ヒースローで入国拒否された高校時代の思い出

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ドイツ留学中、渡辺からメールが来たのは5月8日のことであった。 

彼は武蔵高校の友人であり、高校のイギリス交換留学再開の第一期留学生でもある。 メールで彼は自身の留学中の行動予定の詳細を送ってきた。そして、出来れば一緒にロンドンを回らないか、という。 ロンドンは当然、日本に比べればドイツから近い。飛行機で2時間の距離である。彼とは、僕が日本にいたとき、もし都合が合えば一緒にイギリスを旅しようと約束していた。 彼のメールに対し肯定の内容のメールを返信するのに考える時間はかからなかった。 

決定した宿泊予定は以下の通りである。6月21日、チューリッヒからヒースローを使ってロンドン入り。到着は夕方になるため、この日は特に予定は入れない。せいぜいホテル周辺で洗面用具を買い足すくらい。ホテルは22日の夜までアイビスロンドンシティ泊。23から24日はアイビスアールズコート泊。この二つのホテルはロンドンの西と東に位置しているため、それぞれの日にそれぞれのホテルから近い範囲をまわる。効率的である。25日は午前中に渡辺とオクスフォードで会い、その日はオクスフォード内のホテルに宿泊、26日はロンドンに移動し、夕方からミュージカルを観劇、27日の夜までロンドンのホテルに宿泊し、28日の午後にヒースローから彼は日本、僕はチューリッヒ経由でドイツに戻る。 

僕はロンドン市内の陸軍博物館やカムデンタウンなど、渡辺とは少し趣味が合わない場所を3日間で周り、彼と共に大映博物館や、ロンドン橋、バッキンガム宮殿などをまわるのである。彼とまわる頃には僕はロンドンの地理をマスターしているだろうから、迷わずに回れる自信もあった。僕は6月の中頃にはこのロンドン旅行を毎日楽しみに思うようになった。 

21日。朝食を家で済ませると、バスと列車を使ってチューリッヒ空港へ向かった。列車は国境付近で数十分遅延したため予定の時間通りには到着しなかったが、大きな問題ではなかった。 

ちなみにチューリッヒ空港は、楽しい。コンパクトでも明るく、レストランは豊富で職員の教育もそれなりに高い。僕はロンドン地球の歩き方を読みながら、昼食としてタイ料理の野菜炒め+ライスをつまんで時間を潰していた。貰ったチケットの Gate 欄が未記入だったため(チェックイン時には決まっていなかった)A ゲートから D ゲートまで走るはめになったが、概ね問題なく飛行機に乗れた。 

朝から少し早かったせいか、飛行費の中では眠って過ごした。もはや離陸してるときの記憶はないから、恐らく席に座ってからほとんど眠っていたのだろう。 

ヒースロー着。僕が最後にここを使ったのは、自分が小学二年の頃。家族でヨーロッパ旅行に行った際、帰りに乗り換えたのみである。故に入国はしたことがない。 

入国審査へ進む。入国審査カウンターは EU 国籍者とそれ以外で分かれており、当然チェックの厳しさも違う。EU 側は平均15秒(僕の観測)で通れるが、こちらは長い時間がかかる。不振な点があば入国を断られるケースもあるという。 

僕も知識としてヒースローの厳しさを知っていた。ヒースローの入国審査が厳しい理由、それはイギリスが不法労働を目的とした不法入国者に手を焼いているからである。空からの侵入をここで防げても、海も陸(トンネル)もあるじゃないかと思うのだが、とにかくヒースローは厳しいのである。 30分ほど並んだ後、自分の番がやってきた。 


