おじいさんとの対話 10    結核の原因と原理

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himaari:「自然発生の否定する医学」が言うように、もし菌が自然発生したものでなければ、それは何時、どこから来たのでしょうね? すべてのウイルスや細菌類は宇宙から飛来したとでも言うんでしょうか?それともこの地球上のどこかに何十、何百万年も潜んでいて突然現れたとでも言うんでしょうかね?それを証明出来た人なんて誰も居ないんでしょうね。そうなるとたんなる憶測だとしたら、科学的医学も“非科学的”と言われてもおかしくないですよ。

自然発生を認めない医学の失敗

おじいさん:今の医学がこの「菌の自然発生」を認めない限り、この世の中から感染症は無くならないじゃろう。なぜなら菌を病気の根本原因としているからじゃ。病気の真の根源でないものを対象として治療や予防対策にしているからじゃ。しかも、その菌を殺す行為自体が間違いの上塗りとなっているからじゃ。

himaari:殺菌消毒や抗菌剤などの薬剤のことですね。菌を殺してもその薬剤が有害になるということですか。

おじいさん:菌をいくら殺してもそれは病原でなないからじゃ。

またもうひとつ、精神的作用を軽視していることがある。人間は精神と肉体の両方が備わっている。

「今一つ見のがしてはならない事は、陽性の際、結核発病を注意するがこの事は逆効果となる。何となれば、その一言によって患者は地獄の門に入ったと同様、前途不安に襲われる。もちろんその為の神経作用によって意気消沈はもとより、食慾不振、不眠、神経衰弱を引き起こすのである。中には神経性結核となり生命を奪われる者さえ往々見受けるのである。また陽性後の強労働を戒めるのは、浄化力が発生するからで、医療の固める目的とは反対であるからである。」

himaari:精神が身体を司るという話はよく言いますね。心のひずみが身体に影響するとか。

感情、意識の方が病気を左右するとか。 だから、病名を告げられたり結核宣告をされただけで精神的に参ってしまい、それが肉体に影響するんでしょうね。

おじいさん:結核と宣告したら「治らない」という観念が働くように医学が創ってきたような精神観念じゃな。もっともやることなすことが反自然医学だから、徹頭徹尾心身ともに弱らせる医療を施すのも拍車をかける。そうなると、もう患者は転げ落ちるように病状が悪化して行き、ついには帰らぬ人となるわけじゃが、だれもそれに気がつかないんじゃよ。

himaari:これについては、今の時代では“癌”がその主役ですね。おっしゃるように、病名を宣告されたら最後、“死の宣告”を受けたかのように意気消沈しますよね。昔は結核の場合がそうだったんでしょうね。死の宣告を受けたと思うから意識的にマイナスになり、それが身体に影響するのですね。医学の方でいくら「癌はもう死の病ではない」と否定しても、患者の方では内心「それは治らない病気だ」と思っていますから。実際そうなのですが、医学が治らなくしているとは誰も気がつかないし。

おじいさん:それは病気は浄化作用であると理解すれば、ずいぶん異なった反応を示すはずなのだからどれだけプラスの方に作用するか分からないはずなんじゃ。「病とは天恵の浄化作用」という原理をしれば、どれだけ多くの人が心の安心を得ることか。

himaari:そうでしょうね、病気に対して全然意識が異なるわけですから。「病気は悪化作用」だから放っておくとダメになるばかりという考え方と、「病気は浄化作用」で身体が治している過程なんだという考え方では、天地の差がありますね。それがまた身体の方に影響する。

悪化作用と思う精神的作用が悪くする

おじいさん:どんな病気であっても寿命があれば治ると分かっていれば良いのだが、病気を悪いものとして悪化作用と解釈するから精神的にも益々あせってしまうのじゃろう。そして余計な逆療法を一生懸命施すから結局心身ともにマイナスの方向に向かってしまうのは当然じゃ。

himaari:そうですね。体内毒素の浄化作用なのだからありがたいなどと言う人はほとんど居ないでしょうね。僕だってそうですよ。原理がわかっていてもいざ癌で苦しみ死んでいくのというのは本能的に嫌なものです。

