ボクには友人がいなかった。
出会いもなかった。
引きこもりで、孤独なデブだった。
でも、ひょんなキッカケで、世界が変わった。
そして、いろいろあった結果、華々しい人脈を築き上げるメソッドをつくることができて飲み友達に困ることはなくなった。
女の子を口説く技をあみだせて、ガンガンに口説けるようになった。
モテ本を出版、ラジオ出演まで果たした。
ここで、その経緯を書いているんだけど飽きてきたので、今回は「納得がいかなかったときの話」を小説風で――。
イマイチだった「2対2」の合コンの後、よく合コンに来てくれている飲み友達の直樹(仮名)と2人で飲みなおしていた。
はじめは、いつものように「今回の女の子はどうだった」とか、何気ない話をしていたんだけど、直樹が唐突に話を切り出してきた。
「そういえば、順子さん(仮名)とメールやりとりしていたんだけど……。オマエ、山本さん(仮名)を食ったんだってな?」
順子さんは、女の子の知り合いが多くて、メンツを替えの合コンをよくやってくれる女性だ。
だから直樹も順子さんに合コンを頼もうとしたのだろう。
でも、ついにボクが「やり逃げ常習犯」だと順子さんの耳に入って、直樹との合コンの話が流れてしまったのだと思った。
だから、ボクはビールをぐびっと飲んでから軽くうなづき、「……合コン流れた?」と聞き返した。
直樹は「そっか……」とつぶやき、しばらく無言でビールを飲んでいた。
直樹は山本さんを狙っていたのかもしれないと思った。
山本さんもまた可愛かったから。
直樹は大きく息を吐き出してから、話しはじめた。
「水瀬って、合コンのとき、いつも女性みんなに気を遣っていて、特定の誰かを口説こうとしているようには見えなかったんだけどな……」
直樹がそのように思っても仕方がない。
ボクはダイエットが成功してデブではなくなったけど、相変わらず、イケメンでもないし、女子から嫌われる不安定な職種だ。
しかも「スポーツマン」「さわやか」っぽくしていて、そのようなことをやっていなさそうにも見える。
その上、合コンでは、全員が話せるように、話をふっていく。
博愛主義に見えるかもしれないけど……。そうではないんだ。
「ああ、それ、全部、作戦」
「作戦?」
直樹はきょとんとした顔をした。
「女の子って、友達の意見に左右されやすいじゃん? だから、可愛い子ばかりに話しかけて、ほかの子から総すかんを食らえば、後日、女子会で悪口を吹き込まれて、可愛い子からも嫌われちゃうんだよ。それに、合コンのあと『2人で』が難しければ、何度も顔をあわせることを目指すんだけど、ほかの女の子から嫌われると『じゃあ、メンツを替えて飲み会でも』って誘えなくなるじゃん。可愛い子、友達を呼べなくなるわけだから。だから、ほかの子に嫌われないように『平等』を装っているわけ」
「でも、そうすると、狙っている子に好意が伝わらないんじゃ?」
「小学校のとき、女の子って、よく『A先生、B子ちゃんをエコヒイキしている』とか言っていたじゃん? 女の子って、すげー『差別』に敏感なんだ。だから可愛い子としか話さなければ女の子全員から嫌われるけど、平等を装って、ほんのすこしだけ可愛い子を『差別』するわけ。それで、たいてい、好意は伝わるよ」
直樹の顔はしぶくなった。
「……理屈を聞けば、そうかもなーって思うけど、信じられないな」
ボクは「×人を斬った」とか「×さんとやった」とかいう話は大嫌いだ。
ラジオに出演したときも、本番前、東京03から「何人くらいとやったの?」と聞かれたくらい、男なら誰しも「結果」を重視しているのは知っている。
でも、「×人を斬った」は、結果だけがすべてで、そこに至るまでの会話の技、そういう雰囲気になるようにしたテクニックとか、すべて否定されるような気がして、なんか嫌だ。