僕「はろー」

審「パスポートと入国カード見せてね。えっと、滞在の目的は?」 

僕「観光です」 

審「スイスから来たんだね」 

僕「いまはドイツで留学中。ここまではチューリッヒの空港をつかっただけ。これが学校」 


言語学校の入学証を見せる。


審「ホテルまでは何でいくの?」

僕「(なんでそんなこと聞くのか・・あなたには関係ないだろう)列車です。」 

審「帰りのチケットは持ってる?」 

僕「既に買ってあります」 

審「ふんふん・・いまお金どれくらい持ってる?」 

僕「口座を持ってます。これが預金証明です。」 


CityBank の発行してくれた預金証明を出す。これはドイツでの長期ビザ申請でも使ったものだ。持ってきてよかった。 


審「一人で旅行?」

僕「はい。一人で、途中で友達と会います。」 

審「彼女がいるんだ」 

僕「(どうしてそうなる?もしかしていま僕、my friend って言ったか。それだと思い人って意味になるのか)ああ、いや、男の人ですけど」 

審「そのお友達とは今日会うのかい?」 

僕「いえ、26 日にオクスフォードで会います。彼はいまはロンドンにはいません。彼とあった後、一緒に観光します。」 

審「その友達の今の住所わかる?」

僕「(そこまでは知らないなあ)〇〇というパブリックスクールの寮だときいています」 

審「それどこ?」 

僕「調べればわかりますが今は持ってません」 

審「ちょっと待ってね~」 


行っちゃったよ。なんでつっかかるんだ。 

5分くらいして戻ってきた。 


審「入国カード失くしちゃったから、悪いけどもう一度書いてくれる?」


これはどう解釈したものか。一般的に考えて、この移動距離、この時間で僕の大事な(相手にとってはそうでもないのかもしれないが)入国カードを失くすというのは考えにくい。ここは、僕がさっき出したカードと同じ内容を書けるかどうか試しているのだろう。あるいは漢字を書けるか、とか、あるいは筆跡を見るのかも知れない。日本人以外がパスポートを偽装して入国しようとしているとでも疑っているんだろうか。いずれにせよスラスラ書くべきのようだな。

 書いてあげた。 


審「君、ほかになにかドキュメント持ってない?」

僕「例えば?」 

審「うーん・・」 


自分で答えられない質問を人にするな。てかまた行っちゃったよ・・。あ、戻ってきた。


審「ドイツの滞在ビザは?」 

僕「まだない。市役所が出したビザは日付が間違っていた。このイギリス旅行が終わったら再び申請に行く。」 


そう。ドイツで出た長期滞在ビザは、滞在期間の日付が違っていたのだ。僕の家にそのビザ発行の知らせの手紙が来たのが18日。翌19日に学校スタッフに「こんなのが届いた」と言ったところ、じゃああなたがロンドンから帰ったらもう一度市役所に行きなさい」と言われていた。ドイツの市役所は無能なのである。 


審「ドイツで何してるの?」

僕「ドイツ語を勉強している。九月から現地の高校に通う。ほら、これが高校の入学許可証」 


しかしドイツ語で書かれているため、読めていない。審査官は書類と僕のパスポートを持って、また奥に帰ってしまった。 暇で仕方がない。入国審査にかかる時間をカウントしたり次々にくる多国籍の人々を観察したりするのも飽きた。ここで自分が入国に時間がかかっている理由を考える。 

僕の出した書類はまったくどれも問題ない。学校の入学許可証、銀行預金証明。普通はそれで納得するはずだ。しかしそれで納得していないのはおそらくドイツでのビザが下りていないせいなのだろう。 

ドイツでは3ヶ月のビザ無し渡航が認められている。僕のドイツ入りした4月8日から90日、つまり7月7日まではビザなしでの滞在は問題ないのだ。しかし、今回はその期間中のしかも最後の方でイギリスに入ろうとしている。見方によっては不法滞在を転々と繰り返している、あるいは五輪に合わせて反社会的行為を起こす目的で綿密に派遣されたと考えるのかも知れない。 

全く、馬鹿らしい。 


結局、4時間以上、待たされた。僕のことを忘れてしまったのかと心配になりかけ、また、今日は買い物は難しそうだな、と思った頃、さっきとは違う職員がやってきた。 


審「ハイ!私は○○だ(←名前は忘れた)。今日は本当に大変だったね、同情するよ、君を助けたいんだ」 

うっわー!!こんなこと言う人ほんとにいるんだ www 

僕は映画で出てくる「いい人を装い安心させ、秘めている本心を掘り起こす熟練の刑事」キャラが目の前にいることに感動した。ロンドン本当に面白いよ・・。 


審「アイビスロンドンシティーに電話したら、君は17歳だから泊められない、とのことだ。私たちは君の身の安全を確保しないといけないから、残念ながら入国は出来ない。君は日本にいかなければならない。」 


まず前提がおかしい。アイビスは既に予約できている。そもそもそれもヒースローの職員が言っていることなので信用できない。本当はポリシーになくとも空港から直接電話が来て「泊まらせるのか?どうなのか?」と聞かれれば、たいていのホテルは「泊まらせません」と言うだろう。それに、たとえ入国出来なかったとして日本とはなんだ。 


