おじいさんとの対話3 現代医学では絶対解けなかったインフルエンザ(風邪)の解剖

対話3 風邪とインフルエンザは同じ

 現代医学では解けない感冒を解剖すると

himaari:いまインフルエンザが大流行しているそうですよ。

学級閉鎖とか増えているようですが、おじいさんの時代はインフルエンザというものが無かったのでしょうか?

おじいさん:昔からだれでも風邪を引くと言っていたじゃろうが。そんな横文字にしなくったって昔から感冒というものが立派にあったぞ。

himaari:そう言えばそうですね。「風邪が大流行するからインフルエンザ」などと、ややっこしい名前つけたんでしょうかね。

おじいさん:そんな名前にこだわってばかり居るから、本質が分からないのじゃよ。どこまでいっても風邪は風邪じゃ。君たちはどこで風邪とそのインフルエンザの線引きをしておるんじゃね。まったく医学という学問は分別作業はうまいが、まったく枝葉のことにばかりこだわりおって、しょうが無いのう。まあ、対症療法的医学だから無理もないのじゃが。

himaari:そうですか、インフルエンザの風邪の内ですか。今はウイルスの種類で分別するそうですよ。だから風邪とインフルエンザは違うと言っていますね。

おじいさん:だから言ったじゃろうが、本質を知らない医学がむやみやたらに分類癖でややっこしくしているだけじゃ。

himaari:え、分類癖? 癖ですか。医学は病気をものすごく細分化して研究するのですが、それを癖にしちゃうとはね。

おじいさん:そうじゃよ。感冒という「人類にとって自然から与えられた最高の恩恵」を悪いものと錯覚したときから、その様な癖が始まったんじゃろう。そこからあらゆる病気を悪いものとして観る癖が始まったのじゃ。

himaari:そうなんですか、人類は感冒から医学が始まったのですかねえ。たしかに世界中どこでも誰でも風邪だけは共通してかかりますからね。猫や犬も風邪を引くみたいだし。

おじいさん:君ね、そんなことより、風邪の効用を知らない人類が「出発点を間違って今の医学を作り上げた」としたら、まずこの「浄化作用の大基本である風邪の原理」を知ることじゃよ。

himaari:なるほど、人類共通であり、大昔からあったと思われる風邪にこそ、医学の基本中の基本が含まれているというわけですね。風邪こそ病気の基本原理を含んでいる、「風邪を知らずして医学を語るなかれ」か・・。

おじいさん:ところが人間は風邪を無暗に恐れ、風邪を引いたが最後、余計な金を使い仕事もできずさんざん苦しんだあげく、結核などになるのだから、「憐れなる者よ汝の名は人間也」と言いたい位じゃ。

himaari:たくさんのお金と時間をかけて、風邪どころか肺炎や結核になったんじゃ割に合わないですね。

おじいさん:そればかりではない。ここに問題なのは薬なのじゃ。先に述べたように、「感冒という体内の清潔法」を「逆解して停めようとするのが医学」であるから、その為に用いるのが「薬と称する毒物」じゃ。

himaari:「薬(クスリ)」と称する「毒物(どくぶつ)」ですか。薬はたしかに副作用があると言うのは専門家も言っていますが、おじいさんの言い方はまったく毒物そのもののように聞こえますね。薬とは体を楽にする、つまり体を健康にするというのが世界の常識ですよね。だから病気の時に薬を飲むわけでしょう?

おじいさん:およそこの世の中に.本当の薬というものは一つもないだろうね。あらゆる薬は毒で作られているからじゃ。本当に薬にと言うのなら、強いて言えばじゃが米の飯くらいじゃろう。

himaari:西洋では麦でしょうかね。これは人間が生きている以上毎日食べているものですし。まあトウモロコシや芋の地域もあるようですよ。毎日食べるものが本当の意味で身体にとっての薬なんですね。

おじいさん:「薬」といって有難がっているものはことごとくが毒であって、「毒の力で治るのを邪魔する」のだからこれ程間違った話はあるまいだじゃろう。

himaari:びっくりな話ですよね。「毒の力で、治るのを邪魔する」と言うのは「薬が病気を治るのを邪魔する」っていう意味になりますよね。人類が古来から「薬で病気が治ると思ってきたことが実は大間違いだった」と言うんですか?

