おじいさんとの対話 12   免疫と抵抗力&薬毒の効果と夜昼転換論

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そして、その破壊するための目印をつけてやると自己免疫が働いて細胞を片付けるというような・・・・でも、医学では細胞が破壊されるのだからウイルスが悪いと見ますけどね。

おじいさん:最初の思い込み「病気は悪」という根本思想があらゆるものを偏見でみるようになるからじゃ。細菌もウイルスもそこに必要があって発生し、伝染するように見えるから、そこに起こった状態を近視眼的に解釈するんだね。だから、一時的に悪化作用に見えるから、極力止めようとする。が、それは逆効果になってしまうから、結果として伝染病は恐ろしいとなる。

人間は自分で自分を壊して恐ろしがっているようなものじゃ。本当は人間の体の中の汚物毒素を掃除してくれるというのがバイ菌の正体だったのじゃ。

himaari:それで、「病気は愛するもの」、「バイ菌よありがとう」と言われるのでしょうが、これが本当だとすればですが、医学は百八十度の転換が必要となりますね

おじいさん:これは頭で考えた理屈ではなく、自然をよく観察してみれば判明するはずだ。ゆえに伝染病者が悪化したり死亡するのは、右の理に反する療法を行われるためとみるべきであろう。まれには自然にしても体力が持たないひとも皆無じゃ無いだろうがね。

himaari:伝染病はけっこう急激な症状が多いわけだから、それに対して当然強力な対症療法が行なわれるのですね。医療では強い薬を用いたり、解熱させたりして浄化停止を行ないますからね。

おじいさん:その浄化は生命力が行うのだが、浄化停止は生命力を弱めることじゃからね。それは昔も今も変わらないやり方である。だが、いつまでも同じ様な効果がなくなりつつある。薬剤もより強力になり、それに対抗して細菌も強くなる。これをずっと繰り返して来たわけじゃが。

himaari:細菌と薬の果てしない闘いはシーソーゲームのようにいつまでも続くんでしょうね。

  浄化停止治療の限界

おじいさん:永遠には続かんだろう。いつかは限界が来るからね。それは体の中で行われるからじゃ。最後はついには薬剤が強力なる為、細菌よりも人体そのものが生命の危険にさらされる事になってお仕舞いじゃ。

himaari:問題は体内でその闘いが行われているということでしたね。菌を殺す薬剤はもともと毒でしょうから、その毒性が増せばバイ菌よりも先に体がやられてしまうというわけですね。それに菌の方はまるで不死身であるかのように、次々と強い菌が出てきていますし。医療現場での抗生物質の乱用で薬耐性菌を発生させ、今ではどんな薬でも効かないという超耐性菌が出現したそうですよ。

おじいさん:それが自然の法則だからね。生命力があれば育って守るように働き、汚れたものはきれいにして環境を整えてやる働き。それが微生物の存在理由とすれば、当たり前のことじゃ。自然界の掃除役としてのバイ菌の存在だから、掃除相手が強くなれば自動的にバイ菌も強くなるのが自然じゃな。

himaari:掃除相手というのは汚物毒素ですね。その原料となるのが薬剤とすれば、強くなればなるほど菌の方も強くなるのか。良く効く薬というのは強い毒性を持つ。だからそれを掃除する役目のバイ菌もより強力にならざるを得ないという事でしょうか。

おじいさん:バイ菌の存在理由がそれであり、薬毒をエサとすれば、薬の本質がそもそも毒なのだから防ぎようがない。これは理屈だけでは無い、実際にそうなるのだからね。

himaari:それにしても、なぜこんな急速に薬が効かないような耐性菌が出てくるんでしょうかねえ?

おじいさん:ようやくそれに気づいたかね。これはとても重要なことなのじゃ。いや、この事が分かってこそ医療と薬の関係が理解できるようになる。昔はよく効いた薬が近年になって急速に効かなくなってきたのもそこにあるのだね。というのは自然界の浄化作用の力が年々増してきたという証明となろう。

himaari:自然界の浄化作用の力ですか?どうしてその様な力が増して来るのですか?

