鼻炎でお悩みの方にシェアしたかった私の手術話。レーザーではなく切除の体験談です。

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ご覧になる方がご自身の状態と見比べることで参考になればと思い、記します。



1)子供の頃からの状況----------------------------------------------------



◆子供の頃から

鼻ずるずる、咳ごほごほ。

年中、風邪と扱われ育ちいつも内科で風邪薬。気管支炎になったことはある。

上向きで寝るのが苦しいのでいつも横かうつぶせ。息苦しく特に長距離走や水泳が恐怖だった。

大人になっても常に鼻づまり、ほぼ一年中口呼吸。偏頭痛も相変わらずあり。

ずっとそれで育ったので普通だと思っていた。

ハリウッド映画などで人質がガムテープで口を塞がれるのを見ては、「あれやられたら即死だ…!」と心底怖がっていた。


◆二十代半ば

風邪気味の時に上司におすすめされたまたま行った耳鼻科にてアレルギー性鼻炎&副鼻腔炎であることが判明。アレルギーはないと信じ切って育ってきたため大きな衝撃を受ける。

花粉などの植物は一切なし(目だけ少し重たくなる症状は出るが)、

ハウスダスト系のアレルギーであるとの検査結果。


適切な処置を受けず育ち、大変後悔しています。「また風邪ばっかりひいて!体が弱い子ね」と親に言われ育ったので、いくら苦しくてもそれがずっと「普通」だと思っていたし、「自分は弱い」と思い込んでいたし、長距離も水泳も恐怖で運動自体色々「自分にはできない」というマインドできてしまったので…


呼吸が安定しないこと自体、体にも脳にも悪影響で精神も安定しないですが、これが理由と知らずできないことが沢山あったことは自信をなくすことにもつながり、精神衛生上非常によろしくなかったなと。

大人になっても、呼吸が不安定で苦しく頭がふらふらだといい仕事もできないですが、何せ「普通」だと思っているので普通の人より数倍しんどい状態。無理が重なってしまっておりました。

手術以前の自分は生まれてからずっとだいぶ苦しい日々だったのだなと、特に子供の時など、かわいそうだったなと、鼻で息をしつつ今更ながら思います。

今でも癖で口呼吸していたりする時がありますが、それほどまでに、生きているだけで最低限必要である鼻での呼吸を改善するということには、大きな意味がありました。


ということで、話を戻しましてまずは手術なんて全く考えていなかった初期の治療の話から続けます。









2)治療の開始と症状の改善具合----------------------------------------------



→その1)アレルギー性鼻炎の治療 …鼻通りをよくすることが目標!


基本的な薬を服用して様子を見ることに。病院によって様々な薬が出るが、

だいたい下記セットの色んな組み合わせだった。

まあ、お鼻関係でお医者様にかかっている方にはおなじみですよね。下記。


▼基本の薬いろいろ


◆アレルオフやアレロック、アレジオン、アレナピオンなど(服用)

◆バイナス(服用)

◆ムコダインやムコスタ(服用)

◆ツムラ2番(服用)

◆アラミスト(点鼻)



▼頓服


◆コールタイジン(点鼻)

◆抗生物質系の薬(服用)

◆プレドニン(服用)

◆ロキソニンや市販の痛み止め薬(服用)など



基本の薬は、アレルギーを抑えつつ鼻通りを促すものを服用しステロイド系の点鼻薬と併用してほぼ通年。調子のいい時期1〜2数ヶ月は飲まないこともあったが、基本的に季節の変わり目に症状が出るため、ほぼ年中飲まないとならなかった。薬である程度抑えられたが、元々鼻奥が狭いため画期的改善には至らず。手間をかけて飲んでいる割に片方は常につまるなど、すっきりなくなるわけではない日々。さらに急激な気温差やストレスで弱っている時など、かなりひどい症状も。その時は頓服。急性副鼻腔炎を起こしてると思われる場合(細菌まじりである証拠の黄緑鼻水など)には細菌を殺すための抗生物質系や炎症を抑える薬を、また、急激に粘膜が貼れると鼻の奥がずきずき、放っておくと重い頭痛になることがあり、痛み止めを服用するなどして過ごす。(この頭痛が本当にきつかった!ひどいと月数回あり、無理して悪化させると光などにも過敏になり吐いてしまう程頭が痛くなり動けなくなる。寝込むしかない。生活にも仕事にも差し支えるため本当に困っていた)