おじいさん:これが医学の根本となる大間違いだったというわけじゃ。これまで人類は「薬で病気が治ると錯覚して来た」から、現代の薬治療主導の医学になった理由でもあるがね。 ではどうしてそんなに間違ったかというと、「清潔作用の苦しみが薬で一時でも楽になる」からじゃ。それを治るものと錯覚してしまったのだよ。その錯覚をずっと根本において進歩してきたのが薬の進歩という歴史なのじゃ。

himaari:それが本当ならものすごい錯覚ですね。しかも人類のほとんどが錯覚して来たとはね。「薬が病を治し、薬がひとを健康にするという常識が錯覚だ」とは、重大な問題発言ですね。

おじいさん:そうじゃよ、薬というものが毒であるにかかわらず、なぜ病気を治せるのかという最大の矛盾点を誰も明らかにしなかった。いや、誰かが説いていたとしても誰も信じなかったのじゃろうな。それは「毒が良く効いた」からじゃ。その奥の原因と原理を「夜昼転換論」で話すがもう少し薬という毒と病気の関係を話さなければならないじゃろう。

himaari:今では薬学上でも「薬は毒」であるのは常識でしょうけど。でも毒(薬)を体に入れるとなぜ病気が治るのか、なぜ毒(薬)を飲み続けることで健康が保たれるのかは誰も説明できないですね。

おじいさん:そうじゃろう。今では誰でも薬は毒だということは知れ渡っているじゃろうが、依然として病気治療に使われているではないかね。誰でも毒とは知りながら使っているわけだが、その原理とか理由をよく知らない。ただ「効く」からという理由だけでね。わしはこの「薬という毒がどうして病気治療に使われてきたのか」を説明するわけじゃ。

himaari:それですよね、謎はそこにあります。どうして、薬は毒なのに病を癒やし、健康を保てるのか、不思議ですよね。毒とは言っても使えば苦痛が楽になるからでしょうね。楽になればそれで良いという事かな?

おじいさん:ここで重要な点は、「薬による苦痛緩和が病の根治では無い」ということじゃ。

himaari:え、苦痛が治まるから病気が治るんでしょう。だったら、病気の苦痛はどうするんですか? 苦痛があるから病気なのに。その苦痛を取らなければ病気は治りませんよ。

おじいさん:「薬が苦痛を緩和させる」「症状を緩和させる」これが使われる要因じゃな。実はその一点が医学の勘違いを持続させているものじゃね。まず、薬と言うが実はあらゆる種類の毒を使うのは分かるじゃろう。その多種多様に用いる毒の調合やさじ加減で病気を治すのが医学治療の柱となっているじゃろう。

himaari:そうですね。世界には何万種あるか知りませんが、それこそ病気によって多種多様の薬がありますからね。でも「苦痛の緩和」がなぜ勘違いに繋がるのか疑問です。

おじいさん:何万、何十万種あろうと基本は同じことじゃよ。薬の本質とは「体内浄化作用を抑える毒物」ということじゃね。

himaari:え、「薬が浄化作用を抑える」のですか? 

おじいさん:詳しくは後にして、「体内浄化作用とは体内清潔作用、体内掃除作用」とも言える。要するに身体の中の異物や毒素を排泄する「排毒作用の働き」じゃ。

himaari:そうですか、あらゆる薬が毒であって、体内の毒素を掃除する働きを「抑える」のが薬だというのですか。

おじいさん:そうじゃよ。毒の力を持って浄化作用を抑えるのじゃ。結果として苦痛が緩和する。だから治ったと錯覚するが、これは真からの治癒では無い。なにしろ「排毒作用」を中止させるのだからだ。「毒を出さないように毒で止める」というわけじゃ。

himaari:本当に治ったのでは無いわけか。それで毒(薬)を体に入れて、どうして病気が治ったりするのか、ちょっと理解できましたね。本当は原因を治しているんじゃ無くて、一時的結果だけ症状が楽になったということでしょうか?

