「サステナビリティを自分事化するには」。笹谷秀光新刊『競争優位を実現するSDGs経営』の出版ストーリー
千葉商科大学教授/ESG・SDGsコンサルタントの笹谷秀光は、書籍『競争優位を実現するSDGs経営』を出版しました。このストーリーでは、本書の狙いとエッセンス、特に、サステナビリティを「自分事化」するコツを語ります。
現在、ESG投資が大きなうねりを見せ、E(環境)、S(社会)、G(企業統治)の実践としてSDGsを経営に実装することが求められています。しかも、ウィズコロナ、気候変動、ウクライナ侵略・中東情勢など「混迷」の時代の世界的変化を見極めつつ、スピード感を持った変革が求められます。
そして、今やサステナビリティ経営の「具体的成果」を出す段階に入りました。
サステナビリティが企業にも必須の価値観になり、カーボンニュートラル、サプライチェーン管理、人的資本といった課題も次々と生まれます。
このような激動の時代に企業はどう生き抜くか。悩んでいる経営者やビジネスパーソンが多いのが現状ではないでしょうか。
筆者は、行政(農林水産省・外務省・環境省)、ビジネス(株式会社伊藤園取締役他)、研究・教育(千葉商科大学教授)という「産官学」すべてを経験しました。それを活かし、具体的ツールを提供し、新しい企業価値の創造と社員のモチベーション向上を狙います。
(文:笹谷秀光)
筆者写真と書影
なぜ本書では「競争優位」を主題に据えたのか
本書は、「企業の競争戦略とSDGs」の基本書をめざすものです。
今や、企業はサステナビリティに関し、ESG投資にも、SDGsへの要請にも応える必要があります。
サステナビリティについても競争が激化しています。企業では、常に競争戦略が欠かせません。他社と差別化したブランディングにつなげることが必要です。
本書の本質的キーワードは企業の「競争優位」です。そこで、本書の題名は、編集にあたった中央経済社編集部の浜田匡さんと相談し、「競争優位を実現する」としました。表紙もSDGsのイメージとしては少し異例かもしれませんが、「とんがった」形にしたデザインになりました。
「パーパスに基づいてSDGs経営を構想するための最高の教科書」(名和高司氏)
本書にはパーパス経営の権威である、京都先端科学大学教授・一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司先生から、「パーパスに基づいてSDGs経営を構想するための最高の教科書」との推薦の言葉が寄せられています。
名和先生とは、かつて取締役をしていた伊藤園での有識者懇談会でお会いしたのが最初で、かれこれ10年以上のおつきあいです。大変光栄なことに、先生からは「同志」と言われております。先生からは、米国ハーバードビネススクールのマイケル・ポーター教授らが提唱したCSV(共通価値の創造)、つまり、社会価値と経済価値の同時実現という競争戦略について学びました。
名和先生の名著に、「パーパス経営」があります。その要点は次のようなことです。
「パーパス経営」の源泉は、人の思いを中心とした「パーパス」という目に見えない資産です。この考えは、自分が何のために存在するのか、そして他者にとって価値のあることをしたいという信念です。こうした考え方は、日本の企業が昔から「志」といった言葉で、強く持っているものです(名和先生はパーパス重視の経営を「志本主義」と呼んでいます)。
新刊『競争優位を実現するSDGs経営』では、このパ―パスにも随所で触れており、その源泉をSDGsから探っています。
伊藤園S-Book 2014での「進化する経営戦略」と題する名和高司先生
との対談より
https://ssl4.eir-parts.net/doc/2593/ir_material_for_fiscal_ym3/128418/00.pdf
本書で扱った主な事例と支援ツール「笹谷マトリックス」とは何か
理論編に加え、理解しやすくするため、事例も多く扱いました。多彩な業界にわたる複数ケーススタディの形をとっています。同じ切り口で比較すると各企業の特色が浮き彫りになるからです。
これまで、筆者は、伊藤園での実践に加え、セイコーエプソン、熊谷組、スカパーJSAT ホールディングス、NECネッツエスアイ、モスフードサービス、DCM ホールディングスなど数々の企業でSDGs経営を支援してきました。その経験を少しでも社会に還元したいという思いから実例と導入方法を理論とともに解説しました。
中でも特にご参照していただきたいのが、「ESG/SDGs マトリックス」です。