  薬の効果と「夜昼転換」

おじいさん:これを一言にして言えば、この世界は見えない世界の事象から影響を受けているからだね。これを「霊界の夜昼転換」と名付けたのだが、それについては目に見えない世界の話だから追々と話して行こうか。

himaari:薬の効果が無くなる期間が短くなったのも、伝染病とか感染症と言われる病気が増えてきたという事もその「夜昼転換」という事象が関係しているのですか?ちょっとオカルトっぽい話ですね。

おじいさん:にんげんは理解できないものをすぐオカルトと言うが、科学がまだ未熟だからそこまで発見できないだけのことじゃ。分かりやすく説明するために夜と昼と名付けているが、簡単に言えば霊界の光が増えることなのじゃ。

himaari:霊界・・ですか・・霊界なんて言葉、宗教の世界ですよね。幽霊とか、なんかおどろおどろしいような。

おじいさん:君たちの時代では科学でもすでに存在を研究中だろう。物質の奥には非物質の世界が存在しているというのだ。

himaari:そうか、非物質の世界とかエネルギーの世界とか、波動の理論とか言い方は違いますけど、同じ世界を言っているんですね。

おじいさん:見えない世界の証明は別の機会にして、この見えない霊界の変化と人間の病気の関係を説明する。

光が増えると人体の霊体の曇りも消えて行くのだが、それが現実的に肉体に反映して浄化するのだ。

himaari:何か、怖いお話ですね。どんどん病気が増えるのですか?

おじいさん:いや、そうではない。光が増えるという事は本然の姿に戻れるという働きだからね。ちょうど、天空を覆っていた黒雲が光によって消滅して行く姿を想像してごらん。

himaari:黒雲が払われて消えて行くなら、暗がりから明るくなりますね。光いっぱい世界ですか。

おじいさん:そう、これこそ長い間人類が待ち望んでいた世界。それを昼の世界と名付けたわけだ。大自然界の大きな呼吸というか、リズムの変化、これを夜と昼とに分けて説明するのに適するだろう。今までは暗い夜の世界だったから、真実はよく見えなかった。だからいろんなマイナスな面をもっていてもそれを真実として見ていた時代。だから病気や争いなど暗い世界が続いていた。

himaari:それが昼の世界になると明るみに出されて真実がよく見えるという訳ですね。

おじいさん:そう、しかし夜の世界で通用したもので、昼の世界に通用しないものがたくさんある。それは光によって消されて行く。それでいろんな形で浄化して消えて行くのだよ。だから病気に限らずいろんな現象で出てくるのだが、それに対して夜の世界で通用した方法では無効だという訳だね。

himaari:そうですか、まだ良く理解出来ない内容ですが、それによると病気の場合では薬とかの浄化停止方法は効果が無効になって来るというのでしょうか。

おじいさん:そうじゃな。病気とは浄化作用の事だから、その浄化作用を止めるのが薬という名の毒というが、君の時代に合わせてどちらもエネルギーとして考えるとよいじゃろう。エネルギーを正と負にわけるとすれば、浄化力の方が正の生命力。薬などの浄化停止の方が負の生命エネルギーとしてみよう。人体内では浄化作用を起こす方が正のエネルギー。浄化停止の方が負のエネルギーとして。

himaari:それを昼と夜に例えたわけですね。病気に当てはめると浄化の力の方を昼のリズム。浄化停止の力の方を夜のリズムとしたわけですね。

おじいさん:ところが大自然界、つまり地球上に影響しているものにも正と負のエネルギーがあるとすれば、人体もそのリズムに支配される事じゃ。そのリズムが人体にも大きく影響している。浄化する力を溶ける昼のエネルギーとすれば、浄化停止、つまり固める夜のエネルギーだね。

himaari:それが有利に効くリズムがあったというわけですか。で毒の効果があった、薬がよく効いたという。

  夜のリズム=薬の固める方法が有利だったが昼のリズムでは不利

おじいさん:夜は固める方が有利な時期であったが、昼の時期になると溶かす方が有利になるという論じゃ。それを「昼(正)」と「夜(負)」に例えたわけじゃが、そのエネルギーの変化が起こると人体にも影響するから、「夜昼転換論」が治療方法にも転換が起こるということじゃ。それはまた別の時にでも詳しく話そう。