またアレルギー薬は強い眠気が出るのも困った。



→その2)慢性副鼻腔炎の治療 ※1 …いわゆる蓄膿症。副鼻腔に溜まった膿をやっつける!


レントゲンによると、幸い、右ほほ中の半分〜1/3くらいの影のみであったため特に副鼻腔炎の手術はなし、上記の薬にてアレルギー性鼻炎を抑えてくことで鼻通りを良くし、自然治癒を目指すことに。幸い、しばらくして影が消え、(何ヶ月か数年か忘れましたが)一応治癒したが、鼻通り具合によりいつまた再発するか分からないものでもあった。




3)治療中の状態、観察、模索----------------------------------------------



今まで「普通」と思っていたものがそうでなかったことを知り、

薬を飲み何年も観察することで色々なことが分かった。



というか「普通」と「異常」、自分のひどさをやっと自覚できるようになった。



粘膜が腫れ鼻がつまると…


◆口呼吸ばかりで呼吸が浅く、常に乱れ安定せず、常に息苦しく緊張状態

◆副鼻腔の空気の流れが悪くなり常に頭が重い、ずーんと鈍痛など常時

◆粘膜の腫れによる鼻の奥〜目の奥にかけてのずきずきした痛みが辛い

◆その痛みはひどいと急激に悪化し重い偏頭痛に発展する。

(目に入る光や動く物、臭い等が刺激になり吐き気を伴ったり、少し動くだけで激痛が走る頭痛。炎症がある程度引くまで絶対安静で寝込まないと回復しない)

◆特に悪化を誘発したのは、下記で、急激に粘膜が腫れるためなるべく注意するようになった。

・食事抜きで仕事し続けるなどした場合(栄養の供給が途絶えたことによる血流などが関係か?あるいは神経物質?謎ですが、無理が祟ると引き金に。)

・タバコの副流煙(むずむずっとしたのちずきずき腫れてしまう。これも引き金に。)

・極端に寒いところへ旅行など(うっかり冷たい空気を吸い込んでしまうとキーンと腫れてしまう)

その他、いくらアレルギーをコントロールして安定していても突発的悪化があり、予想できないため、仕事にも差し支えるので大変不便だった。




4)様々な病院での治療の経過と手術への道-----------------------------------



一定以上の改善がみられないため、様々な角度から病院を変えて新しい改善を試みた。



この間7〜8年、迷走しながら病院を転々。

多くは当然ながら対処療法で、目先の症状改善の話のみ。将来にわたってどう改善するかを一緒に考えてくれる先生はなかなかおらず。やはり分野外のことに関しては、自分自身では判断材料が足りなさすぎるので方向性のアドバイスがほしいところ。


そんな中、最終的にプロとして責任持った発言をしてくれる先生に出会い、手術を決意。



それまでの病院はこんな感じで転々。↓

(1)耳鼻科系の学会で三本の指に入るという有名おじいさん先生(某耳鼻咽喉科医院)

たまたま会社の近所で、評判を聞き、風邪だと思って行ったらアレルギー性鼻炎持ちであることを生まれて初めて知る。慢性副鼻腔炎もあることが分かり、ここから治療開始となった。鼻の奥を通す洗浄が上手で、治療直後はすっきり。コントロールする薬をもらい続ける。

1〜2年。



(2)転職に伴い別の場所で会社近所の耳鼻科、時々、自宅そばの耳鼻科

相変わらずコントロールするだけの対処療法で、画期的改善には至らず。



これからどうしていくべきか考え始める。

この時点で3〜4年経過。

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