おじいさん:だから医学でも言うじゃろうが、対症療法だとね。本当の治癒ではないという事じゃ。とりあえず出てきた症状を抑えて苦痛を緩和する。それを毒の力で抑えつけるのが薬物による治療法じゃ。

himaari:なんと、治していないのか。でも抑えつけるから楽になる訳ですね。それに薬飲んで治っている人も居るようだし・・

おじいさん:ただ抑えつけるだけで済めばそれはそれで良いじゃろうが、そうは行かないのじゃ。いずれ再発の火種は残っているわけじゃ。人間の身体は常に綺麗に保とうと常に働いている自然良能力が備わっているからね。もし薬を飲んで治っているとしても、それは一時抑えが効いたからか、その薬毒を跳ね返すほどの丈夫なひとが自分で治っているだけじゃ。

himaari:自然良能力ですか? 自然治癒力のことですね。薬で治るのでは無く自分の力で治るということですね。

おじいさん:いや、君は病気を治す過程だけを見て自然治癒力があると言っているのだろうが、わしの言うのは「病気を起こす力」も含めているのじゃよ。

himaari:え、「病気を引き起こす力」ですか!?あ、そうか。「病気は浄化作用」だと言いましたね。

おじいさん:そうじゃ。先ほど言っただろうが「排毒をする力」、「人体浄化作用」のことじゃ。体の中の要らないものは排泄されるが食べ物は大小便で処理されるが、食べ物以外はそれだけでは排泄出来ないからね。毒素は次第に溜まって来るじゃろう。つまり病気とは蓄積された有害な毒素を外に出してやる為の働きじゃ。病気を排毒作用とすれば、その働きに付随して毒素の種類や量、そしてその個人の性質などが絡み合って種々の掃除の形態があるわけじゃ。

himaari:なんか難しいけど単純に言えば「からだのおそうじ」なのですね。

おじいさん:そうじゃ。実に簡単に言い表す言葉じゃね。「病気とは体のお掃除」というのが医学の基本となれば、あとはそう複雑な問題は要らなくなるはずじゃ。基本となる「病気は浄化作用」という事が分かれば複雑な研究など要らなくなるじゃろうよ。君たちの時代にはテレビというものが登場したそうだが、君はテレビを観ていて、箱のなかの仕組みなど考えながら観ているのかね?

himaari:いえ、その番組の内容に没頭していますけど。そんな機会の仕組みなど知らなくても、スイッチやチャンネルさえ分かれば僕には十分ですよ。

おじいさん:そういう事じゃ。体内の複雑な仕組みなど基本さえ解ってしまえば必要なくなる。ただ、どうしてそうなるのかを納得するだけの作業が「医学研究」と言えるがね。

もともと病気治癒の力は自分自身に備わっているのだからね。しかも、それは身体の方で自動的にやってくれているのじゃ。人間はどうしてそうなるのかを探っているだけの事じゃから、治療など元々論外の話じゃ。人間はそれに余計な理屈をつけたり、手出しをしない方がむしろスムーズに行くというものじゃよ。

himaari:という事は現代医学の膨大な費用を使って研究されていますが、あの究極はどうなるのかなと心配していましたね。でも、最終的には「身体の優秀な働きがあまりにも見事で手の出しようも無い」という結論に達して、その後はもう難しい研究は終わってしまうのしょうね。

おじいさん:まあ人間がそこまで行くにはまだ時間がかかるじゃろう。人間は研究が好きだからね。しかし、基本さえ解れば万病の根源はひとつであるから、わざわざそれを詳しく分析しなくても大丈夫になるじゃろう。医学研究などは、言ってみると「人間の身体の精妙な素晴らしさを再確認するための研究」に過ぎないじゃろう。

himaari:無駄な研究とは言えないかも知れませんが、やっぱり最後はチャンネルとスイッチだけ分かれば十分ということですね。だって勝手に体の方がうまくやってくれるのだから、人間の方はそれを邪魔さえしなければ良いわけですし。

おじいさん:その前に病気の基本中の基本、また「病気の原理」から言っても土台となる「風邪の原理」から始めないとね。医学は未だに風邪の原理さえ知らないのだから、ここから再出発することだね。

himaari:そうか、ウイルスや細菌が病原で無く、身体の中の毒素が病原だというわけですね。しかも薬が病気を治していたわけでなく、むしろその毒が病原にもなり得るわけか。

おじいさん:とすれば薬というものは人類にとって全く禁断の木の実とも言えるじゃろう。

himaari:昔は草根木皮などが薬の主流でしたから、それで楽になるから漢字で薬になったんでしょうね。その「薬で楽になるという作用」が「病気治る」こととは根本的に違っていたとは驚きですね。「病気の苦痛が楽になったから治った」と誰もが信じて疑わなかった。けれど、本当は対症療法で苦痛を緩和させただけ、元はそのままだったというわけか。

