私とフィギュアスケートの5年間。①

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スケートをはじめる


小3の1月。
氷上の上で妖精のように踊る
浅田真央選手に憧れて…
ある日、スケートリンクに
遊びに行きました。

その日は転んでばかりだったけど
本当に楽しくて、
気持ちがよかったことを
今でも鮮明に覚えています。

フィギュアスケートの魅力を知った私は
週1回のスクールに参加することに。
クロス、スネーク、
ストップ、ひょうたんの練習…

しかしそれだけでは
物足りなくなり、
クラブチームに
入ることになりました。
跳びたい!回ってみたい!踊りたい!
そんな気持ちでした。

どんどん上達する

クラブチームに入った
最初の1年間は上達が速いです。
まずは1回転、そして一回転半、二回転…
どんどんどんどん出来ることが
増えていきます。
私でもこんなにできるんだ…と
感動しましたね。

楽しいことばかりじゃない

しかし、少し上手くなると
楽しい楽しい!!
という感情だけではやっていけません。
もちろん、
スケートができるのは幸せです。
本当に本当に素晴らしいことです。
でも辛いことも出てきます。
まず朝6時からのクラブの貸切練習。
起きてから家を出るまでに30分。
家からリンクまで1時間。
練習の前にアップ(準備運動)を30分。
つまり4時半に起きます。
最初は驚きました。
人間の起きる時間ではないですね。
何度もこのの練習を繰り返せば
慣れていくかなと思っていましたが
最後まで無理でした!
あとこの時間の練習をしてから
学校に行ったことがあります。
学校の先生の中には
信じてくれない人もいました。
そして夜の11時までの
練習もありました。

とにかく時間が常識的ではないんです。
一般営業の前か後にしか貸切練習は
出来ないので仕方がありませんが…

この話をすると
周りの友達は固まってましたね。
ちなみに貸切練習以外にも
一般営業中に自主練習をしたり、
レッスンを受けたりしていました。
今思うと、
よくこんなことやっていたな。。。

人とは違うこと

フィギュアスケートをやっていることは
仲の良い友達と
学校の先生ぐらいしか
知りませんでした。
隠していた訳ではありません。
私はそんな目立つタイプではないので
わざわざ話すということは
しませんでしたね。
しかし友達が広めたのか
話したことがない子にも
萌香(moka)ちゃんって
フィギュアスケートやっているの?
と聞かれることが多くなりました。

みんながやってないこと。
みんなができないこと。
それを私は習っていること。
幸せでした。
私は人と少し違うことを
してみたかったんです。

父の変化

応援してくれる人と
反対してくる人がいました。
最初は父も反対する人の1人でした。
はやく辞めろ。
そんな感じでした。
フィギュアスケートを始めると
家にいる時間が少なくなります。
もちろん土日に遊びに行くということも
あまり出来ません。
そしてお金もかかります。
私ぐらいの下手な人でも
靴だけで10万はとんでいきます。
レッスン費も高い。
きっと父にとっては良いことなんて
1つもなかったんでしょう。
何度か本当にやめさせられそうに
なりました。
しかし私達(妹もやっています)の
滑る姿をカッコイイと思ったらしく
だんだんと
応援してくれるようになりました。
今日は練習に行かなくていいのか?
と言うまで。
なぜ父が急に変わったのか
いまだに分かりません。

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