ぶっちゃけ、簡単にやらせてくれる子を狙い撃てば数は確保できるよね、と思ってしまうし。
「×さんとやった」っていう話は、×さんが獲物で、そこには×さんの人格が無視されるような気がして、なんか抵抗を感じる。
そもそもボクは口説くとき、たいてい泥酔していて、誰とやったのか忘れてしまっていることもあるというのもあるんだけど……。
だから、ふつうは「×さんとやった」系の話はしないんだけど、ボクは直樹の発言にかちんときていた。
いや、直樹が狙っていた女性の多くと関係をもった罪悪感が、免罪符を得ようとボクの口を開かせたのかもしれない。
「河野さん、覚えてる? あの子ともやったし、三田さん、石橋さん、浜田さん……(すべて仮名)」
ボクが直樹が知っていそうで、やり逃げした子の名前を、ひたすら、あげていった。
直樹は目をぱちぱちさせたあと、ジョッキを飲みほした。
「……ま、マジで?」
「マジで」
居酒屋の喧噪だけがあたりを支配していた。
しばらくして直樹は口を開いた。
「ってか、石橋さんって、めちゃくちゃ可愛いよな? マジで、やり逃げしたの?」
ボクがずっと無言でいると、ようやく直樹は事態が呑み込めたのだろう。
「なんで、オマエみたいなやつに……」とつぶやき、うつむいた。
その言葉にも、すこし、かちんときたけど、それも悔しさ、芽生えかけていた恋心、失望、いろいろな気持ちがごちゃまぜになってのものだと思ったから、直樹が納得できるように、モテのテニックのほんの一部だけ話した。
「会話の端々にあらわれる言葉を組み合わせると、『石橋さんは筋肉質のスポーツマン系が好きにちがいない』と踏めたわけ。で、合コンのとき、たとえば『最近、筋トレしてないなー』とか、ほのめかしていたんだよ。筋トレなんか、ここ十年くらいしていないんだけどね」
ボクのノウハウはちょっと特殊だから「会話の端々にあらわれる言葉を組み合わせる」「ほのめかす」っていうのに疑問をもって突っ込んでくると思っていたけど、ボクの説明のかいもむなしく、直樹は話を聞いていないようだった。
直樹が「そうか……。オマエみたいなやつに……」とつぶやいたのを最後に、ふたたび、居酒屋の喧噪だけがあたりを支配た。
直樹はうつむき加減だったが、唐突に非難を内包しているような声を出した。
「ってか、オマエ、そんなに、やり逃げして罪悪感ないの?」
罪悪感。
懐かしい言葉だった。
「やり逃げ=悪いこと」という既成概念があるから、直樹がそう考えるのも無理はないと思ったけど……。
既成概念ほど、やっかいなものはない。
それを崩すのに多大な労力が必要だからだ。
だから、ボクは核心からはなさず、まずは外堀を埋めようと思った。
「北山さんって覚えている?」
直樹はようやく顔をあげて、若干、投げやりに話してきた。
「ああ、いわゆる『アラフォー美人』ってやつだよな。性格もよかったよなー。あの子ともやったの?」
「やってないよ。……性格がよかったって?」
「気配り上手だったし、ふつうの女性だと露骨に嫌な顔をしてくる佐藤(非モテの男性)ともふつうに話して連絡先も交換していたし。それに二次会の店も『安い居酒屋にしよう』とか言っていたし。いい子だなと思ったよ」
やっぱり直樹も、か、と思った。
「ボクは、いろいろな女の子を紹介してくれそうな子と仲良くなるようにしているんだ。で、その一環で食事に行って、『ぶっちゃけ、どういう条件の男性がいい』と聞き出して、合コンに呼ぶ男性メンツを選ぶわけ。直樹、ボクがCAの合コンに呼ばなかったって怒っていたじゃん? それは、ボクが直樹を選ばなかったわけじゃなく、彼女たちが『エリート』『安定した職種』を連呼していたから。で、北山さんとも食事にいったんだよ。あの子、『何が何でも旧財閥系の商社マンと結婚する』『でも、自分の言いなりになる旧財閥系の商社マンがいい』って言っていたよ」