おじいさん:確かに苦痛が無くなれば楽になるから治ったかの様に見える。それが浄化作用の原理からいうと逆になる。単に「対症療法で一時的に楽になる」のと、「根本的に病が治って楽になる」のとは全然異なることじゃ。その証拠が近来ますます重度化した病気が増えてきたことにも関係してくる。

himaari:対症療法中心の医学が薬を使って病気を解決していれば、確かに少しずつでも世の中の病気は軽いものになって来るのでしょうね。けれども重い病気が増えて来ている。

おじいさん:本当に治癒することは体内の毒素が漸次でも減ってくるはずじゃ。その結果として病苦も減ってくる。つまり重症系の病気から軽症の病気へなるはずじゃ。

himaari:でも逆になって来ているわけですね。癌で死ぬ人が増えている事もその原理なのでしょうか。世界中の人が医学は進歩しているのだから必ず解決できるとして、毎年莫大な研究費を費やして世界中の専門家が研究を続けているわけですけど。

おじいさん:すべての根源が「薬で病気が治る」という錯覚から来ているのだから、その薬迷信を解く鍵が、風邪の解剖なのじゃ。人類と病気の関係を知る為に、すべての基本はここにあるじゃろう。医学がこの風邪の原理を完全に理解したときから、あらゆる病気の解明に繋がる事じゃろう。

himaari:そうですか、まずは風邪の原理を知らないと他の病気も理解できない、というか風邪の原理を知ることによってすべての病気の解明が出来るということかな。現状ではおそらく世界中で薬が病気を治していると思う人が大多数だと思います。その大常識を覆すのだから大変なことですね。

おじいさん:人類が何百、何千年か知らないが薬を信じて使ってきた事だからね、それを知らせるのは容易なことでは無いだろう。それは時と共にやるしかあるまい。

himaari:それには時期が必要なんでしょうね。どんな病気でも薬を使わない治療は無いくらいですから、まさか薬を無くすなんて事は不可能に近いですよ。

おじいさん:それが時期というものじゃ。それについては前にも話したじゃろうが、人為的にがんばっても時期には勝てないからね。それが人類に必要となったときに初めて採用されるじゃろう。

himaari:そりゃそうですね。まさか世の中から薬を無くすなんて事はあり得ないような気がします。でも、少しずつ減らして行くことは大切ですね。少しずつでも理解しながらですけど。

おじいさん:薬が病気を治すという薬剤迷信はそう簡単には解けないじゃろうからね。だが、まずは風邪ごときの事で大騒ぎしている位だからね。黙っていても変わらないだろうから君らがよく教えてくれるだろうから、わしも安心だよ。

himaari:うーむ。これ言うと変人扱いされてしまいますからねえ。友人知人、それどころか親戚や身内の信用まで失いかねませんよ。まさか「薬は病気を治せない」とか「薬が病気を造る」とかね、言えやしませんよ。

おじいさん:ちゃんと言っているじゃないか。まあ、押しつける必要など無いから、お知らせ程度でよい。相手も自由なんじゃからね。薬飲んで苦しむのも好きでやっていると思えばよい。それが体験となって自ら知ることの方が大切かも知れないね。

himaari:あ、そうですか。気楽になりましたね。一生懸命話しても相手は聞く耳持たないとがっかりしますからね。でもお知らせ程度でやれば、後はご自由にでよいですから。

おじいさん:この迷信は人類が永い間に自分自身に植え付けたものだから、これを解くのは容易ではないが心配は要らない。これには次期というものが味方をするからじゃ。

himaari:その出発点として、まずは肝心の風邪の原理からですね。続きをお願いします。

薬で苦痛症状を取るのは治しているのでは無いという事でしたが。

おじいさん:ところが薬にはもっと厄介な事があるのじゃ。薬毒(やくどく)は体内に入ると大部分は残ってしまい、何年何十年経っても排泄されずに体内に残って蓄積されてしまう物が多いからじゃ。そして人体の各局所に固まってしまう性質のがある。

himaari:「毒素の蓄積と残存濃縮」という事ですね。入れた毒は局所に「集溜して固結する」というわけですか。

おじいさん:それは毒の性質にもよるが、大体は排泄されずに体内に残るから、その毒の害がいつまでも影響するというわけじゃ。

himaari:近年の化学物質に敏感に反応するする人が増えたのも、体内に毒素が蓄積された結果、少しでも入ると敏感に反応するわけですね。それに毒素が残留して蓄積する例として、水俣や新潟の阿賀野川の水銀中毒事件などもありましたね。工場排水の水銀がまず魚に蓄積されて、その魚をまたある程度食べた人間が水銀中毒になった。これが水俣病と呼ばれ水銀中毒症の事ですが、毒素というのは生物の体に蓄積されるのですね。