僕「則ち、新しく17歳が一人で泊まれるホテルを予約すればそれで良いと?」 

審「それは難しい。ロンドンの多くのホテルは18歳未満は一人で泊まれないんだ。そういうポリシーがある」 


この職員、自分で「ロンドンには君が一人で泊まれるホテルもあるっちゃあるんだけどね。でもここから先は通す気はないからね^^」と言ってるようなものである。 


僕「悪いが理解できない。日本語を出来る職員をよんでほしい。」


ここまできたら論破するしかない。それではこの拙い英語力は不足だし、いつ何度機揚げ足を取られるかわかったものじゃない。 


審「悪いがその用意はない」

僕「時間はかかってもいい」 

審「それは難しい」 


ダメだ。話にならない。問答無用ってことじゃないか。 


僕「せめてドイツに帰りたいのだけど」

審「両親のいる日本でないと送れない」 


その後も粘って納得出来ない様子をしていると、そのうち厳重な金属製の扉のついた部屋に案内された。 その部屋は撮影禁止で、さらにそれを徹底するため、身体検査と金属探知テストを受けた。 

とはいうものの、その部屋はそこまで面白い部屋ではなかった。要は問題のあるトラベラーのための待合室であり、L 字型の50畳ほどの部屋に椅子が約60着、テーブルが2つ、監視カメラが3つ、テレビが一つ。それに公衆電話もあった。いずれも床や壁に固定され、武器にならないようにされている。L字の内側の部分は強化ガラスに囲まれた監視スタッフの部屋である。 


審「お腹が空いているだろう?なにを食べたい?飲み物は何がいいかな?」

僕「ツナサンドイッチとコーヒーで」 

審「何か質問はあるかい?」 

僕「ここにはどれくらいいなければならないのか」 

審「その質問に答えることは難しい」 


こちらの唯一の質問に対する答えがそれか。

そのとき、また別のスタッフが扉をあけてやってきた。 


審「君、トランクは持ってきたかね」

僕「ええ、まだ受け取ってませんが」 

審「じゃあ一緒に行ってとってこよう」 


どうせ取りに行くならついでに入国したいんだけど。


まあそういうことで、職員につれられ入国ゲートを通過、ワンフロア降り、トランクが吐き出されてベルトコンベアで回されるところ(手荷物受取所、とでも言うのだろうか)で僕のトランク(隅に放置されていた)を回収。職員に誘導されて今度は手荷物検査室に連れて行かれた。 

この辺りは未だに彼らの起こした行動の意味が解らないでいる。入国拒否するためだけなら「ホテルに泊まれない→安全を確保できない→日本に送るしかない」というロジックで押し通すことも可能だし、あるいは僕が18未満でも一人で泊まれるホテルがロンドン内にあることを知っていることを見越し、さらなる入国拒否理由を探すべくトランクという普段開けられることのない場所-則ち麻薬や銃や爆薬など-を密輸する現場を抑え、あるいはそうでなくともアルコールやタバコの1本でもたまたま見つかればイギリスの法に照らし、18未満で所持、ということが出来ると踏んだのだろう。だとしたら日本人の高校生も舐められたものである。あるいは単に、このようなトラブラーには全員の手荷物検査を実施するというルールでもあるのかも知れない。 もしくはさっき考えた通り、本当にテロか何かを警戒しているのかも知れない。 手荷物検査は念入りに行われた。まず、ある書類に名前を書かせる。 

「私は誰にも荷物を運ぶよう頼まれていません。これはすべてわたしの荷物です」 

という内容である。まあ当然そういうことはないのでサイン。

手袋をはめた審査官が、まずリュックを開けた。出てきたのはノート PC、カメラ、レンズ2本、ドイツ語の漫画、ノート、筆箱、iPodTouch、ケータイ2個(一つは SIM ロックフリー機で、ドイツで買ったもの、もう一つは日本で使っているもの、と説明してあげた)。など。また、財布の中も全て出し、それぞれの金額をメモしていく。よかった。コンゴから来た 言語学校 の友達から貰った彼の国のお金を持ってたら無駄に怪しまれるところだった。財布に入っていたのは125ユーロと30スイスフラン。僕の行動の潔白を補完する金額として考え得る中で最も好都合な数字ではなかろうか。 次に開けたのはトランク。服が沢山に三脚が一本。カメラが趣味だとわかってくれたかな。別段怪しい点はない。まあ当然だ。 その後、指紋を撮る装置の設置されている部屋に通された。


僕「トイレ行きたいんですけど」 

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