おじいさん:人間はこの浄化の原理を真に理解できるまでは薬というものから離れられないのじゃろう。最終的には死への不安恐怖じゃからね。だから頭の理解だけでは即実行とは行かないわけじゃ。その時点で判断して選択する与えられた自由というものじゃ。それをむりやり変えることは誰もできない。

himaari:でも僕は薬を飲んだ方が楽で長生き出来るとは決して思っていませんよ。だって毒が身体を健康にするなんて。たしかに楽になるのでしょうが、それは一時的だと思いますね。薬は苦しみ緩和してくれるというけど、常にそうなのかは疑問ですね。むしろ苦痛を増す事もあり、命を縮めてしまう事があると思います。確かに一時的苦痛緩和の効能があるとしても、一時的でかえって後が怖いかもしれません。いま話題になっている近藤医師の『患者よガンと闘うな』などもその点を指摘しているのだと思いますね。

おじいさん:自然の働きは神の働きなのだから、それに素直に従うのが一番だがね。大河の流れにそって流れて行く方がじつは一番楽で長生き出来るというのが自然の仕組みだからね。

himaari:神なんて知らないって人は自然と思えば良いんですね。自然に逆らうよりか自然の摂理にしたがっているほうが楽で健康になれる。そうでないとしたら、自然なんてのは気まぐれで当てにもならない事になりますからね。そうなったら人間を守ってくれる自然の摂理などというもの存在しないことになりますし。

おじいさん:医学にしても、あらゆる療法にしても自然の法則に逆らわないという事が原則じゃな。

himaari:そうですね、べつにおじいさんの療法に固執しなくても良いわけで、どんな健康法や療法にしても、「病気は浄化作用」という自然法則に適っているかどうかで判断すればよいと思います。

自然に逆うような方法では、一時的にどんなに効果があっても何時かその反作用が返ってくるかと思います。

医療は借金の法則

おじいさん:簡単に言えば、借金の法則じゃよ。返すべきものは返すだけのことじゃ。それを嫌がって返さないでいれば、いずれツケまで増えて借金の催促が来る。それを拒み続ければ増え続けて何時かは破綻するだけじゃ。

himaari:薬では借金は返せないというわけか。むしろ利子を増やして借金が増える。返すのはつらいから嫌だけどあるなら返さないと最後は破綻してしまう。それが病気としてみるんですね。しかもその借金は自分の代ばかりか、親の代の分まであるかも知れないとすると、ほんと嫌ですね。

おじいさん:実にそれが分からない人が多いのだね。だからもがき苦しんで逆療法を行なうのじゃろうが、それがかえって悪化させたり長引かせたりする。

himaari:結核に限らず、病気とは借金の返済だと思えばよいわけか。それもきれいさっぱり返せば立ち直る。

では、現代医学で否定されている『菌の自然発生』の原理についてもう少しくわしいご説明をしてください。

霊体と肉体

おじいさん:書いた論文より「それに就いて前もって知っておかねばならない事は、人体なるものの構成であって、科学は人体を単なる物質とみなしているが、これが大変な誤りである。

なぜならば、もしそうだとすれば、人間の生死はどう説明していいか分らない事になる。

ここで肝腎な事は、人間の精神即ち心である。これは目には見えないが、科学といえども否定は出来ないであろう。というのは人間は肉体と同様の形をしている霊という無に等しき個体が厳然と存在しているからである。」

himaari:ああ、ついに出ましたね、「霊」という文字。この霊と言う文字だけですぐ嫌悪感を抱く人も居ますし、「霊界」なんて話になると現代人にはタブーですよ。

おじいさん:無の世界を表現するにはこの「霊」という言葉が今のところ一番だとして、採り入れているのだが、君たちの時代はかなり科学も進歩しているだろうから別名でも良いんじゃ。

himaari:そうですね。「霊」とか「霊界」というと、いろんな人の思いこんだ情報が結びついてしまって、純粋に「未だ科学では発見できない非顕在の世界」としては認識できないのですね。おじいさんが語る「霊の世界」とは「非物質の世界」、「非顕在の世界」を「霊界」としているのですね。

