第5話『自分を世界一醜いと思っていた高校生時代』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

前編: 第4話『辛い中学校生活』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話
後編: 第6話『楽しかった大学時代』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

高校生になった僕は、初めは意気揚々としていた。なぜなら、僕の受かった高校のクラスが特進系のクラスだったからだ。千人くらいいるマンモス校の学校だったが、その中でも一番頭の良いクラスの受験に合格したからだ。これは僕の中ではかなり嬉しい出来事だった。当時は母親が合格発表を見に行き、人づてに聞かされた感があって、「ふーん、理数科に受かったのだ」と冷静を装っていたが、内心はすごく喜んでいた。中学校生活は最悪だったかわりに、高校生活の出だしは最高のものとなった。





しかし高校もあまり良い思い出にはなっていない。というのも、気の合う友達が一人しかいなかったからだ。周りも多少気の合う友達、気の合わない友達がいたが、総じて見ると気の合う友達は一人しかいなかった。その子が休むと僕も学校に行きたくないくらい嫌だった。人と分け隔てなく付き合える人っていうのは本当に「すごいなぁ」と思っていた。僕は狭いサークルの中、で井の中の蛙状態だった。環境にうまく馴染めず、その友達とばかりつるんでいたように思う。





当時はクラブ活動も辞めてしまった。これが僕の中でとても嫌なできごととして残っている。僕のクラスは特進系ということもあり、授業が夕方遅くまであった。六時間目が終わったあと、数学の担任の先生の授業が七時間目、八時間目まであった。数学は好きだったからあまり苦にはならなかったが、そのせいで部活に遅れるこ3とがしょっちゅうだった。


それで遅れていくと、ラケットを持たせてくれないのである。僕はテニス部だった。毎日毎日走らされたり、ボールを拾わされたり、大声を出させられたりと、きついことが多かった。それでも一緒に入った同じクラスの子がいて、その子がいるから自分も頑張れる、と思っていた。でもその子が突然辞めてしまったのだ。理由は分からないが、練習が辛かったのだと思う。それで僕も一人で頑張っていたのだが、だんだんいじめられるようになってきた。


「お前は頭がいいのだろ」「遅れてきていい身分だな」「みんなとは違うやつだ」などと言われ、いじめられることが多くなってきた。みんな普通科の子が多く、自分だけ孤立感を感じていた。普通科の子から文句を言われることが多くなった。妬みが言葉の武器となって僕に突き刺さることが多かった。普通科で仲の良かった友達も辞める子が多くてどんどん孤独感を感じることが多くなった。それで結局、僕も辞めることにした。僕にしたら大きな挫折だった。本当は歯を食いしばって頑張りたかった。でも踏ん張りが効かなかった。僕の性格はどんどん内向的になっていった。





そういう事情があり、高校生活もあまり良い思い出とはなっていない。でもうつ病を発症するほどではなかった。


クラスでのほんの少しの居場所と、家の中での自分の部屋の中が一番の居場所だった。休日の高校の友達との遊びと、焼酎の友達との遊びは割りと楽しかった。友達は少なかったが、心地よい居場所感があった。





あとは、受験勉強がとても嫌いだった。中学受験のときはまだマシだったが、高校受験のときは、朝から晩まで、10時間くらい毎日勉強していたので、旅にでも出たい気分だった。後半はだれてしまって、受験がおろそかになってしまったのが悔やまれる。僕はツメが甘い人間なので、最後まで続けることができなかった。それで受験に失敗してしまった。




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第6話『楽しかった大学時代』 大手企業で重度のうつ病を発症し、里帰り出産の妻から離婚され、約一年間自殺願望の消えなかった僕に深い愛情で接してくれた両親のおかげで、うつ病克服専門心理カウンセラーという天職に出会えた話

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