himaari:ちょっと理解しにくい話でしたね。それについてはまた詳しくお願いします。

おじいさん:結論だけ言えば今までは「夜」だったものが「昼」に替わるということじゃ。

すると、夜のエネルギーにあった薬(毒)の効能が弱まり、人体の浄化活動の方は強まる。

それが実際に病気と薬の関係がいままでとは逆転してくるというものじゃ。

himaari:そういうことですか。なかなか不思議な世界に入り込みそうですが、その「夜昼転換説」は後ほどということで。

おじいさん:いずれにしても、どう逆立ちしたても理屈から言っても薬は毒であり、事実として薬の効果とは浄化の一時停止方法であることには間違いない。あとは現実には薬の効果がなくなってくるか、本来の毒としての効果が現実に現れて来る事でしか理解できないじゃろうね。

himaari:「毒としての効果」とは薬の副作用のことですね。やはり、現実にそうなって来ないと分からないことですから、いまそんな話を聞いても納得できないですよ。

おじいさん:そりゃそうじゃな。わしがそれを知り、言い出したのは約80年以上も前のこと。それだけ年月が過ぎ去った今でも、わしの話は信じられないのには当然の理由がある。

himaari:それは無理ないと思いますよ。だってその間、薬はよく効いてきたからでしょうね。近年になって少しばかり薬害は理解されだしたけど、そんなのはまだ少しだけでしょう。それに、みんなが医学を信じてきたし、それだけの効果があったのだと思いますよ。

おじいさんの話はかなりぶっ飛んでいますから、理解される様になるのは実際にそうなった場合にでしょうね。

おじいさん:それは承知しているが、起こってからなら誰でも分かることじゃ。わしはそんな事が起こる前に話をしておいたのじゃ。

himaari:真実かどうか証明できないとなると、話だけは聞いておくという立場になりますね。でも、その夜昼転換という話がもしも現実となれば、実際に起こってくるわけですから説明も要らなくなりますね。

 是非の判定は「時」がしてくれる

おじいさん:そういうことじゃ。理屈だけでは人はなかなか納得できないであろうから、わしは時を待てば良いとだけ言っておこう。そういう時代になったら耳を傾けるひとも多いだろうと思うから、君たちに託しておこう。

himaari:そんな時代がもしも来たら混乱するでしょうねえ。少しずつでも理解されるようにおじいさんの話は伝えて行きますよ。どちらにしても変わらないのは、薬は毒だということと、病気とは浄化作用だということですね。それはもう僕も確信できました。

おじいさん:そうかね。あとは君たちの世代にお任せするだけじゃ。よろしく頼むよ。

himaari:あ、まだ聞きたいことがあるのでまたよろしくお願いいたします。

というところで時間が切れて対話が終わってしまいました。もっと夜昼転換論について説明をしてもらいたかったのですが。「いつかそのうち」またお伺いしたいと思います。

 この特別付録版として、「番外編:白血球と細菌の関係」を別の記事にします。

おじいさんとの対話 13 

 麻疹と日本脳炎 &医学の進歩とは

いま日本では予防接種が盛んに勧められているのですが、反面、その有害性もインターネット上では取りざたされる様になりました。その関連として一部の感染症を例に出してお尋ねしました。

himaari:ええと、先回は感染症の予防対策と病原の正体についてでしたね。その例として、誰でも幼少時にかかるという麻疹を持ってきました。ですが、今は予防接種のお陰のせいでしょうか、あまり心配しなくとも良い時代になったようですよ。

予防接種は二重の誤り

おじいさん:それはおかしい理屈になるな。なぜなら、麻疹そのものが悪いという思想が「予防」という間違った手段を産みだしているからだ。予防接種そのものも毒性があるのだから二重の誤りをおかしているのじゃ。

himaari:え? 麻疹にかかるのが悪くないんですか?

