あの日見たせみのお腹

このところ、ずいぶん自分の視点をフォーカスしてばっかりだった。いつしか眼球は緊張状態を続け、もう同じ倍率でしかピントが合わなくなってしまった。

ちっさい頃は色んなものに興味を持っていた。

とんぼ、あめんぼ、アメフラシ、、、、、、山も川も海も新しい発見ばっかりでどんなに眼を輝かせていたことか。


幼い頃はまだ一人でどこでも行ける訳ではないので、母が付き添ってくれて日が暮れるまで蝉を追いかける日々。

おかげで僕の好奇心に比例して母の顔にはシミがどんどん増えていった。


実家に帰り昔の写真をめくっていると、嫌という程過去の自分の顔が輝いている。

確かに少年というのは無知で未知であると思う。


しかし、人はみな少年であり続けなければいけない。

大人になったなんて言葉を逃げ道で使いたくない。


あのとき持っていた眼、そのフォーカスは本物だったと思う。

物事の細部まで迫れる臨場感はどんなに迫力のある3D映画なんかより迫力があったはずだ。



雑念と情報だけが行き交う頭の中でどれだけのことに夢中し、クリアにすることができるのだろうか。


世の中に対して良いことをしている。多くの大人は言うと思う。

確かに仕事っていうのは誰かのためにやるわけだから自身の行動に対する最低限の保険をかけれる業だと思う。


だったらなんで世の中がよくなったなんて大げさなことを言うんだろう。

そんなの本当の変化ではないと思う。


それは少年の感性を持たずしてやっと気付く変化なのだから。








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