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【積水化学】木とプラスチックの良さを併せ持ち、鉄道を支える積水化学の「FFUまくらぎ」 木材代替で世界の鉄道インフラを強靭化していく

著者: 積水化学工業株式会社


鉄道インフラでひっそりとその役割を果たしているのが「まくらぎ」だ。レールに対し直角になるよう敷かれ、鉄道車両の重さや地面にかかる負荷を分散させる。これまで木材がその大役を担ってきたが、自然素材ゆえの劣化が避けられない問題もあった。実はこのまくらぎが今、合成木材に代わり始めている。きっかけは1960年代、積水化学と通商産業省(現・経済産業省)の取り組みだ。

「人工素材で木を作ってみよう」 合成木材「FFU」はどうやって生まれたのか?

積水化学は木材とプラスチックの長所を併せ持つ新素材「エスロンネオランバーFFU」(以下、FFU)を開発。ガラス長繊維強化プラスチック発泡体によるこの製品は、木材の風合いや加工のしやすさを持ちながら腐食せず、吸水もしない強靱(きょうじん)な素材だ。耐薬品性、絶縁性、耐候性にも優れ、木材とプラスチック、二つの異なる素材の利点を兼ね備えている。


「誕生のきっかけは1960年代。人工素材で木を再現してみようという技術的な発想から始まったプロジェクトです。通商産業省が石油化学産業育成の一環として、木や紙などの合成素材の研究開発を重点政策としており、プラスチックのパイオニアである当社もそれにチャレンジしたかたちです。ウレタン樹脂とガラス長繊維の組み合わせで木材の物性を再現する技術を確立した後、1974年に滋賀栗東工場に生産設備を設置し、事業として本格スタートしました」


積水化学の左近潮二は、FFUの事業に長らく携わってきている


そう話すのは積水化学 環境・ライフカンパニー機能材事業部の左近潮二だ。FFUは積水化学の樹脂発泡技術で生まれる。当時、合成木材といえば木の外観を模したものばかりで、木材の物性面を再現しようという取り組みはなかったという。「いったん完成はしたものの、これをどのような社会課題の解決へつないでいくかは未知数の段階」だったというが、上下水道に明るい顧客から、水処理施設の汚泥かき寄せ板、フライト板に使えるのではないかと提案を受け、導入をしていったという。


現在はフライト板だけでなく、防臭ふたや角落(かくおと)し、整流板など、水処理施設の各用途に幅広く使われている。


FFUのサンプル


しかし、事業開始後、十数年も赤字が続く状態だったという。なぜプロジェクトは中止にならなかったのか。


「ユニークな技術を世に出したいという事業メンバーの思いをくみ、会社も新しい大きな幹を育てるという意味で事業を存続してくれていたのだと思います。いわゆる健全な赤字という考えだったのかもしれません」


しかし、いつまでも甘えているわけにはいかない。そこで他にもFFUが必要とされている場所を探していった。そして、積水化学はFFUの未来を決定づける運命の相手と出会う。


「1980年に旧国鉄の鉄道技術研究所と共にFFUによるまくらぎを開発し、試験敷設を行いました。線路のまくらぎは古くから木製のものが使われてきました。これは、比較的安価に調達でき、また、レール締結が簡単で取り扱いや加工が容易、電気絶縁性も高いという特長からです。一方で、機械的な損傷を受けやすく、腐朽や割れなどにより耐用年数が短いことが課題でした」


鉄道技術研究所では木まくらぎの寿命延長の研究に取り組んでいたが、それでも寿命は15年程度で、約70%は腐朽により更換を余儀なくされていた。腐らない木、FFU合成まくらぎを試験敷設したところ、基礎物性値は木まくらぎと同等以上の性能を持ち、曲げ強度や吸水性、絶縁抵抗は木製より優れていることが確認され、1987年には約6,000本のFFU合成まくらぎがJRや私鉄で採用されるようになった。


「FFU合成まくらぎは、コンクリート化が難しい、鉄橋の橋まくらぎや分岐まくらぎを中心に採用されるようになりました。東海道新幹線でも90年代、開業30年が経った軌道の大規模改修で、全ての分岐・鉄橋において、木まくらぎをFFU合成まくらぎに更換いただきました」


2010年に行われた追跡調査では、試験敷設から30年経過した段階でも顕著な劣化はなく、大きな不具合も起きていないことが確認されている。


FFU合成まくらぎの40周年記念冊子。国内外多数の鉄道会社にFFUが使われている

日本での成功を世界へ

FFU合成まくらぎが日本国内で普及が進んだ1990年代後半、積水化学は海外への事業拡大も視野に入れはじめた。日本同様、鉄道網が発達している欧州へ視察に向かったが、当時はコスト面から採用が難しいという結論に至った。だがチームは諦めなかった。2003年に台湾新幹線に採用された後、2004年にはオーストリアへ。


「オーストリアのウィーン地下鉄が木まくらぎに代わる素材を探しており、私たちのWebサイトにご連絡いただいたことがきっかけです」


FFUにおける海外事業をけん引する中尾喜浩


そう話すのは環境・ライフラインカンパニー機能材事業部の中尾喜浩だ。

チームは、やはりFFU合成まくらぎの海外での需要はあると考え、海外展開を本格的に検討するようになる。海外を目指すにあたり必要なものは何か。答えは、日本における取り組みの中にあった。