おじいさん:君はいつも何を聞いているじゃね?わしが何度も言っているように、人間にとって病気が悪だという思想そのものが勘違いしたわけじゃが、人間の体内に病気の素がなければ麻疹にもかかる必要ないし、あらゆる病気も必要なくなるという意味だからね。

himaari:そうでしたね、病気の元は自分のうちにあるという話でしたね。

おじいさん:ほとんどの人が産まれながらにして然毒を保有しているという事は何度も繰り返したじゃろう。幼児期の病気というものにはその古い毒素を早い内に浄化してしまうというわけじゃ。それで子供の時にかかる浄化作用が起こるわけじゃ。そのひとつとして麻疹という形で毒の解消をするのだね。

himaari:そうなのですか。麻疹も毒素の浄化という必要性があって発病するのですね。これはほとんどの子供がかかりますけど、同じような毒があるのでしょうか?しかし、医学の方ではウイルスが原因だといわれますが。

おじいさん:人間は産まれながらにして遺伝的毒素を持っているのじゃな。それに対して人体の方では古い毒素を幼児期に出して健康を維持しようとする。これが自然の働きじゃ。医学では病原がウイルスとか言っているのだろうが、枝葉末節的なことじゃ。いつも言うが、ウイルスやばい菌(細菌)は結果でしか無いわけじゃ。本当の原因は体内の毒素だからね。その毒素が血液の汚れの素となり、細胞が汚れ機能に障害を与える事になる。だから、身体の方ではそれを排除しようとして排毒作用が起こる。それが浄化作用という。

himaari:そう言われてみると、ウイルスが体内に存在しているのに発病しない人も居るし、感染しない人も居る理由か。ウイルスが存在しなくても感染症と同じような病気症状もあるようですね。周りに細菌感染している人の中に居ても感染しない人が居るという事は、ウイルスが必ずしも直接の原因ではないのかも。

病原菌論は発見即病原にした勘違いから始まった

おじいさん:医学では最初に病巣に細菌などの発見をしたため、すべての病気の原因としてしまったんじゃろう。最初は細菌、その後もっと微細なウイルスの発見でそう思い込んでしまったのじゃろう。そこに発見したからというだけで、それが病原としたのは早計であったが、一度思い込んでしまったのが今でも続いているのじゃな。

himaari:早とちりですか? でも無理ないですよね、実際そこに居るんじゃ。まあ、そこに居たから即「犯人」としてしまうのもおっちょこちょいですね。そうは言っても麻疹で生命が危ぶまれる事も事実でしょうし、これはどういう事でしょうか?

おじいさん:実は麻疹についても医学の方では本当の事はまだ判っていないからじゃろう。症状に対して悪いことに「氷冷」を用いている。氷冷の結果、麻疹が出そこなってしまうからね。外に出ようとしていた麻疹の毒が再び押込められてしまい、身体内部の各機能部に集中する。そのため麻疹によくある余病とされる、肺炎や中耳炎もその為である。

himaari:そうでしょうか。麻疹の場合、よく高熱が出るから冷やすのでしょうね。それが一番悪いというんですね。外に毒素が出ようとしている時に冷やすと内に押し込められるのですね?

おじいさん:昔から「麻疹は風に当ると悪い」と言われているじゃろうが。それは「風に当ると冷えるから発疹が出そこなう」意味じゃね。何しろ麻疹は一種の皮膚病であるから軽い病気である。故に麻疹にかかったらただ寝かしておくだけで、冷す事をしなければ簡単に治るものなんじゃ。それを医療は逆療法を行う結果、毒素排泄が停止されてしまい、内に引っ込むというわけじゃ。

himaari:本当は麻疹は軽い病気なんですか。でも重症化する場合もある。自然に任せておけば良いのでしょうね。そういえば、昔の人は麻疹に罹った子供の家に、自分の子供を連れて行きわざわざ感染させようとしたという話がありますね。

