montagne et bouquinについて

私は自分の名字に因んでフランス語を充てて ものづくりをする時などに屋号的に使っている。

今日はそれについて少しお話しさせてください。
私は物心ついた頃から 何かを作ったり 何かに手を加えることが好きだった。

リカちゃん人形たちの髪の毛をカットしたり 学習机を自分の帰宅後、母が帰ってくる頃には 結構びっくりされるくらいまでの改造を施したり、、椅子の背もたれや、座面の布と綿も剥がして 小学生にしてはなかなか 大掛かりなことをやった。
そして 夏休みの自由研究で四年生くらいの時に 祖父が手伝ってくれて本棚を作ることになり、しかし 祖父が、すでに形にしてくれた本棚を持ってきた時には ここまでできていたら私は何をするの!?
何もすること残ってないじゃん、、
と 心の中で憤慨し、いやいや絵付けをした記憶があります。(その頃は まだまだ全然絵を描くのが好きじゃなかった)

そんな 作ることの大好きな私が montagne et bouquinがドンピシャなんだよね、、と思ってくれる人の手にいつか渡ることを夢見ながら 細々と 本当に細々とものづくりをしています。

エガちゃん精神と似ていて、 世界中で 私は、1人でも私の作ったものをいいと思ってくれる人がいるなら それで構わないんです。
私はその1人がいるなら いや、もうその人の生死に関わらず 1人でもいてくれたなら その人に届く届かないも関係なく 作りたいものを作っていきます。
失恋ショコラティエのリクドーさんの言葉を借りれば、他の全ての人に嫌われることなんか全く怖くない。
そんなことを恐れて 自分が何を作って行きたいか分からなくなることのほうが よっぽど怖い。
と いうわけです。

これを通じて 私が伝えて行きたいこともあります。

人はそれぞれ 人生という大きな山を登り 下る間に、一冊の美しい本のような、、素晴らしい物語を紡いでいると思うのです。
私はその物語を彩る様々なアイテムを授ける魔女のような、、困った時に顔を出すと何かしらアイテムが見つかる鍛冶屋のような、、そんな 人生を彩り、心を浮き立たせ 奮い立たせるようなものを作ってゆきたいのです。

そして それは形あるものだけに限らないのです。
紡ぐ言葉や 生み出す空間、食べればなくなってしまう美味しいごはん、、、いろいろなことを通して 誰かの人生にその人だけでは生み出せなかったような色を加えてゆきたい。

それが私の終わりのない 山登りです。
体が亡くなった100年先も欲を言えばもっとずっとずった 何かしら何処かに漂わせていたい。
肉体の死も私にとっては まだまだ終わりには事足りません。


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