直樹は目を見開いて、すこし口を開けたまま、文字通り「凍りついた」。
CAの本音を暴露して、直樹が描いていた「北山さんの像」をボクがぶち壊したからだろう。
ボクはこれ以上追撃するのもな、と思ったけど……。
止まらなかった。
「超」エリート社員だけど、コミュニケーション力がなくて、ダサい服装、髪形の男性の山田(仮名)の話を出した。
「山田って覚えてる? 直樹が『コイツ、一生結婚できないよ』って言っていたやつ。アイツ、結婚したんだってさ。で、山田とつながっている女の子に写真を見せてもらったんだけど、結構、可愛い女の子で。しかも、その女の子からアタックしてきたんだってさ」
「アイツが、かわいい子からアタック?????」
直樹はそれ以外の言葉しか思いつかなかったんだろう。
それも仕方がないことなのかもしれない。
「まあ、山田とつながっている女の子に聞いたら、その子、『徒歩1分以内、無制限に引き出せるATM』を探していたそうで。山田って言いなりになりそうじゃん」
「マジかよ……」
噂話ではこういうお金目当ての女性の話はよく聞く。
しかし、ボクが話していることは、直樹にとって、リアリティーがある、というより現実そのものだ。
そういうボクも、こうやってイベントをしまくるまでは「噂話としては聞いても遠い世界の話」だったから。
直樹が明らかにショックを受けているのはボクにもわかった。
「あと、田端さんって覚えて……ないよな。アラフォーで、見た目もアラフォーなのに『10歳若く見られるんだよね』が口癖の女。その田端さんから合コンを頼まれていたんだけど、やっぱ、アラフォーだから合コンメンツを集めるのに苦労して、寄せ集めのメンツになってしまったんだ。で、合コンの後、田端さんから『派遣社員じゃなくて、条件のそろった男性を連れてきて!」とひどく怒られてしまって。どうやら、派遣社員でアラフォーの男が田端さんにアプローチしたみたいなんだけど、田端さん、『年収600万円以上』『安定した職種』がいいって言っていたし」
直樹はお世辞にも、いい職種だとはいえない。
今までうまくいかなかったひとつの原因がわかったのか、さらに表情は暗くなっていた。
ボクは続けた。
「アラフォーっていえば、後藤さんって人もいたんだけど、実は最近、facebookで後藤さんの友達の子とつながって、後藤さんのページを発見したんだ。で、興味本位で見てみると、後藤さん、結婚したようで。タイムラインは自慢のオンパレード。自慢を要約すると旦那は地方公務員で安定しているってことだね。でも、旦那の写真を見ると、如何にも非モテ」
ボクは続けた。
「アラフォーに限らず、女って、自分のことは置いておいて、やれ『男の価値は年収』だとか、『イケメンがいい』とか、『アラフォーの独身男性は何か決定的な欠点があるから、年下がいい』とか好き放題に言っていたりするじゃん? で、いざ結婚したと思ったら、男はATM状態。こういうのばっかだよ?」
「でも、そういう女性ばかりじゃないよな? A社の子たち、若かったし、いい子だったよな?」
A社は、超大手企業で、男性は東大卒などのエリートや御曹司が集う会社だ。
だから、女の子のレベルも高い。
また、女の子の平均年齢も低かった。
