どん底からの大学受験③

地獄の浪人時代 1浪目

 

 高校3年間は毎日毎日ほんとに休みがなく、アルバイトに精を出し、合間の時間を見つけて、受験参考書を読むという生活を3年間続けた。恋愛をしたり、部活動に参加したり、みんなでワイワイやったりというような高校生活ではなかったけれど、少しずつ目標に近づいている気がして楽しかった。そしてあっという間に卒業を迎え見事、とある私立大学に合格することができた。しかしここで私は何とも言いようのない挫折を経験した。

「入学金がなく、進学できない」

 

 悔しくて悔しくて仕方がなかった。だったら1浪して更にいい大学を目指してやると、そのあと一年間アルバイトをしながら受験勉強をし、それなりにいい大学に合格したものの、同じ理由で断念。通信制の大学に通い始めたが、自分には合わずこれも断念。浪人一年目は勉強に時間を使いすぎて思った以上に資金を貯めることができなかった。

 

当時の私は、お金がなくても頑張っていればなんとかなると思っていた。でも違った……。こんなにがんばっても最後はお金がものをいう世界に辟易した。物に八つ当たりしたり、貧乏に生まれたことを恨んだりもした。自分はなんて無力なのだろう。

20歳前後の若造に、お金を稼ぎながら、受験勉強を平行させるのは至難の業だった。私の周りにも、「お金がない」と嘆いている人がいた。でも彼らは、車を持ち、家を持ち、親もしっかり働いている。これはお金がないのではなく、「贅沢をする余裕がない」というべきだ。ただ心のどこかでそんな彼らを羨ましく思う気持ちもあった。「お金がない」というセリフを口にするのも、耳にするのも惨めだから、必死に貧乏であることを隠した。

 

通常、浪人生は毎日何時間も勉強に没頭するが、私はそうはいかなかった。生活費や今後の学費のためにアルバイトをしなければいけない。浪人生とアルバイトの関係は、水と油のようにとても相性が悪い。何が大変かといえば、頭の切り替えである。勉強して集中スイッチが入っているのにも関わらず、アルバイトの出勤時間になったりする。逆に、アルバイト直後で仕事モードが抜けず、机にじっとすることができない。これは大きなストレスになる。

浪人していることも、お金に困っていることも誰にも知られたくなかった。自分を大きく見せるために必要のない嘘もたくさんついた。本当の自分をさらけ出すのが怖かった。ある日、年下の高校生のアルバイトに、「佐藤さんは普段何やっているんですか」と聞かれた。浪人生にとってこの質問ほど苦しいものはない。「とりあえず毎日を楽しく生きてるよ」というようにお茶を濁した。

 そもそも時給800円程度ではどんなに頑張っても、大学にかかるくらいの費用を貯金するには無理があった。さらに私の場合は家にお金を入れる必要もあったからなおさらだ。「あきらめなければなんとかなる」ということをよく耳にしていたから、次の年も大学を目指してやると誓った。教育ローンの審査も検討した。でも親が働いていなかったため、審査は通らなかった。

地獄の浪人時代 2浪目

 

2浪目に入った。お金がないなら稼ぐしかないと、無我夢中でアルバイトに励んだ。複数のアルバイトを掛け持ちし、高校時代のように週に7日休みなく1日平均8時間アルバイトをする生活になった。この年の1日のスケジュールはこんな感じだった。

朝7時に起床。

午後1時まで勉強。

午後2時から夜10時までアルバイト。

夜12時就寝。

この繰り返しだった。3ヶ月くらいは頑張れた。しかしもう限界だった。身体的な面よりも精神的ストレスが尋常ではなかった。午前中を勉強時間に割り当てるも、前日のアルバイトの疲れが残っていたり、不安や焦りが私を襲った。じゃあ何を削るか?睡眠時間は5時間が限界であり、資金不足で大学受験を失敗したため、アルバイトを削るわけにもいかなかった。犠牲になったのは「勉強時間」だった。しだいに勉強に手がつかなくなった。一年前にできた問題が途端にできなくなっていて、知識がこんなにもすぐ抜けてしまうのかと驚いた。

ストレスを減らそうと浪人生の本業である受験勉強の時間を削ることは本末転倒かもしれないが、それほどまでに追い詰められていた。何よりつらいのが孤独であるということだった。

受験勉強そのものに強いメンタルが求められるのにも関わらず、私の場合はそれが2倍にも3倍にも感じられる状況にいた。気持ちが乱れている中勉強をしてもまったく頭に入ってこない。特に現代文や英語の長文の内容は落ち着いて読むこともできないくらいになっていた。今思えば、単純に未熟者だったからなのだろうが、とにかく常に心がざわざわしていた。

しだいにアルバイトをすることにも嫌気が差してきた。

「なんでこんなに働かないといけないのだろう」

同時に頭の中は

「お金がない・・・・・・」

という呪文のようなフレーズが私を支配していた。もはや何をやっても無駄なんじゃないかという気もした。結局この年も十分に貯金ができず大学入試自体見送った。たまったのはお金ではなく、ストレスだけだった・・・・・・。

方向転換すべきか?