筆者は、サステナビリティの体系化に対処するため、実務経験を通じ、ESG項目とSDGsの各目標との関連性を一覧できる「ESG/SDGs マトリックス」を開発しました(下記図版)。これは、社内外に効果的に訴求するための、「SDGs 経営支援ツール」といえます。
筆者の監修により、同マトリックスは幅広い業界・企業で、すでに20社程度の実績があり、最近は「笹谷マトリックス」と自ら呼称しています。
筆者がマトリックス作成の監修をさせていただいた主な企業は次のとおりです。
モスフードサービス(外食業)、NEC ネッツエスアイ(ICT 業)、熊谷組(建設業)、スカパーJSAT ホール ディングス(衛星,メディア)、DCM ホールディングス(小売業)、KNT-CT ホールディングス(旅行業)、NEXCO 東日本(高速道路事業)、日本道路(道路整備)、ミルボン(美容業)、日本調剤(調剤薬局事業)。非上場企業の事例 として日本製紙クレシア(日用品)と YKK AP(建設資材等)。
書籍では、マトリックスの効果については、経営層と直接意見交換した内容も示しています。
本書で示した「ESG/SDGsマトリックス」と最新課題(210-211ページ)
本書の構成
本書の構成は次の通りです。
はじめに:サステナビリティ時代の羅針盤一SDGs
第1章 サステナビリティ時代の到来
第2章 企業経営に必須のサステナビリティ
第3章 サステテビリティと競争戦略:「進化型CSV」ー理論編 I
第4章 SDGs経営の支援ツール「ESG/SDGsマトリックス」一理論編 II
第5章「進化型CSVに基づく SDGs経営」の効果 ―事例編
第6章 激動の世界と羅針盤としてのSDGs
第7章 SDGs経営の支援ツールの展望
第1章、第2章が基礎知識の整理編です。第3章と第4章が理論編です。そして、第5章が事例編です。第6章と第7章が最新課題への対処のヒントです。
みんなが悩む社内浸透へのヒント
サステナビリティで多くの方が悩んでいることの一つが「社内浸透」です。そこで本書で述べたことを紹介します(156-157ページ)。
「ESG 経営」という表現もよく見ますが、ESG では社員への紐付けがしにくい。では、ESG 投資家にも響き、社員を含め他の関係者にも伝わりやすい方法は何か? それが、SDGs です。
SDGs は世界共通言語なので、対外アピールに使いやすい「ツール」ととらえることができます。つまり、SDGs は投資家を含めた関係者への「アピール項目」であり、一方 ESG は投資家向けの「チェック項目」であると理解できます。
ESG のみを使ったり SDGs を「浅く」使ったりする(「SDGs に貢献」とだけ総論で言う、マークだけ列記するなど)ときの最大の課題は、社会課題の社員への「紐付け」が進まないことです。
よく見かける整理は、マテリアリティの項目ごとに SDGs のマークを並べるものです。筆者はこれを「サヤ寄せ型」と呼んでいます。まだ SDGs の浸透度が低かった2017年頃ならともかく、今やこの整理方法では差別化できない。上記で述べた ESG/SDGs マトリックスのような効果は得られない。ESG/SDGs マトリックスは紙幅を取るのが難点ですが、訴求効果が大きいので統合報告書などで「見開き1ページ」割くだけの価値が十分にあるのです。
一方、ESG は、投資家対応が軸になるので、経営者や株価対応セクションの話となりがちで、社員には紐付けしにくい。また、SDGs もターゲットレベルまで整理しなければ、社内での「自分事化」が進まないのです。
この結果、経営者からよく聞くのが、ESG や SDGs を導入したのに一向に社内浸透しないという悩みです。社員に紐付かない原因にようやく気が付き始めた企業が多いと思います。
ESGという用語を使うのか、SDGsという用語を使うのかという言葉をめぐる「混乱」もあります。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの ESG投資が SDGs を経営マターに押し上げて、けん引してきたのに、ESGという用語に惑わされ、皮肉な結果になっているのです。
GPIF の資料でも、明確に「ESG投資」と企業の「SDGs経営」を対比しています。経済産業省も、「SDGs経営/ ESG投資研究会」でこの会合のタイトルの通り、事業会社は「SDGs経営」、投資家は「ESG投資」と使い分け、「SDGs経営ガイド」を発表しました。これは望ましい整理だと考えます。