「A社の子たち、『よりエリートに乗り換えていくこと』がステップアップだって言っていたよ。(A社の)宮川さんをダーツバーにつれていったら『(ほかの男は)高級フレンチにつれていってくれたのに』とか言って、その後、ずっと無言だったし。それに、北川さんとも飲みにいったことがあるんだけど、彼女、『5000万円のマンションをすぐに買える男性がいい』って。しかも、そのマンション、親の近くだってさ。で、『主婦になりたくない。働きたい』って。すこしは、まともなことを言うなと思っていたら、『自分が稼いだお金は自分の好きに使わせてほしい。働くのだから家事はしない』だってさ。直樹、知ってる? 今の流行は、『家事しない』『働いても家計を助けず、自分の好きなように使いたい』『友達に自慢できるステータスの持ち主と結婚したい』『夫の親の面倒はみないけど、女の親の近くに住んで』って感じ。女の年齢は関係ないよ」
ボクは続けた。
「それに、つい最近、最高裁の判例が出たよね。DNA検査したら自分の子どもじゃなく離婚したんだけど、元嫁が『養育費を払え』って裁判を起こしてきたようで。自分の子どもでもないのに、そんなの払う必要はないし、嫁から莫大な慰謝料をもらえると思うよね? 自分の子どもではないのに養ってきたわけだし。でも、養育費を払わないといけないっていう判例がでたみたい。しかも、どうやら慰謝料ももらえないみたい。男のことをATMとしか思っていない女がこういうことをするのかどうかはわからないけど、まあ、しそうじゃん。それが女の現実なんだよ」
そんなボクの愚痴を聞いているのか聞いていないのかわからなかったけど、直樹は、しばらく、何かを考えこんでいるようだった。
少ししてから、口を開いた。
「水瀬って、やり逃げしているわけだから、モテるってことだよな? イケメンじゃないし、めちゃくちゃ不安定な仕事。それでも『いい』と思ってくれる女性がいるってことだよな?」
なるほど。
そうきたか。
「それはテクニックだよ。会話にはノンバーバルコミュニケーション、バーバルコミュニケーションの2つあるんだけど、それを研ぎ澄ませているし、あと、マーケティングの知識も使って、女の子が求めている像を見極めて、それを演じているわけ。だから、本当のボクのことを知っても、まだなおやらせてくれるのかっていうと……。まあ、無理だろうな」
「要は詐欺師ってことだな」
「そうかもね。でもまあ、人って面白いもので、必ずしも『-10+5=-5』にはならず、『5-10=12』になったりするんだ。要は、「不安定な職種でバツイチ」っていうマイナスの材料を最初にいうと付き合うことさえできないのに、最初に『この人、運命の人かもしれない』と思わせて関係をもてば、その後に「不安定な職種でバツイチ」っていっても、うまくいくことが多いんだよ。同じことなのに、ね」
直樹は無言だった。
ようやく、ボクは本題を切り出した。
「女の子のみんながそうとは言わないけど、『お金』って子、多いよね? 恋と結婚は違うっていう子も多いし。お金があれば自分が好きなものを買える、要は女の子って「男が自分の欲望をかなえてくれる」かどうかを一番の重視しているわけ。それって、自己中じゃね?」
「経済力って、女性は子どもを産むから、その間の経済的な基盤が欲しいだけなんじゃないのか?」
「もしそうなら、女の子も正社員として働くべきだよね? 家事、育児は半々で。そういう女の人はえらいと思うけど、現実は『会社を辞めたい』『楽したい』『自分の好きなようにしたい』っていうのが大半だよね?」
直樹は何かを考えているようだった。
「そういえば、オマエ、高橋さん(仮名)の話してたよな。結局、婚活をやめて身近な会社の先輩と結婚したって言っていたよな? お金目当てはいけないことだって気がついたんじゃ? そういう風に途中で気がつく女性もきっといるよ」