おじいさん:その事を古くからの経験で知っていたのじゃろう。早いうちに麻疹にかからせた方が軽くて済むという事をね。どうせかかるものなら早い内の方が経過が良いという事じゃ。

himaari:昔は病院など殆どの人は無縁でしたからね。ほとんどの家では、自然に任せていたんでしょうね。それが医療制度の進歩によって誰もが病院に行けるようになった。そこで医療を受けると麻疹も浄化停止方法をされるわけか。自然に任せるなどと言うやり方は時代遅れにされて。

おじいさん:人体に「時代遅れ」などというものは無い。自然の姿に古い新しいの様な規則があるかね。

himaari:けれども、重症化する場合もありそうですし、現代ではやはり麻疹にかからせるというのは親としてはどうしても心配ですし。結局いまは予防接種でかからないようにしているわけでしょうね。

おじいさん:それは医学では本当の理由が分かっていないからじゃ。医学では徹底して毒素を出さないようにしている対症療法だからね。しかし、子供の頃に出しておかないと、真の健康体では無いまま成人にさせるようなものじゃ。

himaari:溜め込んているのが毒素じゃねえ。お金なら良いんですけど。

おじいさん:お金も溜め込まないで回さなければならないよ。麻疹の毒素は残るわけじゃから、いずれはその毒素は何らかの浄化作用で排除されなければならない。それが大人になってからかかるか、また別の病気として浄化することになるがね。

himaari:むずかしい問題ですね。病気は嫌だけどそれをしないといつか病気が待っているというのも。

おじいさん:また、重症化するというのもまれにはあるだろうが、それは、冷やしたり、解熱剤を含ませたり、自然に反発するからだね。そこでもうひとつ知っておくべき事は肺炎であるが、これは肺疱に麻疹(発疹)が出来るのであって、そのため肺臓内の容積がそれだけ減る。したがって空気の吸収量も減るから呼吸がひんぱんになる原因じゃ。

himaari:そうか、出そこなった毒素が今度は肺に出ようとするわけか。

おじいさん:重い軽いの差じゃが、それも人によって毒素の量や浄化力も異なるから症状の違いはあるだろうが、根本は同じ古い毒素の浄化作用に変わりは無いのじゃ。

himaari:それだとまた不安ですね。もし重くなったらという心配が出てきますし。

重度化するのは反自然療法だから

おじいさん:反自然療法にするから重度化する事が多いのじゃ。しかし、これは自然療法なら一日か二日で治るものなんだがね。中耳炎や結膜炎などだが、これは麻疹の毒がそこから出ようとする為で放任しておいても必ず治るものなのだよ。

himaari: そうですか。結局は麻疹も体内の浄化作用の一種であって、遺伝的毒素を発疹によって身体の外に出そうとするんですね。そうでなければ納得できませんし。だって子供の頃に共通して発症するのですし、それに子供頃にそんな毒素を入れる期間が無いわけですものね。でも、これは「体内毒素が病気の原因だ」とするおじいさんの説が本当だとすればですが。そうなると高熱を冷やすという事はかえって重度化してしまうんですね。

おじいさん:医学ではすべての症状を悪化作用と誤解しているからじゃ。氷冷、解熱剤使用などで高熱を停止しようとするのだが、それではいったん溶解した毒素を再び固めようとするからじゃ。しかも、それは単に一時引っ込めただけない。いずれは再発か何か別の浄化(病気)で排毒しなければならなくなる。

himaari:再発か別の病気ですか?

おじいさん:たとえ一時的に停止方法がうまく効いたとしても、成人後には再浄化する者もあるじゃろう。幼児期に使った治療薬が余計に加わっているから重病になりやすい。

himaari:まさか「麻疹が毒素の排泄作用」だったとは誰も教えてくれませんからね。「ウイルス原因説」で教え込まれて来ましたから。

おじいさん:病原が微生物だという説が医学の主流になっているとしたら、それを真実としてあらゆる場で教育されるからじゃ。

himaari:医学のトップである医学研究者がそう信じているんですから、一般人などは絶対真理だと思い込みますよ。自然に任せることが最良だとするおじいさんの説ですが、それでもなかなか安心できないのですが、どうしたら良いのでしょうか?