 

 大学受験において浪人生の存在は珍しくない。大体の人は1浪で合格し、稀に2浪する人もいる。しかし3浪目となるとその数は激減する。そして私のように貧乏生活をしながら、学費を自分で稼ぎ、大学を目指すとなるともはや絶滅危惧種、いや新種である。気がついたら大学の費用のために稼いだはずのお金も、飲食や家族の生活費に消えていた。ここで当時生活状況を赤裸々に紹介しようと思う。

家族構成→母、2つ年下の妹(当時高校を卒業し、晴れての浪人生)。

住居環境→家賃45000円、6畳一間(これに加え、ほんの小さな台所とユニットバス)、3人暮らし。一切のプライベートなし。

収入→母の週4日のパート(5万円前後)、妹の週4日のアルバイト(約4万円)、私の週7日のアルバイト(約10万円。もはや親の扶養を外れ、税金を払っていた)。

我が家の自慢→家具や電子機器はほとんどない!掃除が楽で環境にもやさしいエコハウス!

こんな状況で、「大学にいきたい。自分で稼いだお金は全部自分のために使って、家にお金は入れない」なんて言えなかった。そもそも暮らしていくのでさえ、精一杯な状況なのにも関わらず、大学受験なんて贅沢すぎた。しかしここでやめたら今まで頑張ってきたことがゼロになる気がした。だから何があっても大学へは行くと決めた。とはいいつつも常に自分の行き方には迷っていたことも事実である。

こんな状況だったから家族関係もうまくいかなかった。毎日毎日ケンカし、めちゃくちゃだった。掃除機や包丁が飛び交うこともあった。生活保護という選択肢もあった。実際何度も何度も役所に足を運んだ。相談に行くと役員がとても嫌な顔をして、密室へ連れて行かれる。そこはまるで警察署にある尋問を受ける場所を連想させる。そしてこのような質問をされ続ける。

「生活保護を受ける理由は?」

「親戚には連絡したの?」

「きみ若いでしょ。ご兄弟もいるみたいだし、もっと働いたら?」

「はっ?大学いくの?こんな状況なのに本気で言ってる?」

惨め以外のなんでもない。ありとあらゆる個人情報を書かされ、採用になったとしても、役所から監視され続ける。たまたま私の住んでいた地域の対応が悪かったのかもしれないが、いずれにしても貧乏人には冷たい世の中であると感じた。世の中の全員が敵にみえた。

というような生活状況の下、幼いころから暮らしてきた。私だけでなく、母や妹も心身ともに相当なダメージだったはずだ。この状況をふまえて、1浪、2浪時代の話を読んでいただくと、少し違った視点で読んでいただけるかもしれない。貧乏は恐ろしい。人間の頑張りたいという気持ちに歯止めをかけ、普通に生活をする権利さえ奪ってしまうのだから。

地獄の浪人時代 3浪目(もはやフリーター)

さて、3浪目ともなると二十歳を越える。大学に進学した同級生たちは、就職活動に励み、早くも次のステージを目指している。一方、私はずっと同じ場所をうろうろしている。自分は何をやってもだめなんじゃないか、ずっとお金のことで悩んでいくのではないか。自分の未来が真っ暗だった。勉強とアルバイトだけをしている日々は孤独と不安でいっぱいだった。どれだけ単調で退屈なことか。周りの人にもいろいろなことを言われた。

「いつまでそんな生活しているの?」

「もっとがんばったら?」

「やる気あるの?」

 私は心の中で思った。

「体験していないあなたに言われたくない」

 

 一方で何も言い返せない自分がつらかった。とにかく耐えるしかなかった。どっかで絶対見返してやると誓った。ただこんなに苦しまなくとも、もっと適切な生き方があったのかもしれないが、どんなに苦しくても精一杯やることで自分を励ましていた。

日本では20歳を過ぎたら「大人」とみなされる。私が幼いころイメージしていた大人というのは、バリバリ仕事をし、教養が高く、どっしり構えている存在だったはずだ。そのどれにも当てはまらない……。学問に関しては受験勉強しかしてこなかったため、世の中の情報や出来事なんてなんにも知らない。どこそこの大学の学食がおいしいとか、あそこの大学は去年こんなに倍率が高かったなど、どうでもいい情報ばかりに詳しくなっていた。いったい自分は何をしてきたのだろうか……。

 

なんだか受験勉強というものに飽きた。もっと違った角度から学問をしてみたかったため、読書に目覚めた。小説からビジネス書までかなり読み込んだ。アルバイト代もそれに費やした。貯金なんてもうない。生活費にも回さなければいけないし、このまま貯金を続けても先が見えなかった。

特に読んだ分野は、自己啓発系だ。これを読めば心が軽くなるだの、読むサプリだの、人生に絶望している人へだの、そういった類の本に手を出した。参考になった部分もあればそうでない部分もあったが、いずれにせよ、最終的には自分次第だということにいきついた。自分がやりたいようにやることこそ大切なのだと改めて実感した。でもそれを環境やお金が邪魔をしてくる。

 

少しずつ大学という存在が自分の未来から遠ざかっていった。もはや体力も気力もほとんど残っていなかった。とりあえず1年の締めくくりとして、無料で受験できる国際系の専門学校に挑戦し、合格。もちろん入学はできなかった。

                           (つづく)

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