僕の人格が突如優しくなった話

僕は人に優しいとよく言われる。自分で言うのは何だが、めちゃくちゃ優しいと言われる。しかし、この人格は明らかに後天的なものだと認識している。今でもよく覚えているのだが、あれは小学校1年生のある日のことだ。その日から、僕は突如優しくなった。人格が矯正されたのである。

いじわる小僧時代の僕

小学1年生の僕は、しばしば友達に意地悪をしていた。今この話をすると信じられないかもしれないが、我ながら訳のわからない意地悪をしていたことを覚えている。
ある日家にA君が遊びに来た時に、A君が僕に何かを貸してくれと言ったことがある。普通に貸せばいいものを、僕は「お前には貸さねーよ」的なことを言ってA君を困惑させた。「貸してよー」「やだねー」のやり取りがたしか15分くらい続いた頃だったと思う。その状況を見ていた母が突如キレた。何と言われたかは覚えてない。ただ、今でも印象に残っているくらいぷっつんとキレた。キレすぎてA君は空気を読んで帰ったくらいだった。

いじわるはよくないと悟った僕

あまりにキレる母を見て、幼心に「何やらとんでもないことをしでかしていたようだ」と悟った。たぶんなんで怒られているか本質的にわかってはいなかったと思うが、「友達には優しくするものなのだ」という教示が強烈に印象づけられたのだった。今でも思い出すくらいなのだから、相当キレた母が恐ろしかったのだろう。その瞬間、僕の人格ははっきりと変わった。突如として優しくなったのだ。それ以前の人格を思い出すと、まるで別人だったかのように感じる。あの日、僕は生まれ変わったと言ってもいい。

キレた母の影響力

僕の人格が優しくなったのは、100%母の影響である。どんな感情の流れがあって人格矯正にまでいたったかはわからないが、小学1年生のあの日、僕は生まれ変わったのは間違いない。自分の子供が産まれたら、何がきっかけで影響を与えるかわからないということを常に忘れないようにしようと思う。ふとした一言でも、彼・彼女の人格に大きな影響を与える可能性があることを、僕は身にしみて知っているからである。

補足

ちなみに、母はこの出来事を完全に忘れている。「あんたは優しく育ったよねえ」とまるで他人事のような言い方をするので、僕は「育て方がよかったからな」と答えるようにしている。

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