「高橋さん、やたら幸せアピールしてくるから、たぶん、今の旦那に不満があるんだよ。本当に幸せだと、赤の他人のボクにアピールする意味ないし。婚活で負け続けて、手軽な男に走っただけだよ。あれは。ってか、直樹、勘違いしているかもしれないけど、ボクはそういう女の子のことを悪く思っていない。人は誰しも自己中だから。単にそういう子たちって、自分の欲望に忠実なだけってことだから。で、直樹、さっき、ボクに『やり逃げして、罪悪感ないの?』って聞いたよね。やり逃げって、自分の欲望に忠実なだけじゃない? そういう『顔』『お金』の女の子たちと同じだと思うんだけどね。それに自分の子どもでないのに、養育費を払わないといけないほど、女尊男卑の世の中だよ? そのくらいしてもいいじゃん」
直樹はすこし強い口調で言った。
「同じって……。オマエにやり逃げされて、傷つく子もいるんだぜ? おまえ、そういう子の気持ち、考えたことないだろ?」
すこし論点がズレたとは思ったけど、ボクは直樹の話にまっこうから否定した。
「やり逃げされた子の気持ちがわからないって? ボクも、やり逃げされたこと、あるよ。めちゃくちゃ美人で、まさに好みのタイプ。ボクが不安定な職種だと言ったら『そんなのどうでもいい』って言ってくれたし。グダ崩しなんて必要なくて、ラブホまで手をひっぱっていってくれたし。でも、ラブホの翌日、『いろいろ、ごめんなさい』ってメールが来ただけで、あとは音信不通。『なんで?』って思ったよ」
「そうだろ? 傷ついたんだろ? オマエはそれと同じことを女性にしてるんだ!」
直樹は勝ち誇ったような面持ちで、やや強い口調で言った。
「でも、その子、思いやりがあったから、やり逃げしたと思うんだ」
「なんで、やり逃げが思いやりなんだよ!?」
直樹が反射的に言ってきた。
「泥酔していて、やり終わったあと眠ってしまって。で、ふと目が覚めたんだ。すると、女の子の鞄からずっと携帯のバイブ音がしているのに気がついて。一晩中、鳴っていたよ。彼氏がいたんじゃないかな。彼女がボクと寝たのは単なる彼氏に対するあてつけだったのかもしれないけど……。たとえ、そうであったとしても、ボクは彼女と付き合うチャンスをもらったと思っている。でも、彼氏を超えることができなかった。ボクは別れても(別れた理由がわかれば)未練をもたないんだけど、ふつう、何度も抱いていると、情が大きくなって未練持つじゃん? 彼女は未練を持たないように、すっぱりと切ったんじゃないのかな?」
「そういっているけど、オマエ、その子に未練あるよな? だから、そんな長々と話すんじゃない? やっぱ辛かったんだよな?」
「未練じゃなくて、その子の心の闇が少し垣間見えたから気になっているだけだよ。辛いというより、もっと精進して口説けるようにならないと、と思ったね」
「でも……な。やっぱ、納得できない!」
「納得できないのもわからなくはない。やり逃げには『悪のやり逃げ』のイメージが定着しているからね」
「何それ?」
「心に闇を抱えている子、なんか辛いことがあった子を狙い撃つ。辛かったこと話させて、心を開かせつつ、泥酔させて意識を奪って、やり逃げ。これが『悪のやり逃げ』。だからナンパ師などの悪のやり逃げをするやつらは、リストカットしてそうな子とか、服装が乱れている子、鞄が汚い子を狙いうつんだ。かならずそうとは言えないけど、そういう子って、身なりも乱れていることが多いから。そういうのって、なんかちがうとボクも思う。ボクも何度かやったことがあるんだけど。でも、ボクがやっているのは、ちがうんだ。結果として、やり逃げになってしまったんだけど、ひょっとして付き合ったかもしれないっていう『正しいやり逃げ』だね」
「なんだよ、正しいやり逃げって! はじめから、ラブホに行かなければいいだけだ! 思いやりがない行為なんだよ!」
直樹の口調は粗くなっていったけど、ボクは気にせず続けた。
「抱かないと、何もはじまらないよ」
ボクは、これだと真意が伝わらないと思った。
どういう真意か?
