大学院を卒業する時に就職活動しなかった人の話。

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一攫千金カンパニー

「卒業したらデビューだな!」
友人Sはそう言った。何と一緒に起業すると言うのだ。なんだかとてもワクワクした。当時M1だったから23だったはずなので、もう13年前だ。2000年頃の話、と書くとずいぶん昔の話に思えてくる。
大学院に入学する当時「卒業したら会社には入らずに、何かしらソフトウェアで食べてゆきたい」と、漠然と思っていた。高校時代の友人Sにその相談をして、自分が作成していたアプリケーション(今だとガジェットなんて言われてしまいそうなとても簡単なものだったが)を見せた時に彼から「一緒に起業しないか」と提案されたのだ。
彼は某英会話学校の正社員だったが、周囲から見ても、恐らく彼自身もその仕事には納得していなかったのだろう。これを良いきっかけと捉えたようだった。
僕はと言えば、当時フリーウェアやシェアウェアという名目でWindows用のソフトウェアを作るのが流行っており、それで食べている人までいると聞いて、自分もそういうやり方が出来ないかと思っていた。会社というものはお金と引き換えに能力を搾取する存在で、そんなところに自分の持つ時間や能力を捧げるのが嫌だと思っていたし、自分がやりたい事をやる為に上司を口説き、上司の上司を口説き、上司の上司の…というピラミッドを越えなければならないのも無駄な事に思えていた。
※今は違う考え方をしている。そうでなければ現在起業していない。
そういう二人がこの方向へ向かうのは至極自然な事に思えた。このチームを一攫千金カンパニー(通称ISC)と名付けた。なぜここまでチープな名前にしたのか少し恥ずかしいが、当時はそれが良かった。デザインに先輩を巻き込み、どんな味付けをしたら世間に受け入れられるのか、熱く語りながら作る時間が始まった。

頓挫

そんな僕たちの計画だったが、一年後に頓挫する事になる。
些細なことが原因だった。ソフトウェアを公開すれば当然質問や不具合に対応しなければならない。僕はそれをある程度Sと分担したりするつもりだった。だが彼は言った。
「俺はソフトの事はわからないから、お前がやってくれ。」
確かにSはソフトウェアを作る事はできない。だが、アイデアを出すだけで何も作らず、対人サポートもしないとなってはこのチームのバランスはとてもおかしく思えた。
「何もしないのならせめて取り分を考えないか?」
僕はそう提案した。
「…考えさせてくれ。」
彼はそう言い、いつまでも返事の無いまま時が過ぎる。
当時の僕は良くも悪くも頑固で、融通の利かない所があった。ISCではSが常に調整役として振る舞い、頑固な僕にうまく合わせていたと思う。ただ、この件は違った。
「…やめよう。」
Sはそう言った。あとになって彼に聞いた時
「もしこのまま一緒に続けて、例えば営業を自分がして、仕事を取ってきた時に、マサシが『気に入らないからやらない』と言い出したら、それを説き伏せられるような気がしなかった。」
と言われた。彼は取り分云々以前に頑固な僕に愛想をつかしたのかもしれない。
Sは今でも付き合いがあり(最近めでたく結婚もして、式にも行った)、学生から社会人前半までで最も長い時間を過ごした友人だ。当時の僕を的確に見抜いていたような気がする。

孤独の再出発

そんな事をしている間にも時間は過ぎる。M2になっていた僕はこの先を考えなければならなかった。Sは
「二人で作った成果はお前が活用したら良い」
と言ってくれたが、当然頑固な僕が従うはずも無く、全てを0からやり直す決意をした。無論、今更就職活動する気は毛頭なかった。元々一人でやると決めていた事だ。一人でもやる。そういうところが自分にはあった。やると決めたのなら誰がやるかは関係なくて、自分がやる。
今でも当時の僕の担当教授と話す事があるが「あの後最初から『就職しない』と宣言した人はいましたか?」とたまに聞いてみる。どうやら最初で最後の頑固者のポジションは不動な様子だ。
時代は動いていて、確かテレホーダイの利用者が減ってISDN、ADSLなんかも世に出てきていた頃だった。僕は「今から新しく作るならインターネットを使った何かではないか?」と思った。

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