筆者としては、「○○経営」と銘打つのは経営層の「好み」もあるし、企業の置かれた状況や戦略から選べば良いですが、社外への訴求効果や社員への紐付けの観点からは「SDGs 経営」という表現をお薦めしたいと思います。
本書を書き上げての感想
感想は本書の「終わりに」から紹介します。
<終わりに>
本書を通じて読者の皆様と SDGsについて考えてきましたが、変化の中での本質の見極めの難しさを改めて感じます。次から次へと外国発のルールが持ち込まれる「アルファベット・スープ時代」に、少し冷静になるために、松尾芭蕉の次の言葉の意味を考えてみたいと思います。
「不易流行(ふえきりゅうこう)」。
これは、芭蕉の俳論といわれ、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(『去来抄』)というもので奥が深い。
要するに、「不易」は、いつまでも変わらないこと、「流行」は、時代に応じて変化することで、この2つをよく見極めよ、ということです。変化しない本質的なものをよく見極める一方で、新しい変化も取り入れていく。
だから、外国人が認めたものは何でも良いとか、外国人が買うから生産するとか、そういうものではないでしょう。「良いものは残る」。突き詰めればそういうことです。むしろ、良いものを見つけるきっかけとしてSDGsなどを使うということです。そのためには、SDGs国別ランキングなどで、海外からの評価をよく分析する必要があります。
そして、日本企業では発信力と社員の「気付き」がSDGs活用の要諦です。本書で日本人特有の問題としてコミュニケーション力の弱さを指摘しました。日本では気付かずに良いことが多く起こっています。しかし今や、「気付かない」ことが問題なのです。
「空気を読め」「自然体に物事を運べ」「俺の目を見ろ」といったような同質社会特有のメンタリティはもはや日本人同士の間でも通用しません。今や日本もダイバーシティとインクルージョンの時代に入りました。この時代に重要なことは、コミュニケーションとそれによる「気付き」です。気付くか気付かないかが勝負を分けます。
的確に発信するため、「発信型三方良し」のSDGs版の実践方法も示しましたが、世界共通言語のSDGsが気付きのための羅針盤になりうるのです。
本書、200ページより
本書の反響と今後の展望
おかげさまで、各方面から好評をいただいて、講演などで本書の内容を紹介する機会も増えています。
筆者は、現在、千葉商科大学教授として同大学の「サステナビリティ研究所長」も務めていますので、そこでの研究の一環としても発信していきます。
サステナビリティ研究所のサイト
https://www.cuc.ac.jp/institute/research-center/sustainability/index.html
また、筆者のライフワークになってきた「未来まちづくりフォーラム」があります。筆者が実行委員長を務めています。SDGsによる「協創力」、まちづくりにおける官民連携をテーマに、これまで関係8府省等の後援名義をいただいて5年にわたり実施してきました。
2024年2月14-15日に第6回目が行われます。現在準備中で、告知サイトもでき、今後さらに登壇者やプログラムが追加されていきます。筆者としては今回の著作も参考に発信していきます。
「未来まちづくりフォーラム」(第6回、2024)サイト
https://sb-tokyo.com/2024/program/miramachi/
(参考)前回の「未来まちづくりフォーラム」(第5回)サイト
https://www.sustainablebrands.jp/event/sb2023/special-miramachi.html
未来まちづくりフォーラムで講演した筆者
※取材、講演等のご依頼はこちらから
笹谷秀光公式サイト https://csrsdg.com/
(文)笹谷秀光
笹谷 秀光(ささや ひでみつ)
千葉商科大学教授、サステナビリティ研究所長、博士(政策研究)、ESG/SDGsコンサルタント
日本光電工業株式会社・社外取締役
東京大学法学部卒。1977年農林省入省。2005年環境省大臣官房審議官、2006年農林水産省大臣官房審議官、2007年関東森林管理局長を経て、2008年退官。同年伊藤園入社、取締役、常務執行役員を経て2019年退社。現在、千葉商科大学教授・サステナビリティ研究所長。著書『Q & A SDGs経営増補改訂・最新版』(日本経済新聞出版・2022年」ほか。
笹谷秀光公式サイト https://csrsdg.com/
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