どん底からの大学受験④

地獄の浪人生活 4浪目(生ける屍)

まさか4浪目に突入するなんて思ってもいなかった。もし大学に入学していたら、今頃は大学4年生。

「いったい自分は何をしてきたのだろう?」


自分としてはありとあらゆる手段を試してきた。新聞奨学生制度も考えたが、喘息を患っている私にはできそうもないスケジュールだった。各種教育ローンの審査も通らず、何もかも自分でやるしかなかった。

高校生のころ抱いていた未来への希望はどこへ行ってしまったのか。あのころに戻りたい。とにかくがむしゃらにがんばっていれば道は開けると信じていたあのころに……。

完全に無気力だった。せっかく高校生のころに学問に感動し、恩師と呼べる担任の先生に出会い、受験勉強をし、アルバイトをし、ボランティア活動にも参加し、不安になりながらも有意義な高校生活を送ってきたはずだ。それが今、たった数十枚のお金という紙切れなんかに行く手を阻まれている。こんなときどうすればいいんだろう。他の人だったらどうするのだろう。

自分が情けなくなった。22歳にもなって、息苦しいほどの狭い部屋で家族で暮らし、毎日くだらないことでケンカし、家事も手伝わず、お金も家にほとんど入れず、見えない未来に向かっているだけの日々。いくら貧乏だからって、こんな生活は許されない。世間で何が起こっているのかもわからず、「カネがない。カネがない」と嘆いている。


「もういいや。大学受験やめちゃお」

もう限界だった。なんにもしたくなかった。アルバイトで忙しすぎる毎日に、不確かな未来。その一方で、大学へ行き、先生になりたいという気持ちが頭の中を飛び交う。もう何が何だかわからなくなった。このままいったら冗談抜きに死んでしまう。どうにかしてこの状況を打破しなければいけない。



そう思ったとき、一人暮らしをするという決意をした。家にいたってどうせろくに手伝いもせず、お金も入れず、文句ばかり言い、ケンカの毎日なら、いっそのこと別々で暮らしたほうが楽になれる気がした。家賃3万程度の古い木造住宅で決して便はよくないが、一人になれる環境を見つけた。



一人暮らしをすることで、いろいろなことが見えてきた。まずは家族のありがたみを知った。どんなに狭く苦しい住居環境でも、家事はすべて母親に頼っていた。母親が何気なくやっていた家事がこんなにも大変で重労働なことだと知らなかった。一人暮らしを始めたころは炊飯器を使ってご飯を炊くこともできなかった。家賃、光熱費、食費、雑費などありとあらゆる生活費を全部人一人でやりくりするのも予想以上に大変なことだった。。人間一人が生活するのにこんなにもお金がかかるのかと驚いた。貧しいながらも何の手伝いもしなかった私を見捨てなかった母の偉大がいかに偉大であったかを感じた。



「なんだかんだ言って自分は親に甘えて生きてきた」


ということに気がついた。ずっと大学受験に目を向け、それ以外のことは一切考えてこなかった私が初めてこれまでの人生を反省した瞬間だった。一人暮らしという選択をしたことで、貯金などできず、これまで以上に必死にアルバイトをした。もちろんいままで以上に生活は苦しくなったが、だからこそ、家族という存在のありがたみを知ることができた。


◾️一通のお手紙


本格的なフリーター生活。長い間目指してきた大学受験や先生になりたいという「夢」や「目標」が、いつの間にか「理想」に変わり、そのままどこかへいってしまいそうだった。これまで歩んできた生活が私にとっては過酷過ぎて、高校生のころに抱いた勉強に対する感動や将来に対してワクワクしていた感情も今やないも同然だった。



引っ越しの際、かき集めてきた荷物を整理していると、見覚えのある小さなお手紙が出てきた。それは私が高校生のころボランティア活動の一環として参加した子ども会のキャンプで、小学生の女の子がくれた手紙だった。



「さとけい先生へ(高校生ボランティアは○○先生と呼ばれていた)。

きょうはきてくれてありがとうございます。鬼ごっこをしたときのさとけい先生の顔がほんとに鬼みたいで泣きそうになりました。でもすごくたしかったです。またきてください」




他愛もない内容だが、これを読んで私は当時のことを思い出した。高校生のころはどんなことにも全力だったなー。アルバイトも勉強もそしてボランティア活動にも。自分が最も輝いていた高校時代。思えばこれまで先に先に進むことばかり考えて、自分がどんなことをしてきたかを振り返ることがなかった。先ほど述べた家族のありがたみについてもそうだが、過去を振り返ることで何か得ることができるのではないかと、思い出の品や当時使っていたノートなどを見返した。


大きなファイルが出てきた。開いてみると、高校3年間で参加したボランティア活動の記録書だった。なんと3年間で128時間ボランティア活動をしていた。ページを繰っていくと例の子ども会のキャンプの項にたどり着いた。



「この活動に参加しようと思ったきっかけは何ですか」

「あなたがこの活動で学んだことや気づいたことは何ですか」

「改善すべき点は何ですか」

など項目が並び、その中にこんな項目があった。



「この活動で印象に残っていることは何ですか」

「子どもたちからもらったたくさんの『ありがとう』です」



これだ!今の自分に欠けていることは!あのころの苦しいながらも輝いていた自分を思い出した。そういえば最後に「ありがとう」を言ったのはいつだろうか。浪人してからは、誰かに「何かをしてもらった」ことよりも、「してもらっていない」ことの数を数え、その多さを嘆いてきた。



涙が流れてきた。逃げるように自ら描いた将来をあきらめ、そして自らの努力不足、精神の弱さや甘えを「貧乏だから」を理由にごまかしてきた。いったいどれだけの人に支えられ、ここまで生きてきたのか。ここでやめたら私を支えてくれた人たちの好意も無駄になる。もう一度、もう一度、がんばってみよう。

著者の佐藤 圭さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。