おじいさん:それがなかなか排泄されないという事が分かるじゃろう。簡単に外へ出てくれればそのような重症になるわけがない。毒素の種類によってはなかなか排毒されないものがある。毒素の蓄積は容易だが排泄には難渋するということじゃ。

himaari:はい、少しずつ排泄されているのなら中毒症状にもならないでしょうし、水俣病も速やかに治るわけですね。しかし、なかなか排毒されないからいつまでも苦しむわけか。

おじいさん:そして問題なのはその治療にまた毒物を使うわけじゃから、治すと言うよりも治さない様にしているとしか言えない。しかも、それを善意でやっているのだから大問題なのじゃ。

himaari:誰も悪くしようなんて思ってないわけですからね。治そうとして、治りたいと思って治療しているのに治らないのは、やっぱりそこに薬迷信が潜んでいる訳か。

いったん入った薬毒はなかなか外に排泄されない。毒素となって局部に固まってしまうわけか。簡単に毒素が出てしまえば、食品の残留農薬や食品添加物などの害も心配ないわけでからね。

おじいさん:そうじゃよ。そういう自然物であろうが人工物であろうが、人間にとっての毒物は体内で毒素となり排泄されにくいから残るのじゃ。それも人によって浄化能力が強いのと弱いのがあるから、弱い人ほど毒素を排泄されないでいるから弱体化する。

himaari:なるほど、丈夫な人は毒素排泄の力が強いから丈夫であり、排泄力の弱い人はどんどん弱体化してしまうのかな。とにかく一にも二にも毒素は排泄されないと健康体は維持できないのですね。食べ物ならちゃんと排泄してくれるのにね。

おじいさん:もともと人間は食べ物は排泄される様に出来ているからじゃ。だが食べ物以外の異物や毒物は排泄されにくいから一種の毒素として残り蓄積されてゆくのじゃ。

himaari:そう思うと薬ばかりでは無いですね。おじいさんの時代にはそれほど添加物や環境化学物質は無かったと思いますが、いまではあらゆるところに有害物質が潜んでいますからね。これでは溜まる一方ですよ。

おじいさん:わしらの時代は農薬などはむしろ強いくらいだったがね。君たちの時代はありとあらゆる物から入ってくるようだから「塵も積もれば山となる」時代じゃろうな。

それでも人間はそれらを浄化作用で毒素を消したりできる能力を備えているから、そう簡単にはやられないわけじゃが。処理できなければ毒素を体外に排泄しようとしての働きが備わっているからね。

himaari:それを病気と呼び、体の中の掃除作用、清潔作用というのですね。排毒作用でもあり。溜まりに溜まった毒素を外に押し出してやるという。

おじいさん:そのように体内に蓄積され固結していた毒素も、そして時を経てそれに清潔作用がおこる。それがまずは風邪などの軽度の浄化作用であるからそのまま放っておけば必ず治るものを、さんざん薬でこじらし、余病を作ったり悪化させたりして、ついには命までもフィにするじゃからね。その愚かさには呆れて物が言えないのじゃよ。

himaari:最初は軽微な浄化作用で毒素を押し出すわけか。それが感冒、つまり流行すればインフルエンザというだけの事で原理はまったく同じなんですね。

おじいさん:風邪は万病を防ぐ元という事じゃ。少しずつ出しておけば体の中も綺麗になり、しかもそれほど苦痛も無く済んでしまうという「体内のお掃除」の優等生的な働きじゃよ。

himaari:なるほど、浄化作用の優等生か。一番軽くて済むお掃除なのに、それを医学では万病の元しているのだから、まったく逆なんですね。

おじいさん:毎日か毎週か少しずつ部屋の掃除をしておれば、大晦日の大掃除などほとんど必要ないじゃろうが。それをサボっているから一度につらい大掃除をしなければならないのじゃよ。君の部屋のようにね。

himaari:えええ~~。

人類が医学の進歩と言って一生懸命やってきたことが、なんと的はずれだったのでしょうか。本当にこれが理解された時はきっと世界中がうなりますね。と言ってもなかなか理解されないで来ましたから、これからどうなるのか?

