クリエイティブからマーケティングへ

2000年から2007年の間に得た変化について

僕の中でクリエイターというのは、なんだかわからないホワっとしたものを形にする仕事をいう。
ホワっとしたものを、いろんな形にして人に届け、喜ばれると対価が支払われる。
アーティストはゼロからつくり上げるようだ。僕にはそんな才能は無い。
存在するHとOを上手く掛けあわせてH2O(水)を創るように様々な方程式やバランスを保って調整する役割だとおもう。
社会においてこんなにホワっとした職種はない。
でもなんだか人気があってやりがいを感じていた。
Webであれば、こねくり回すことも化学方程式もすべてコンピュータがやってくれる。
ある程度の計算式、それがHTMLだとかCSSだとかにはじまり、クリックした理由とか、見ている人の感性とか、感情とか。そんなことを想いつくり上げる。
そのうち、画面の全体をデザインと呼び始め、そこに関わるプロセスをプランとよんだ。
全体を見渡してお客さんと会話を積極的に行うのをディレクションなんて呼び始め、そんなこんなを行なっているうちに形作りは一人ではなく多数の知恵を何度も会話して生み出されてくるようになった。
仲間が増えてくると、よりチームのことを考え、安定した対価とか、やぼったい飲み会とかも増える。
仲間が必要とする時間を確保するためにはキャッシュという信頼の価値を貯める必要があり、それを願うばかりにコストとか利益とか時間軸を支配したくなっていく。これがプロデューサなのかなと気がつく。
そんなこんなしている間に、自分たちが作ったサービスをより成長させる為に、そう全てをうまくいかせるために価値をつけていくという大切さを発見した。
価値というのは、ホワっとしたものにふりかける魔法の粉みたいなもんで人に届けるまでに必要な色とか形とか、誰がほしいのか、誰に使ってほしいとかそういうホワっとしたものだ。
これがマーケティングだ。
商売は欲しいと思うものを欲しい人に届けるところから始まる。
作ることも運ぶことも願うことも。
その偶然の出会いを増やす必要があったり、何がほしいか聞いて回ったりする調査やより効率的なアイディア、企業をつなぐことだってすべてマーケティングということができる。
広告はそういう意味で偉大なわけだ。
これから社会がどのようになるかわからない。
価値は多様化しまた萎縮し、そしてさらに細分化を繰り返す。
欲望は果てしない。でも望まないという選択もできる時代に突入したんだ。
だから僕はマーケティングで飯を食う。

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