毎週火曜日 指なしおっちゃんに会う。

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と言いかけて辞めたのは私の臆病な所だろう。
いつだって人と向き合わず傷つく前に自分を守る。
そんなことだけいっちょまえに上達した。

答えを聞いてしまったら泣くと思った。
おっちゃんはなんでも見透かしてるとわかっていた。

「もう暗いので帰ります。
こんな時間までお付き合いして頂いてありがとうございました。
お気をつけて。」

「なんや。えっらい事務的やなぁ。
まぁええわ。おっちゃんな、毎週火曜にここ来るからな。」

「そうですか。では。」



それからというもの無意識に火曜日を待っている自分がいた。

おっちゃんは多分…あの酒屋に用事はないんだろうな。

だとしたら何のために本当に毎週火曜日、あの場所にいるんだろう?



ブレザーの季節が終わって、今度は花粉と死闘を繰り広げる季節になった。

私の毎日は相変わらず退屈だったが、
おっちゃんは毎週火曜日必ず面白いネタを持ってくる。
笑うことも増えた。気軽に話せるようにもなった。

いつもおっちゃんを羨ましいと思った。
どれだけ人生を謳歌しているんだろう。

そんな相変わらずのおっちゃんだけど、
少し痩せた。髪の毛も抜けていった。

「あれは歳のせいなんかじゃない。
絶対…。」

空に向かってボソっと言って考えた。
おっちゃんは何と闘っているのかな。って。

また火曜日がやってくる。
今度はちゃんと…

「おっちゃん。」

「んー?」

「なんか…あったの?」

おっちゃんはほんの一瞬眉を反応させたが
またすぐにいつものおっちゃんに戻った。

「なんでや?」

「髪の毛。それ抜け毛とかじゃないでしょ?わかるよ。」

おっちゃんはハァと溜息をついて頭をポリポリかきながら話してくれた。



1年前、癌になったこと。 
治療をすれば治るかも知れないが、再発の可能性は高い。と言われたこと。
その時点でおっちゃんはもう手術する気はなかったこと。

家族はいなくて仕事も潮時、なら生まれ育ったこの街で死のう。と東京から戻ってきたこと。

そしたら私に出会ったこと。

私と会えて直感で嬉しい。と思ったこと。

「おっちゃんな、あともう少しや。
でもな、後悔なんてあらへんで。
あんたとおると楽しいしな。
この街も昔となんも変わってなくて好きや。」

遠くを見ながら話すおっちゃんの目には涙がたまっているように見えたけど、ハッキリと確認できないのは私の目から涙が溢れていているからだ。

「おっちゃんが…

おっちゃんがいなくなったら私…どうしたらいい?
学校じゃイジメられっ子で友達なんてろくにいない。家には帰っても誰もいないし、難病指定の変な病気かかったし。や、治療頑張るけど。だからおっちゃんの髪の毛もなんとなく病的なものだとは思った。
なんか毎日楽しくなったけど、おっちゃんと話してる時だけは楽しいのに。
いなくなるとかそんなん…。」

無茶苦茶な言葉だけど初めて本音が言えた。
涙だけじゃなく鼻水もでてくるから息が苦しい。

おっちゃんはしばらく黙り込んだあと、
いつもの笑顔で言ってくれた。

「…そうやったんか。頑張るんやで。

あとはそやなぁ…もっと人前で笑い。
笑ってる時、なかなか可愛いで。若かったら口説いてたわ。」

あまり多くを言わず綺麗事も言わないのが
おっちゃんらしい。

でも私は言いたいことまだまだあった。


「おっちゃん…お願い。
まだ私、1人じゃ笑えない。
言いたいこと、伝えたいこと、いっぱいある。

だから、手術してまたここに来て欲しい。
ずっと待ってるから。
これからも毎週火曜日、ここに来てよ。」

おっちゃんは何も言わないまま、立ち上がり
私に背を向けた。

行かないでよ。おっちゃん。
悲しい想いが胸にこみ上げた。

おっちゃん…
本当は初めて会った日から楽しいって思ってた。
毎週火曜日、楽しみだった。
素直になろうって陰で努力してみたりもした。
でも全部おっちゃんがいたから…自分1人の力じゃない….。

言え!そう思っても頭がこんがらがって声に出せなかった。


「…しばらくは来れんくなる。

でも絶対また火曜日。ここに来るからな。
それまでに人前で笑う練習しとけよ。」
「…うん!!!!」

このあとおっちゃんが火曜日にこの場所に来ることはなかった。




おっちゃん。
元気ですか?まなおは元気です。
今ではハッピーオーラ全開です。
よく笑います。笑われます。
おっちゃんはまだ面白いネタを集めていますか?
でも今なら互角だと思います。 私の毎日はクレイジーでエキサイティングです。
あのあと自分なりに考えました。
伝えたいこと沢山あると言ったの覚えていますか?
結局伝えれずじまいですね。
私はあんな思い二度としたくないです。
胸がえぐられるような思いです。
だから不器用なりに自分の気持ちを言葉にしています。
おっちゃんがもし私のことをまだ見てくれているなら、伝えたいです。

ありがとう。
そして、またいつかあの場所で火曜日に会いましょう。今度は笑顔で。

と。


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