お店とかでよくアンケートをとっているけど、それは正確ではないと最新のマーケティングの世界ではいわれている。なぜなら――。
人は本当のことをアンケートに書かないし、本当のことを書く必要もない。
人は、Aのような商品がいいとアンケートに書いていても、Bを買うこともある。
人は自分で何が欲しいのかさえわかっていないこともある。
これを恋愛でいうと、「わたしは誠実なタイプの男性がいい」と言っているのに、いざ付き合う男性はいつも「浮気」「DV」の男。こういう女性がまさにこの典型例だ。
女性の発言が嘘。
もしくは、女性が自分が本当に求めているものがわかっていない。
だから、たとえ「あなたのことが気になっている」と聞いたところで、あてにならなくて、そのままフェードアウトされることもある。
というわけで、一線を越えるという行為をさせて、気持ちがあるということを示させているわけだ。
心理学の話がからんでいるので、長くなるから詳しく書かないけど、まあ、そういうことだ。
直樹は、やはり納得いかないようで、ジョッキを荒々しく置いた。
「そんな屁理屈言って、オマエ、付き合うつもりないだろ? ぶっちゃけ、やりたいだけなんだろ?」
「直樹もわかるじゃん。この年になれば、そんなに性欲はないって。一晩共にしたところからスタート。お互いの欲望を叶えるみたいな、キャッチボールできる子なら、やり逃げしない。でも、そんな子じゃなさそうなら、即座にやり逃げ。こういう恋愛スタイルもいいんじゃね?」
「でも、やり逃げはないだろ? たった1晩で何がわかるんだ?」
なんで、直樹はここまで女性の立場に立つんだ?
ボクはいい加減、うんざりしていて、いらだちを内包させた声を出した。
「わからないから教えてほしいんだけど、1か月付き合ったあとに別れれば『思いやりがあること』なの? 1年? ボクの年になれば、みんな結婚も考えているから、長い間縛ったあげく、やっぱ、無理だったっていうのこそ、もっとも残酷で、それこそ思いやりがないと思うよ。2~3回会って、やって、それで『やっぱ無理かも』っていう予感があれば、結果として、やり逃げになってもいいんじゃね? それとも、『別れたい』と思っていても、女の子が別れるつもりがなければ、そのままずっと付き合って結婚することが思いやりってこと?」
直樹は言葉に詰まっていたようだった。
すぐに「水瀬っていいやつだと思ってたけど、残念だ」と吐き捨てるように言って、伝票をとろうとした。
ボクは酔っていたのだろう。
食ってかかってしまった。
「いい人って、なに? 自分が辛いとき、無償で助けてくれたり、体調が悪いときに仕事を変わってくれたり、『オマエならできる』って励ましてくれる人のことだよね? 結局、それって自分にとって都合のいい人のことを『いい人』っていうだけじゃん。自己中じゃね?」
直樹は一瞬顔をこおばらせたように見えた。
「オマエ、ひねくれているよ。飲み友達には欠かさないかもしれないけど、本当の友達は一生できないんだよ」
「そういう直樹は、なぜこうやってボクと飲んでいるの?」と聞きたかったけど、これ以上言うと喧嘩になる。
「ボクがそういう人間関係を望んでいるからね」というと伝票を手にとって店を出た。
いつもなら、朝までとか話すのに、この日は、お互いずっと無言のまま駅まで歩いていった。
その後、直樹から言い過ぎたというメールがきて、ボクも同じように返した。
そして、何事もなかったかのように合コンをした。
でも、ボクはまだ直樹の話には納得できていない。
どうしても直樹の考えは「建前」「偽善」に聞こえてしまうからだ。
そして、ボクはしばらくしてから、このような、やり逃げ生活からは引退した。
欲望が渦巻き、自分のことしか考えない、自分のプライドを守ることで必死な人たちの巣窟の恋活、婚活に疲れてしまったのかもしれない。
(by 水瀬翔)
ちなみに――。
ボクは、かつてモテなくて辛かった。孤独な気持ちは痛いほどわかる。
だから、口説く方法を淡々と書いた本を出した。
印税はもらっていないし、スクールをしてお金儲けをしようとも思っていない。テレビに出て目立とうとも思っていない。
これで、女性を口説けるようになってくれることが唯一の報酬だ。
たくさんの本を読んでいて、目が肥えている有名な書評ブロガー、メルマガで書評している人からは高評価だったのが、今のところの大きな報酬だ。
『「なんで、アイツが?」なぜかモテる男の技術』(総合科学出版)
『アラフォーでも簡単にモテる会話術のすべて』(主婦の友社)


