母親が振り込め詐欺にあった。その時の電話の事。

一昨年の12月の話です。

その日は、朝からなんだか色々めんどくさかったので、会社をサボってパチンコ屋に行きました。
負けが続き、結構な額まで使ったところで、起死回生となり得るフラグを引き、取り返すぞ! と意気込んでいたところ、ケータイが振るえました。
画面をみると、親父の名前が。
ボクの親父は、めったに電話はしません。連絡の類いは絶対にオフクロを経由してきます。その親父から直接の電話にボクは激しく動揺しました。これからスロで出しまくってやる! という意気込みも忘れ、すぐさま席を立って店の外へ出て、電話にでました。

「おまえ! まだこの電話使ってんのか!?」

すぐに解りました。それはそれは激しくお怒りになられている事は。それにしても、質問の意味がわかりません。ボクが機種変更したのは1年くらい前だし、そもそもこちらの機種が何であれ電話は繋がるはずです。
電話の向こうでは激昂親父が続けて喚いています。

「てめぇ! やってくれたな! 明後日ちゃんと返すんだろうな!?」

ん? ますます分かりません。明後日?

「金だ! 明後日キッチリ返せるんだろうな!?」

お……おぉ。金の話ですか。
お恥ずかしい話ですが、24で東京に出てきてから、親のスネをかじりまくり、生活費に困ったら実家に電話してお金の無心を申し出る、という事を繰り返した過去がありまして、しかも「借りる」と言って都合してもらった全てを一切返済していないという状態だったので、お金に関する親父のお怒りは至極ごもっともでした。
思い当たる事が多すぎて、とっさに反応出来なかったのですが、それにしても明後日とは急すぎないっすか? と口ごもっていると、

「昨日、お母さんから金、借りたべ!?」

は? 最近はスロで結構勝ってるし、子供出来てから一度も金の無心はしてないけど? ってことで「いや、電話なんかしてないけど……」というと、オフクロが電話口に出ました。

「おまえ、そういう事言うのか? ついにそうやってしらばっくれるまでになったのか!?」

と、こちらもたいそう激昂していらっしゃる。でもね、ホントに身に覚えがないのよ。「電話なんんしてないじゃん」

「いつも使ってたヤツ無くして番号変わったって電話してきたっしょ! 川崎のナンダカ工業のお金無くしたって言って、ナンタカ先輩の口座に振り込めって!!!」

ん? いやいや、電話なんかしてないでしょうよ。「だから、電話なんかしてないじゃん! 大体その川崎のナンダカ工業ってのはどこの会社だよ? 叔父さんの関係の会社?」
オフクロの兄は川崎で鉄材関係の会社をやっているらしい。もう20年くらい会ってないけど。

「おまえは……とうとうソコまで来たか!! 嘘まで吐いて誤魔化そうってのか!?」

だーかーらー、嘘なんか吐いてないよ。「電話なんかしてないってば! 昨日話してないでしょ?」

「……わかった。あくまでしらばっくれるんだな? 180万だぞ! どうなるか分かってるだろうな!」

ひゃっ……180万!? 「え……?」

「お父さんの退職金の残り全部だ! お前がそういう態度なら、こっちにも考えがあるぞ!」

ここに至って、ようやくボクの頭に閃きました。「それさぁ……振り込め詐欺じゃねぇの?」

「お前だろ!? お前が振り込め詐欺してんだろ!?」

おっと。訳のわからん事を言い始めたな。「昨日の電話、一番最初、何て言ってた?」
ボクは実家に電話する時は必ず、「敏範です」と名乗ります。それがあったかどうかを確認したかったのですが、

「お前の声で金貸してくれって言われたんだ! 先輩がどうたらですぐに必要だって! 言っただろ!」

んー。だから電話してねえっての。大金振り込んで親父に責められたもんだからパニクってんな。質問の意味も入ってないや。「ちょっとさ、落ち着いてよ。ホントに電話してないの。ちゃんとボクだって確認した?」

「したよ! 敏範か? って聞いたら、そうだって答えたべさ!」

いや、そっちから聞いたらそりゃ“そうだ”って答えるに決まってんじゃん。「ボクがいつも電話の最初に『敏範です』って名乗るの知ってるでしょ? それは無かったでしょ?」

「それは……無かったかも分からんけど、お前の声だったんだ。すごく慌ててて、急いでるみたいで……」

よし。だんだんトーンが落ちてきた。認めたくないんだろうけど……「ケータイ無くしたって言ったんだよね? その時この番号に掛けてみればすぐわかったのに。現に今お父さんのケータイで繋がってるじゃん」

「それは……でも、お前の声だったよ……。すっごくそっくりだった……今話してる声と同じだったよ……」

オフクロの顔から血の気が引く音が聞こえた気がしました。「とにかく、すぐに警察に届けて! 口座に残ってれは返ってくるかもしれないから!」

「うぅ……わ、わかった。お父さんに代わるね」

生まれたての子馬のように頼りなげな声を残してオフクロは電話口から離れました。代わった親父は、事態を察していたようでした。

「あぁ、とにかく警察に行ってくる。また連絡させる」

それだけ言うと、電話を一方的に切りました。

ボクは電話が切れたあと、呆然としました。まさか、こんなに身近で振り込め詐欺の被害が出るとは思いませんでした。テレビを見ながら、「こんな詐欺に誰が引っ掛かるんだよ」なんて言っていたのに。オフクロならボクの声や癖は電話越しでもわかると思っていたのに。

夜になって、オフクロに電話してみました。「敏範です」と、いつものように名乗りました。

「お前はどこの敏範だ……!? 何が本当だか分からん……」

泣き声でした。悔しくて、情けなくて泣かずにはいられないんだろうと思って、ボクは気づかぬふりで電話を続けました。
どうやらあの後すぐに警察に行って、手持ちの情報を全て伝えたそうです。相手のケータイ番号、振り込み先口座、振り込み元の口座、そのほか諸々。
相手の口座はすぐに凍結処理をしてくれたそうですが、残高は殆んどなくなっていて、お金が戻ってくる可能性はほぼないそうです。
オフクロは意気消沈を極めたような声色でこう言いました。

「お母さん、テレビのニュース見ててもなんであんなのに引っ掛かる人がいるんだろうって思ってた。引っ掛かった人の事、ちょっとバカにしてた」

ボクも同じでした。犯人はもちろん許せるものではありませんが、被害者に対しても、詐欺に引っ掛かる“隙のある人”と、多少なりと下に見ていたというか、ある種バカにしていました。「うん。まさか自分がなるとは思ってもみなかったね」

「銀行の人にも何回も言われたのに。振込先の口座もわざわざ調べてくれたり、お前に電話して確認してみろって言ってくれたり。
……でも、あの時はお前が大変な事になってると思って。お前を助けなきゃ、って必死で……」

とうとう泣き崩れたオフクロに、ボクは電話口でなにも言ってあげられませんでした。



もう2年半経ちますが、まだ犯人は捕まっていません。お金は返ってきませんが、犯人は早く捕まってほしいと願っています。
振り込め詐欺は、子供を思う親心につけこむ犯罪です。ボクはこの犯罪の犯人を誰であれ許しません。

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