「日本でも、旧国鉄の鉄道技術研究所での評価および実際の線路での試験敷設を経て、普及が進みました。海外でもそれは同様です。そこで2007年頃にドイツのミュンヘン工科大学でFFUを評価してもらう取り組みを始めました」


しかし、FFUはこれまでにない素材である。試験方法や合格基準を定める規格が当時の欧州にはなかった。古くから使われている木まくらぎにも規格がなかった。

そこでコンクリート製のまくらぎの規格を用い、木まくらぎとFFU合成まくらぎの比較評価を実施。その結果、FFU合成まくらぎは、木まくらぎと同等もしくはそれ以上の性能であることを証明できた。評価結果を踏まえ、積水化学はドイツ連邦鉄道庁(EBA)から仮認証を取得。2011年にドイツ国鉄での試験敷設を行い、2017年に本認証を得た。


「安全性が求められ、未経験の材料ということもあり試験敷設物件獲得に苦労しました。また5年間の軌道敷設評価が必要だったので、ドイツで本認証を取得するまで10年以上かかりました」と中尾は話す。


ドイツでの認証取得を進める間、スイスやイギリスなどでも試験敷設を実施し、欧州各国で徐々に採用が拡大していった。成功の鍵は何かと聞くと「製品力と現地のローカルスタッフの力」と中尾は即答する。


「日本人だけでは、まったく進まなかったでしょう。現地の知見やノウハウがあって、初めてFFU合成まくらぎは世界へ羽ばたけたといっても過言ではありません。日本企業が海外進出をするにあたり、やはり日本人だけでは難しい。現地スタッフやパートナーと共に推進していく必要があると思います」


ドイツ国鉄ホーエンツォレルン橋での敷設。各国へ普及を進めている

苦労しながらオランダ工場建設へ

海外での事業拡大が進む中、新たな課題にチームはぶつかっていた。「欧州だけでなく、アメリカやアジア、オーストラリアでの採用も進み、日本の工場だけでは生産が追いつかなくなりつつありました」


これまでFFUは滋賀栗東工場でほぼ全量を生産していた。しかし、世界33カ国で採用が進み、海外での需要が増える中、供給面での課題があった。折しも欧州では、木まくらぎの防腐剤として使用されるクレオソート油に発がん性のリスクがあり、使用禁止となることが発表されていた。木まくらぎの代替品であるFFU合成まくらぎへのニーズはいっそう高まっていた。


「日本で生産し輸出すると、欧州に納入するまでに5カ月ほど見込まなければいけません。しかし、2カ月以内に納入を求められる案件も少なくありませんでした。リードタイムおよび生産力の問題を解決するためにも、欧州での工場建設は急務でした。そこで、オランダにある積水化学のグループ会社の敷地内にFFU合成まくらぎの工場を建設。2023年10月に生産を開始しました」


この新工場が欧州市場への供給拠点となることで、さらなるビジネスチャンスをもたらしている。オランダはドイツやフランスや、イギリスなどの鉄道大国に囲まれたいわば欧州のへそのような場所。その戦略的な位置はFFU事業拡大にとって理想的ともいえる。



「ただ、設備メーカーとのやりとりには苦労しました。海外での工場建設経験がなく、またFFUはこれまでにない素材なので、世の中にはない設備が必要で、ゼロから設備の説明をし、正確に理解してもらわないといけない。建設準備をしている最中にコロナ禍に入ったため出張ができず、オンライン会議でしか現地とコミュニケーションをとることができなかったこと、また設備に対する日本との考え方の違いもありその対応は非常に大変でした」

新素材で社会課題を解決していく積水化学の挑戦

海外担当の環境・ライフラインカンパニー機能材事業部の境友佳はFFUについて「可能性しかないビジネス」と表現する。


「海外での売り上げが毎年伸びているので、可能性しかないと感じています。まだ手つかずの市場もあるので、今後も多くの国にFFU合成まくらぎを提供していきたいですね」


日本から海外会社の活動をサポートする境友佳


一方で、左近はさらに未来を見据える。

「FFUは高耐久素材ですから、導入が進めば更換需要は減少していくでしょう。そこで、第二のまくらぎとなるような、新しい用途展開を探求しています」


現在、FFUは自然公園の歩道や、有名な遊園地などにも使われているという。導入理由は共通してメンテナンスコストの削減だ。たとえば自然公園の歩道を作ったり修繕したりする場合、山にヘリコプターで木材などを運んで設置することもあるという。天然木材なら材料費は下がるが傷みやすく、メンテナンスコストがかかりすぎる。こんな時に、FFUの導入が検討されやすいという。こうした市場を見つけていくのも、左近たちの業務だ。


「FFUの鉄道まくらぎ需要が加速している今だからこそ、新しい挑戦もできるというもの」と左近は意気込みを語る。


「実は少し前に、開発初期メンバーの方たちとOB会を行いました。滋賀栗東工場を案内し、開発から50年以上経ったFFUが国内外向けに盛んに生産されている状況を説明しました。最高齢の方は80歳を越えてい らっしゃいますが、今でもお元気で、“欧州工場もぜひ視察したい!”とおっしゃっていただきました」


左近、中尾、境らは笑うと、先輩たちの思いをバトンとして受け継ぎ、FFUの成長を進めていきたい決意だと話した。FFUは未来のインフラを支える基盤として、その価値を世界中で高めている。



【関連リンク】

(リリース)鉄道枕木向け合成木材(FFU)の欧州生産工場開設


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