子どもにナメられることについて

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「子供にナメられちゃ終わりよ」





久しぶりにその言葉を聞く。


「子供はほっといたら図に乗るから、体罰はいけないけど口は厳しくしてないと」


そういってその母親は、チンピラ顔負けの口調で、子供を叱っていた。


おどれ、何しとんじゃ、ワレといった感じで、口だけで充分体罰に値するほどじゃなかろうかと思った。


私に対しての穏やかな口調と、あまりに違っていて、少し苦笑した。




学生の頃、小学校や中学校の教師から、この言葉をよく聞いた。


多くの学校の体制は、教師が常に権力や権威を保つために、


子供にナメられないようにと配慮(?)された決まりで固められている。


校則も典型的にその意図が強く、生徒はまず「守るために守る」のだ。


多くの教師は生徒にナメられないことで、学校が安定し、


正常な教育を施すことができ、生徒を管理できると思っている。




私は教師でも保護者でもなく、教育について説得力を持って何か言う立場ではない。


ただ、このナメられないようにという言葉には、昔も今も何か引っかかる。。


周りにナメられないように、人を管理することは大切なのか。




私は、記憶によると親も教師もナメたことはない。


ただ、双方とも欠点があるのは昔から知っていた。

みんなの読んで良かった!