どん底からの大学受験⑤

地獄の浪人時代 5浪目(舞台は世界?)


気持ちを新たにし、大学受験に向けて再チャレンジを試みた。受験知識はほとんど抜け、貯金もなくゼロからのやり直しだ。状況そのものは相変わらずなので、再びついた心の火を消さないようにと必死だった。

「このままでは今までと同じになってしまう」


焦ろうとする自分自身を抑えつつ何かいい方法はないかと考えた結果、行き着いたのは、


「そうだ!イギリスへ行こう!」


だった。何を考えているんだこいつは!と誰もが思うだろう。長い長い浪人生活のせいで、正常な思考ができなくなっていたのかもしれない。考えてみれば、これまで大きな目標を達成した経験がなかった。その快感がどれほどのものか実感してみたかった。どこかで「旅をすれば何かが変わる」ということを聞いたことがあったし、いい刺激になると思った。受験勉強で鍛えた英語を使い、なるべく遠くの国へ行きたかったため、イギリスになった。観光ではただ「楽しかった」で終わってしまいそうな気がしたため、留学という方法を選んだ。

集めた情報によるとイギリスのロンドンで1ヶ月留学するとなると、航空費、生活費、語学学校の授業料全て込みで40万程度だそうだ。一人暮らしにもなれ、それなりに節約し、少しずつではあったが貯金もできるようになっていた。これくらいならなんとかなりそうだと、早速手続きをし、アルバイトに精をだした。いったん受験勉強はお休み。気持ちを完全に切り替えるために、ひたすら留学に必要なことだけを考えた。


何か目標を持ったとき人はこんなにも情熱的になれるのかと我ながら驚いた。嫌々やっていたアルバイトも楽しくなり、留学することが待ち遠しくて、久しぶりにウキウキしていた。これは高校1年生のころに初めて目標ができたときの感覚とまったく同じだった。


2012年5月、成田空港からロンドンへ出発。初めての海外、初めての一人旅。飛行機の上から地上を眺め、「今までこんな小さなところで右往左往していたのか」と思うと、何だか楽になった。外から見たら、自分の悩みなんて小さいものだ。これから1ヶ月というほんの短い期間ではあるが、新しい生活が始まる。いい経験になることを祈って。


I am sixty hive years old? 


ロンドンでの1ヶ月はとても貴重だった。人生で初めて1ヶ月の間アルバイトがない生活だった。思えば勉強以上に必死になって取り組んだアルバイト。それが今はない。

時間がゆっくり流れた。お金より大切といわれる時間というものを時給800円くらいと交換してきた。


「もし今までアルバイトにつかってきた時間を別のことに使えたら、どれだけ多くのことができただろう」

などと余計なことを考えた。


語学学校では様々な国籍や年代の人たちがいた。私のクラスでは10人前後のクラスメイトがいた。18歳の韓国人、20代のサウジアラビア人、30代のドイツ人、40代のイラン人、60代のブラジル人のおばあちゃん。挙げればキリがないが、日本人の私を快く受け入れてくれた。


それぞれ自己紹介を始めた。受験勉強ばかりでスピーキングの訓練なんてしていなかったからうまく話すことができなかったが、みんな温かい目で見てくれたり、アドバイスをくれた。60代のブラジル人のおばあちゃんに関しては、前歯がなくて、I am sixty five years oldと言うべきところを、sixty fiveがsixty hiveになっていて、和んだ。


なにより新鮮だったことは、国籍も年代も違う人たちが一つの教室で同じことを勉強しているということだ。それは日本では見たこともない光景だった。考えてみればなぜ彼らはわざわざここへきて勉強しに来ているのだろう。直接聞く機会はなかったが、なにか目的があるはずだ。目的や目標がないならあんなにも真剣に勉強しようなんて思わないはずだ。それぞれの目標に向かって、国籍も年代も異なる人たちが一つの教室で一緒になって勉強するという光景に感銘を受けた。


私は奮い立った。「何歳になっても勉強していいんだ!やっぱりもう一回大学を受験しよう」。4浪目のころ再び意識しはじめた大学受験をしようという気持ちが、ここへきて確固たるものとなった。このロンドンでの1ヶ月はほとんど観光もせず、日本からとりあえず持ってきた受験参考書に毎日かぶりついた。ぜったいに大学に行く。ぜったいに。

みんなの読んで良かった!