おじいさんとの対話 11     結核の経路から新型肺炎SARZまで

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おじいさんとの対話 11  

  結核の経路から新型肺炎SARZまで

himaari:先回は結核について詳しく解説して戴きました。さらに腑に落ちるため結核の経路というテーマにて再確認という形でお願い致します。

おじいさん:結核初期に到るまでの経路はさきにに述べた通りじゃが、次の段階からが問題である。「すなわち「医師は先ず絶対安静、薬剤使用、栄養食、空気療法等を奨めるが、空気療法以外は何れも浄化停止療法である。 先ず安静法は最も効果ある衰弱法で、その結果、浄化力微弱になるから下熱を始め、他の症状は緩和することになる。 また薬物栄養療法も同様、浄化停止法である以上、軽快に向かうように誤認する。故に、たまたま患者が運動を為す場合、浄化力が発生して発熱する。医師は驚ろいて運動を戒めるという事実は、結核者の常に経験する所であろう。」という事じゃ。

himaari:症状を緩和させるために徹底的に浄化停止方法をとるというわけですね。しかも運動停止や栄養食までが浄化力を微弱にするとは? これについては意外ですね。

おじいさん:ここで注意すべきは、「解熱剤使用は最初はある程度効果を奏するとしても、これを持続する時は漸次反動運動を起しす。そのため、執拗な高熱が持続し、如何なる解熱法も奏効せぬようになるものである。」

himaari:なるほど、最初は効くから解熱剤で高熱を下げてしまえば収まるわけですね。しかし、また体の方は高熱を発生させるので、再び解熱剤を投与するのでしょうが、それでもなかなか熱が下がらないという場合があるのですね。

おじいさん:体の方では自然良能力、つまり浄化作用が働くから高熱発生して固結毒を溶かそうとするからじゃ。薬毒の方ではそれを抑えつけようとする。つまり固めようとする。

そのため、「すべて薬物持続は中毒的反動作用を起し逆効果となるのである。彼の下剤持続者が慢性便秘症となる事や、モヒ、コカイン等の中毒者がいつしか放す事が出来なくなるにみてもうなずけるであろう。」

これが反動作用という意味じゃ。

himaari:薬で抑え込むと身体の方では反発を起こすのですね。その人に浄化力がある場合はでしょうが。その浄化力が弱いと固まってしまうので症状は落ち着くのでしょうか。

おじいさん:人体の方では浄化作用、一方薬などで浄化停止をする。この綱引きをしている事になるから、強い方が勝つ。したがって「以上の如き高熱症状が長時日持続する場合、漸次衰弱を増し斃れるのである。」という結果が起こるのじゃ。

himaari:高熱を下げる、高熱が出る。高熱を下げる、高熱が出る。こんなことを繰り返していたのじゃ、身が持たないわけですね。

 喉頭結核

おじいさん:結核の場合、「また末期の場合の多くは喉頭結核及び腸結核に侵されるものであるが、実は私の研究によれば、喉頭結核とは腐敗せる古き痰の猛烈なる毒素が咽喉を通過する為と喉頭附近の毒素に浄化発生の為とであり、腸結核はさきに説いた如くである。」と記述しておいたじゃろう。

himaari:そうですか。ここまでは昭和二十二年頃の時のお話でしたね。古い時代ですが、研究材料に挙げさせて頂きます。今後の専門家の検証なども必要ですね。

では次に「結核ナンセンス」という論文がありましたが、それについてもお願い致します。

おじいさん:「その表題とこの論を聞いた専門家もー般人も大いに憤慨する人、軽蔑する人、感心する人とがそれぞれ思いがあるであろう」が、新しい論として検討して貰いたいものじゃ。

himaari:はい、でも正直言って感心する人は少ないと思いますよ。今の時点ではほとんど軽蔑する方の人たちが多いでしょうね。憤慨する人でもそこで止まってしまい、何も検討もしないという事で終わってしまうんでしょうね。

おじいさん:今までの常識を破る異論としてもちろん承知だが、私はただ真理だと思うことをただ伝えるのであって、「その可否は見る(聞く)人の心々に任せる」だけじゃ。

himaari:そうですね。どんな論であっても最初から絶対的なものだとして押しつけるのはいけないですね。先ずは、よくよく検討してみる事が研究としての第一条件ですが、鵜呑みにしない事、最初から拒否しない事が必要だと思いますよ。