おじいさん:物質と非物質の関係だからね。霊界という言葉が嫌なら君の好きな別の名前を使えばよいさね。物質というものがあれば、必ず裏には「非物質性の霊」というものが存在するというわけじゃ。

 論文「・・というように霊と体とは密着不離の関係にあり、死とは霊が脱出し、体の活動が休止する事である。そうして心は一秒の休みもなく動いており、人間が何等かの意慾が起るや、問髪を入れず体に移りて行動となるので、体が勝手に動くのではない。

としたら人間の本体は心即ち霊にあり、霊こそ支配者であり、体は隷属者であるから、霊主体従である。この理によりて病といえども最初、霊に発し、体に移写するので、これが真理である。したがって根本は霊を健康にする事である。」

himaari:なんだかよく解らないのですが、病気と言うのは「霊体」が病んでるわけですか?それと「霊を健康にする」とか、「不健康な霊」っていうのはどういうことなんでしょうね?

おじいさん:「霊の実在等というのは非科学的にて問題にされないのである。」科学者の間では、いまだ物質の究極は、真空であり無であり何も存在しないとしているからだ。

しかし一部の科学者に「真空中にはエーテル状の何かがある」としている。そうでなければ科学の理論が行き詰まってしまうからであろう。「しかしこれは物質では無いから発見されることはない。」

himaari:なんだか、論文か話を聞いているのか分からない気分ですが。「物質科学では発見されないから、霊は“無い”」とされるのですね。それに「霊」などと言おうものなら、即「オカルト」でアウトですよ。 よくテレビなどに放送される「霊」などは、浮遊霊とか動物的な霊とか、低級でおぞましいような幽霊の世界だと思われているのですから。どちらにしても「霊の世界」などと言うとすぐ迷信扱いになりますね。

霊主体従の法則=霊体の曇りが濁血に

おじいさん:しかし本当の科学とはこの霊の世界を知らなくては本物ではないのだがね。それを無視するから唯物科学は壁に突き当たるのじゃ。そのような唯物一辺倒の科学だけを正しいとされて教育された世界だから「霊の世界」を認めるのは難しいじゃろう。

そこで先ずは理論として知っておいてもらってもよい。

「霊というのは何かの原因によって純粋透明な人体の霊体に不純的不透明的な無限微粒子ともいうべき曇りが発生するのである。この霊の曇りがすべての病気の発生原因となる。

そして、霊主体従の法則により物質的存在の人体に影響するのである。それが濁血である。血液の汚れとなって移写するのだが、その排除作用が病気と呼ばれる浄化作用なのである。」

himaari:霊というから幽霊とかオドロオドロしたものを想像しましたけれど、もっと根本的なものなのですね。

おじいさん:そして、この病気という事に関して説明すると、

「体的に病気発生の前に霊の段階でも浄化作用が既に発生しているのである。霊界では先に霊の曇りとも言うべき不純な無限微粒子の払拭作用が行われ、それが物質界となる人体に写り濁血の浄血作用、清掃作用が行われる。」

himaari:肉体の浄化作用が始まる前にすでに霊の浄化作用が始まっているというのですね。霊の曇りを解消すると肉体の方では血液の汚れが解消されるという。で、そこに病原菌などはどういう関係なんでしょうか?

ウイルスは霊界から発生

おじいさん:「バイ菌、ウイルスといえども同じく霊界から発生するのである。」物質界では検知出来ないのだから“無から有が発生する”ように見えるが、実在する世界から湧くのだから、初めから“有”なのである。最初はウイルスから、成長して細菌となる。

himaari:パスツールの実験で定説になった『菌の自然発生否定』は物質だけを見ていたからで、その奥に実在するものが在るとは考えられなかったのですね。あの実験で「自然発生」は否定されました。もともと唯物観では「無い世界」ですから、無いところから突然何かが現れるはずが無いというわけですね。

おじいさん:自然界は物質から非物質界へ分離した形ではない。宇宙の無限大は物質の無限小へとつながる連続であり、裏と表、上と下、右と左、経と緯、一体の存在なのだから、微生物も霊界の不純物から発生したそれが連続線上に物質界に現れて来るだけである。

himaari:そして、今の科学で「それ」を発見出来た時点で“存在する”ものになるのですね。しかし、この結核に限らず、多くの伝染病と言われているものには間違った解釈によって、不幸な目にあった人がいるんでしょうね。