自由選択の権利と責任

おじいさん:もちろん、医学の説も私の説もどちらも良く検討することだね。わしから君たちに強制するつもりは無いのじゃよ。最後は自分自身で決断するしかないのね。それが人間が自由を与えられているものだから、自分の選択というものだ。ただし結果も自己責任となるけどね。

himaari:でも難しいですね、その選択というものは。僕は誰か権威ある人から「これが正しいのだから、そうしなさい」と指示して貰いたいものです。「自分で選びなさい」と言われてもね。

おじいさん:君自身が選んで決める事が一番大切なのじゃよ。

himaari:医学とおじいさんの話はまったく正反対に聞こえますから、やっぱり選ぶのは考え物ですよ。どっちが正しくてどっちが間違っているかの判断を僕のような素人が出来ませんよ。

おじいさん:わしはもちろんわしの考えでは正しいと思って話しているが、反対の説も同じように思って言う訳じゃね。

himaari:さてどうしようか、どちらが正しいのだろうか?本当に迷うところですね。うーーん、どちらが真実なのか。それを他の人に聞いてもだめだとすると。うーむ。

読者自身で取捨選択をよろしく。麻疹についてはまだ結論に迷うところですが、次に小児がかかるとされている日本脳炎です。

日本脳炎

おじいさん:そうだね、近来医学においては、日本脳炎の原因は蚊の媒介としているようだが、わしの方ではこれは全然誤りとみている。それについて、わしの研究を発表してみようかね。

himaari:おじいさんは何でも医学の方に誤りがあるとするんですね。まあ、お話を聞くのは大切なんで一応聞くだけ聞きますね。反対の説を参考にしたいと思います。

おじいさん:わしの時代、つまり半世紀も前の話だが、日本脳炎の患者が子供に多かった。統計によれば六歳から十歳くらいまでが最も多いとされているようだが。また季節は晩春から初秋にかけて最も多いという事を考慮しなければならないね。ところが医学においては、ちょうど蚊の発生と共に最も活躍する時機であるから蚊の媒介としたのも無理はないのだね。また蚊を多数つぶしてそれをハツカネズミに注射し脳炎が発生したという研究結果もあり、そう思い込んだのであろう。

himaari:なるほど、そういう研究結果が出されていたのですね。医学では蚊を媒介としてウイルスが人に感染するというのでしょうか。しかも子供が多いというのも不思議ですね。

おじいさん:近来、医学はほとんど病巣などから細菌やウイルスなどの微生物を発見する事となった。ゆえに微生物が主原因だと思うのも無理はない。それは主たる原因では無いという話してある。もうひとつの勘違いは動物実験じゃ。動物の実験結果がそのまま人間に当てはまると信じている事じゃ。

himaari:はい、近代医学はまず動物実験で効果と安全性を確かめて医薬品を作るのが常識でしょうね。だから、病気の原因なども動物実験で確かめているんでしょうね。薬を造るのもそうだし。

おじいさん:しかし、わしの解釈では全く異る。というのは、動物と人間とは同一でない事はもちろんじゃが、むしろ人間と獣類(動物)とは反対の方が多いとさえ思える。動物実験などの結果を人間に当てはめて見ても見当違い多いことにもなる。

himaari:そういえば、最近は医学者でも同じような事を言う人が出てきましたね。動物実験は全然医学上有効では無いという。

動物実験は当てにならない

おじいさん:動物実験を柱としていくら研究してみても人間に当てはまるのはごく希だとすれば、土台からして間違っている事になるじゃろう。それを後生大事に科学的をするのは既に非科学じゃないのかね。

himaari:それもそうですね。無効な実験だったとしたら意味ないですね。現代西洋医学では何はともあれ、まずは動物実験が必要だとされていますね。そうでなければいきなり人間に適用されることは危険が伴いますから。たとえば、ウイルスや細菌の培養を生身の人間で行うわけにはいかないでしょう?試験薬にしても、試行錯誤を繰り返すに、死んでもかまわない動物でなければまずいですしね。

おじいさん:動物実験の是非については別にして、「日本脳炎が蚊を媒体にするウイルス感染」であろうがなかろうが、逆療法さえ行わなければ怖いものでもない。これからそれを説明してみよう。

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