日本に働きに行くフィリピンの介護士さんの話

職業柄,日本に派遣される予定の介護士さんと接する機会がしばしばある。 日本に派遣される介護士さんに限らず,海外で働こうと決心する人たちの動機はほとんどの場合,国に残していく家族に送金するためである。もちろん,先進国で働き高い技能を身につけたいとか,広い世界で自分の可能性を試したいとかそういった動機がないこともないとは思うが,とにかく第一の目的は家族への送金である。


このような人たちの中には,一家の中で職にありつけたのは海外に働きに出る当人だけであるという場合が少なくない。そして,国に残った家族は海外からの送金に頼る生活を送る。しばしばこれをあてにして働こうとしないこともある。 (ちなみに2013年中の海外からフィリピン国内への仕送り額は2兆3200億円で過去最高となったそうだ。この送金を背景とした高消費傾向が毎年7%台の経済成長率を支えている)


最近知り合ったRさんの家族は両親と3...人の弟と娘の7人家族で,職にありつけたのはRさん一人だけ。これから1歳半の娘を置いて3年間介護士として日本で働き,家族に送金していくのだという。とにかく3年間はがんばって送金をしつつお金を貯めてまた家族一緒に暮らしたいのだという。彼女のように一家の長女(まれに長男)が家族の面倒を見るという話はよくある。


セブに来た当初はこんな話を聞くたびに,何とも切ない話だと思った。底なし沼のような貧困の中で,まるで人身御供を申し出るかのような悲壮な決意を持って海を渡るのだと思っていた。そして,そんな人たちをあてにする家族関係のあり方に疑問を持った。 しかし,当の本人たちはこちらが拍子抜けするほどあっけらかんとしている。もちろん,家族の犠牲にならざるを得ない自分の境遇を思い涙する人も中にはいて,実際にそんな場面を目にしたこともある。


しかし,それでも自分の境遇を従容として受け入れ,笑顔で旅立っていく。 なぜか。 こちらの中流以下の家庭では,決して大きいとは言えない家の中で大家族がひしめき合って暮らしている。生まれたときから,食事をするときも寝る時も文字通り家族の体温を肌で感じて育つ。日々の生活における喜びも悲しみも常に家族と共にある。


ここで思う。 このような人々の自我意識は大家族の中に埋め込まれるような形で形成され,家族と自分の精神と身体が半ば一体化した感覚の中で生活を送っているのではないだろうかと。これがフィリピンに住む私たちがほぼ例外なく感じるこちらの人の家族の絆の強さの正体なのではないか。 自我が家族という集団の中に埋没した状態であるからこそ,精神的にも身体的にも家族の幸せが自分の幸せと感じることができるのだと思う。


他者の喜びや悲しみを自分のこととして感じることができる感性を持つことはすばらしいことだと思う。そして,自分は一人ではないという安定感こそが,こちらの人たちの底抜けの笑顔の源泉だろうかとも思う。


先日,個人の自我が集団の中に埋没しているという状態を「当事者感覚としてはそれほど悪いものではなかったのかもしれない。」と評したのはこのような経験からである。 だからといって,こちらの人たちにいわゆる近代的自我が備わっておらず,逆説的にそれは幸せなことだと言いたいのではない。時には家族の犠牲になる境遇に涙することもある。


ただ,家族の犠牲になるという一種の被害者としての自我よりも,家族の中に埋め込まれているという自我が感じる自分の送金で生活していけるという家族全体としての幸福感のほうが勝るため,最終的には人々は海を渡ることを是とするのではないか。 はじめは,こんな家族のあり方は何とかするべきだと思っていた。


しかし,こちらに住んで3年が経とうとしている今,それが当人にとっての幸せであると感じられるのならば,どうか体に気をつけて元気に働いてきてほしいと思うようになった。そして,また,家族が仲良く一緒に暮らせる日が早く来るといいと思うようになった。


もう一度言うが,問題が全くないわけではない。ただ,こんな家族のあり方よりも誰にも頼ることができずに町の真ん中で餓死する人や虐待で命を落とす子どもがいる社会のほうがすばらしいとも思わない。むしろ,多少怠惰であってもどんどん人に頼ればよいとさえ思う。


だから何が言いたいのか,と問われれば,どうだろう?このような人たちと私たちが一緒に生活する社会で求めてゆくべき普遍的な価値とは一体どのようなものかということになるだろうか。 考え方も境遇も大きく異なる「彼ら」と「私たち」をつなぐものとは一体どのようなものだろうか。


これは,明日の問題ではない。間違いなく,今この瞬間に突きつけられている問いである。 「多文化共生」という耳触りのよい言葉から連想するお花畑のようなイメージに惑わされることなく,今こそ地に足の着いた議論が必要なのではないか。

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