おじいさん:医学が真の病気の原因を知らず、誤った治療法を施すことに気づかなければ、これからも無数の病気を作り出すことは確実であろう。

himaari:病気の原因を人間がつくるから不幸な病気として現れる。しかしそれは浄化作用であり幸福への道なのだから本当は幸福なのだ。僕はこういう意味で捉えていたんです

「夜昼転換」で「必要悪」が「不必要悪」になる

おじいさん:それが「夜昼転換」の原理として説いてあるが、人類は進化のためには病気の体験が必要だったのじゃろうね。たとえそれが誤りであっても人類にとって必要だったのかもしれん。だが、それには限度がある。このまま進んでしまっては人類そのものが滅亡に至るであろう。

しかし、ありがたいことにいよいよ時期が来て「昼の世界」がこの地上に現れることになったのだよ。それによって「夜の世界」には「必要悪」とされていた病気、戦争、貧困などが不必要になる。時期が来たということだね。その先駆けとして「医学の誤り」からなのは、人間の健康と生命が基本となるからじゃ。

himaari:間違った医学と行っても、それは人類が共同で作り上げたものですよね。医学者だけが作ったんじゃ無い、皆がそれを支持して応援していたのでしょうね。

おじいさん:本当を言うと、今の医学者たちだけを個人的に非難してはいけないんじゃな。元々の批判の対象は「医学という学問」なのだから。

himaari:でも現実に戻って、やはり医学は誤っているのは事実なんですね。今まではそれでも良かったけれど本物じゃないって。

おじいさん:そうじゃ。今まではごくろうさん、これからはこの方が良いやり方になるよと教えるだけじゃ。それにね、言ったように医学関係者ばかりが誤っていたんじゃないよ。

人類全体としてそれを信じて進んで来たわけじゃからね。

君だって過去世は医者だったかも知れんよ。むやみやたらに薬草を飲ませたりするとか。

himaari:ははは、過去世ですか・・

医学に盲信しているのは医師だけではなく、かえって一般の人の方が信じ切っているのですね。それが今の医学を支えている。上を変えるよりも自分を変えるということだったんでしょうか。

でも、それに気づく時が来るのでしょうか?

おじいさん:どちらがより盲信しているかと言う事は断定出来ないが、『真実』に“気づく”のは簡単ではないだろう。これは力づくで変えることは出来ないからじゃ。

himaari:ごもっともです。力なんてのは最初からありませんね。ごく少数派の意見が通るにはまったく当てがありませんね。不可能に近いですよ、もう世界的に絶対多数派が現代医学ですよ。

おじいさん:しかし本当の昼の世界にはいると真実であれがすぐ分かるようになるさ。わしの時代はまだ夜から昼への黎明の時期だったからね。非常に苦労も多く、受け入れられなかったが、君の時代はうんと早くなるはずじゃ。

himaari:そう、期待したいところですが、いま現時点ではまったく当てになりませんね。もしかしたら、相当先の時代になって「おじいさんとの対話」が出てくるかも。

おじいさん:もうわしの話すことは話してあるし、それを君たちがどう活用しようと自由なんだ。

そして、君たちがより真実を求める心があるなら、もっともっと良い話が見つかるだろうね。それじゃ後は任したよ。昼の世界では君たちひとりひとりが主役の時代になれるようだからね。

himaari:そうですね。いま生きてこの世にいる人たちの選択の自由ですから。

僕も期待しないでやれることはやって逝きますので、またよろしくお願いします。

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ということで今回もおじいさんのお話はとてもスムーズにすすみ、とても有意義な時間が過ごせました。(笑い)

          参考になる図書

【 危 な い ぞ 予 防 接 種 】  レオン・チャイトー著 

  毛利子来監修  藤井俊介訳   社団法人  農山漁村文化協会 発行   

【間違いだらけの医者たち】  忰山紀一 著   徳間書店発行

異端の生物学者  千島喜久雄論はノーベル賞に値する


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