おじいさん:そう手のひらを返したようには行かないじゃろうが、君の時代はもう次第に風邪の原理も分かってきているようじゃな。

himaari:はい、最近はお医者さんでもむやみに熱を下げたらいけないとか、下痢を止めてはいけないとか言うひとも増えて来ましたね。

おじいさん:当然じゃよ、よくよく患者を観察していれば本当の事が見えてくるからね。

himaari:「風邪は万病を防ぐ元」とは、この言葉が流行すればよいですね。

おじいさん:まずは「病気の根本を知る為に風邪の原理を知る」こと。そこから次は病気の原料となる薬毒を知る」事になるから、次第に人間は薬を廃止して、出来るだけ風邪を引くようにすれば健康を保てる事を知るだろう。もう一度くりかえすが、「風邪とは体のなかの毒素のお掃除、清潔法」じゃ。

現代医学がじつに愚かなことしているのは、毎年その清潔法を極力止めようとして予防接種だの薬だのと言って余計な原料を入れ続けていることじゃ。これでは毎年の積み重ねで体の中は毒素を溜め込んで行くだけじゃ。終いには徐々に治りにくい風邪になってゆくわけじゃよ。

毎年風邪をひいて順調に毒素を排泄していれば何ともないものをわざわざ重症化して行くのだから愚かを通り越して超馬鹿と言いたくのだが、言葉が悪いから超愚とでも言っておこう。この感冒を止め続けるとどうなるか、それは他のもっと重い病気に転化して行くじゃろう。

himaari:まとめてみるとじつに単純明快ですね。しかしこれは重要なことですね。医学の根本が間違っているとなると、万病にも言えるでしょうから。そうなると「たかが風邪、されども風邪」ですね。感冒は病気の解明の第一歩であり、しかも基本の基本となるわけか。医学はその第一歩さえも踏み込んでいないのか!? 

おじいさん:その他の病気にしてもまったく基本は同じ事だからね。病気は浄化作用。排毒作用。薬は浄化停止手段で苦痛緩和方法であって、根本から治しているのでは無い。そして、薬は毒素となり血液を汚し、万病の元となり次の病原となる。これがわしの医学論の基本中の基本じゃよ。多種多様な病名などは症状に対すして名付けたまでの事じゃ。

himaari:後の病気についてそれぞれの解明はまた別の時にお願いしまして、とにかく人間は人類共通の病気、風邪の原理を知ることからですね。

おじいさん:原理を知ったら、あとは出来るだけ薬毒を入れない事じゃ。年月を経て次第に体質が子供から孫へと続くのじゃから、やがて人間は年中無病息災となり長生きする事請合である。

himaari:なるほど、かなり大変なんですね。病気が一挙に無くなればよいのですがね。それには今までの体質を変えるしか無いわけか。

外に出さないようにしていた方法から外に出す方法に切り替えるという大転換が必要か?

でも、ここから出発しなければ、このまま大変な事になりそうですから。

おじいさん:君たちの世代は親からの遺産もかなりあるからね。しかも日々少しずつでも入っているから大変じゃろうが、まあ、うんと風邪を引いて掃除して貰うことだね。

本当に頼りになるのは自分自身の自然良能力じゃ。

本当の免疫力とは毒素を排泄すること。毒素を無くす力。これに尽きるじゃろう。

himaari:はい、風邪を嫌がらないで、かかったら感謝して寝てますよ。つらかったら休めという信号ですから。仕事やめないで人間やめたら損ですし。

おじいさん:風邪をひいたら「ありがとう」と思えるようになるのが本当じゃ。それほど風邪という形の浄化作用がいかに有難いかを知る事から始まるがね。

himaari:風邪の苦痛の時に素直にそう思えるかどうかは分かりませんが、とりあえず口に出してみます。「風邪さん、ありがとう」と。こんど風邪をひいたら、自分の体にお任せしてみます。うう~~ん、楽しみだなあ。「はやく来い来い、お風邪さ~~ん」

おじいさん:君も単純明快だねえ。風邪はそれで良いけど、オッチョコチョイの性格は治らないようじゃな・・・・・

えええ~~~!

 ビックリさせるおじいさんの発言でしたが。さて、いざ風邪を引いたり、しかもインフルエンザだと言われたらどう対処するか?

「それは君次第じゃ」というわけか。


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