難アイテムとして紹介されました。東日本大震災をきっかけに世の中の防災意識が一気に高まり、震災から5年後には累計設置数が震災前の約4倍に到達。産婦人科施設での“新生児避難具”の設置が急速に広がっています。
“新生児避難具”の未導入施設ゼロを目指して
今後も、首都直下型地震や南海トラフ地震の発生が予測され、大規模災害への備えが必要とされる中、当社は、全国すべての産婦人科施設に“新生児避難具”が設置されることを目指しています。そこで、未導入施設の病院での避難訓練時に無料で貸し出すことで、防災用品を見直すきっかけを創出する取り組みを継続しています。また、近年では、増加する国内滞在中に出産する外国人に向けて、使用手順書に英語・中国語版を用意しています。
大衛はこれからも、1人でも多くのお母さんと赤ちゃんを守りたいという思いのもと、日常の医療のサポートはもちろん、災害における支援や対策となる製品の開発、そして災害への備えを拡げる活動を続けてまいります。
【製品詳細】
URL:https://amethyst.co.jp/company/initiatives/
【関連プレスリリース】東日本大震災後5年で4倍に拡大 産婦人科施設での防災に寄与 災害時用“新生児避難具“の累計設置数 17,000 個 に
URL:https://amethyst.co.jp/news/20230217/
※1: 小野千佐子(2009).布ナプキンを通じた月経観の変容に関する研究 :「存在する月経」への選択肢を求めて.同志社政策科学研究,11(2),149–162.
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