おじいさん:まずは白紙になって研究して貰いたいものじゃね。その上で切り捨てられるのは結構じゃが。

himaari:そうですか。今は認められないとしても真偽は別にしても、まずは検討していただきたいものですね。では次にもう少し詳しくお願い致します。

 ベルクリン注射

おじいさん:それでは、わしの時代からみてじゃが、「近来結核の早期発見を奨励しており、その唯一の手段として用いるのに、ツベルクリンの注射がある。」

himaari:はい、今は平成の時代になっていますが、まだ実施しているのでしょうかね。ツベルクリンは進歩的な医師の間から疑問が出される様になっています。

おじいさん:このツベルクリンの注射については前にも話したが、「反応のないものを陰性といい、紅く腫れるのを陽性という。それで陽性に対しては先ず半ケ年間は結核発病の危険ありとなし、その間一ケ月に一度の試験注射を行うを可としている。」

himaari:その事については前にご紹介した「危ないぞ予防接種」という本に詳しく書いてありますね。どうやら日本の現状もそれほど違いはない様です。

おじいさん:そこで、「半ケ年を経て異常のないものは一先ず注射を解くが、それでも当分三ケ月に一回の注射を励めるのである。そうして最初半ケ年の要注意期間中はなるべく過激な運動を避けるように注意を与える。」というのが当時の医学的所見じゃった。

himaari:結核に限らず、医学では過激な運動をいましめますね。やはり、運動をすると体が弱るでしょうか、体力消耗を恐れるのでしょうか。

おじいさん:というのは「それを守らないと、発病の危険があるからというのである。以上の様な医学の解釈は果たして妥当であるや否やを検討してみよう。」

himaari:過激な運動はやはりまずいのではと思いますが、

おじいさん:「それに先立ち私の研究と、その成果を発表する事にするがそれによって右の可否は一層明らかとなるであろう。 そもそも私の唱える○○医学は、病気とは自然に発生する処の浄化作用の過程としているが結核といえどもその理に漏れる筈はないである。」

himaari:なんだか論文になってきましたね。病気の正体とは「浄化作用の過程だ」と言って来たのですね。その理論からいうと結核もやはり、浄化作用の途中経過の症状というわけか。

おじいさん:論文では「そこで最初ツベルクリンの注射によって陰性であるという事は体力劣弱にして浄化発生の力がないからである。それに引換え紅く腫れるのは浄化力旺盛であるからである。すなわち、紅く腫脹する理由は、体内に注射液という異物が侵入するためその異物を体内深く侵入させないように、いわば防衛手段が発生するのである。」とね。

陰性になるという体力が弱化している者であり、陽性の方は体力旺盛というわけじゃ。

himaari:そうか、陽性の方が元気な証拠と言うわけですか。逆に何の反応も無い陰性は、浄化力、つまり生命力が弱いということですね。反応に対してまるで正反対の見方ですか。

でも、注射液は異物だから、異物毒物の進入を身体の方は防ごうとして反応するわけですか。

おじいさん:本来、人体は異物、毒物に対して防衛しようとするのだからじゃ。そこで、「その防衛手段とは血液が異物侵入局部に集中し、異物との闘争を開始する。その結果、異物の毒分を弱めて侵入の苦から免れようとするのである。」

himaari:進入する異物対身体の浄化防衛機能の闘いというわけですね。体には毒を弱毒化する力が備わっているというわけか。

おじいさん:「この理は、最初陰性であったものが、再三注射するや陰性が陽性に転化する。これを医学では陽転というが、この訳は注射液が少量の場合弱体者は浄化発生の必要が余りないが、多量になる場合はそれを防止するだけの浄化力の発生が必要となるのは当然で、自然は人体擁護の手段を遺憾なく具えているのである。」

himaari:陰性はまだ浄化力が少ないが、再三注射して毒分を増やすとついに反応して陽性となるわけですか。

おじいさん:「そうして如何なる人間といえども、一人も漏れなく先天性及び後天性の種々の毒素を保有している。」とは何度も繰り返して話してあるね。

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