あの国の彼と、という話

もう5年も前のことになる。 
有楽町駅前の交差点を歩いていたら、ジャケットにパンツ姿の男性と目が合った。 
あ、さっき帝国ホテルでの勉強会にいた人だ… 
あちらも私に見覚えがあったようで、声をかけられた。 
どうやら東京生まれの東京育ちらしく、私が高校時代に馴染みがあった場所をよく知っている。 
さらに話を聞いて行くと、年齢が1歳違いだということも分かった。 
あちらの方が年下。 
その割りに少し背伸びした服装なのは、割と偉い地位のおじさまがお客様だったりするからなのかな、と思った。 

「何か初めて会った気がしないですね。鎌田さんて高校の頃入ってた部活…吹奏楽部なんですけどね、そこにいた先輩に似てるんですよ!」 

帰宅してからmixiにログインすると早速マイミク申請が来ていて、承認した後に彼のプロフィールを見ると出身の中学や高校が書いてあった。 

同じ高校だった。 

何?本物の先輩と後輩なの!? 

思わずメッセージを送り、お互いのメールアドレスも交換して、食事の約束をした。 

フリーランスの彼は品川駅前にオフィスを借りていて、ついでの用があるからと私の職場近くまで来てくれた。 
そしてあるイタリア料理店に入ったら、同僚と鉢合わせしてしまった。

彼の方が機転を利かせてさっと挨拶し、凍りつく私を 

「鎌田さん大丈夫ですか?ごめんなさい、ここじゃむしろまずかったですよね」 

とか何とか気遣ってくれたのを覚えている。 
結局同じビルの別棟にあるカフェで軽食を摂りながら話をすることにし、そこで彼は言った。 

「まあ、プロフィール見れば大体分かっちゃいますけど…僕ガイジンなんですよ。韓国籍。高校には日本名、あのこないだお渡しした名刺の名前で通ってたんですけど、部活の仲間からは本名で呼ばれてました。ニックネームとして、そっちで呼んでってお願いして」 

「そ、そうなんだ…」 

「びっくりしました?でもねぇ、せっかく名前が二つもあって、どっちもまあ、本物?なんだから、どっかで活かしたいって話ですよね。つっても僕はもう四世なんで、韓国語なんてほっとんど分かりませんけど」 

その後ひとしきり共通の知人やお世話になった先生の話で盛り上がり、また何か食べに行きましょうと言って別れた。 
でも実際にはあれから一度も会っていない。 

彼の中に一種の危うさを感じたし、実際にメールしてみても何かを隠すような返事しかこなかったからだった。 
…そうだよね。 
せっかく内部推薦で進学した大学を辞めてるし、その後別の大学へ行き直そうとしている様子もないし… 
その状況で食べて行くとしたら、普通の職業では無理じゃなかろうか。まずなかなか採ってもらえない。
高卒での就職だったら、そんなに問題は無かったんだと思う。 でも中退、しかも国籍が違うとなると、色々言う人もいるし。 

大変だっただろうなと思いつつ、でもダメだよとジャッジした自分がいた。 
疎遠になってしまったけれど、あの彼は今どこで何をしているのか。 
どういう訳かイタリア語がペラペラで、幾分おかしなところはありつつも、元々はあの学校によくいたいいお坊ちゃんであったことを感じさせた。 

生きて行くって、大変だな。 
最も私はその頃まだ実家暮らしだったし、大学の卒業証明もきちんとあって、かつ既に勤続3年が経過していた。 
だから他の人に比べて特別不利な立場だった訳ではないのだけれど。 

鉢合わせした同僚には、どうしてもことの顛末を報告することになる。 
みんな場所の選択が悪過ぎるとの指摘はしたけれど、彼自身については好感を持ったようだった。 

「いい子じゃない?テンパってる鎌ちゃんのこと、ちゃんとフォローしてたし」 

「身だしなみもきちんとしてるし」 

でもここだけはしっかり言及された。 

「大学中退しちゃってるのと…まあ、本人のせいじゃないけど…韓国人なのは痛いかもね。彼はいい人でも、家族とか親戚とかのお付き合いがね…ほら、うちらってもう結婚のことも考えなきゃいけない年齢じゃない?最初っから難しいのが分かっちゃってるのはね」 

私は何も言えなかった。当時はみんなが今よりもあけすけな話をしていたから、どこぞの家の介護問題や嫁姑問題の話には事欠かなかった。 
私自身もメンタルが弱かったし。 

「そうだね、ちょっと今回はご縁がないかもね」 

今回どころか、次もその次も強いご縁ではなかったけれど。 

彼とお茶をした店はほどなくしてお菓子と紅茶を売りにする別のカフェに衣替えされ、私は足元の危うい契約社員から正社員になった。 
鉢合わせした同僚は全員退職した。 
いつの間にか事業部内で2番目に勤続年数が長い女子社員になり、良くも悪くも度胸が据わって多少のことにはビビらなくなっていた。

もし5年前に戻れたとしたら、私は私にこうアドバイスする。
表面的な条件がどれだけ揃っていても、ダメなものはダメなんだ。 
合わない人は合わないし、あと、条件なんか知る前からいきなり恋に落ちてしまうこともある。 

たとえばフランス留学からそのままアフリカへ赴任して5年は本帰国しないだろう、なんて人とか。
一目惚れして、何をどうしてもその人のことが頭を離れないのであればそれはもう自分がアフリカ生活に適応できるようになるしかない。 
あることがきっかけで「もう潮時だろう」と見切りをつけたけれど、それでも思った。 
条件付きで人を好きになるのではなくて、好きになった相手の持つ条件を自分が受け入れられるかどうかが勝負だと。 
私は、たとえ何かの間違いであちらが自分を気に入ってくれても、アフリカで暮らすのは無理だと思った。 
でも次回好きになった誰かが宇宙へ行くと言い出したら、宇宙飛行士になろうとするかも知れない。 
小説やドラマなんかに出てくるような、落ち着いた人から丁寧に丁寧に扱ってもらうことにも憧れる。稀にそういう扱いをしてもらえるとうっとりする。
でも、毎日が全力で時々くたびれてぶっ倒れてそれでもアフリカや宇宙を夢見るような人の方がそばにいて元気が出る。
ような気がする。 
そこに出自は関係ない。 
どこの国に生まれた何人であろうと、出会えたことそれ自体がかけがえのない宝物なんだと思う。

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