ヤドカリの引っ越し

「過去9年間で14回も引っ越した」なんてやつは、お尋ね者の指名手配犯か、モンゴルの遊牧民か、僕ぐらいなもんじゃないかと思う。

ざっと振り返るとこんな感じである。

実家→キャロル家→ボイレン家→ベネット家→ミッツィー家→実家→葛西→早稲田→松濤→上石神井→シンガポール→北新宿→高田馬場→池袋→沼袋→石神井

一応全部思いだしたつもりだけど、もしかしたら忘れてるかもしれない。自分が住んでいた場所を忘れるなんてことはさすがにないと思うけど、でもこれだけの数だからわからない。

高校2年の頃、オーストラリアに留学して、その1年間、3ヶ月おきに次のホストファミリーの家に引っ越した。(追い出されたわけではなくて、そういうルールだった。)それぞれの家庭は見事にタイプが違っていたけど、共通するのはみんなカトリック系の良い人たちばかりだった。

それから実家に戻り高校に通って、大学に進学のタイミングで上京して来た。最初は葛西の寮に1年半暮らした。寮は男子寮で女人禁制だったけど、同じ釜の飯を食らい、風呂に入って、夜な夜な語り合うのは、なかなか面白かったなと思う。

だけどいい加減、共同生活も不便になってきて大学の近くに引っ越した。一応風呂とキッチン(雀の涙みたいな)がついてるけど、自由に使えるのは4畳半ぐらいのスペースしかない。布団を敷いてそれでおしまい。マジで狭いアパートなのに家賃は6万7千もした。今思えば敷金礼金をケチって悪物件を選んでしまったんだけど、あれが初めて自分だけでやった引っ越しだったし、仕方ない。

当時は大学を休学してカンボジアの教育支援活動に携わっていた。だんだん家に帰るのが面倒になり、オフィスに寝泊まりすることも多くなって結局松濤にあるオフィスに居候することにした。上には梅宮アンナが住んでいる高級マンションなのに毎晩寝袋で寝るという謎の生活だった。オフィスから見える夜景を観ながら、いつか自分の力でこんな高級マンションに住みたい、寝袋じゃなくて、フカフカのベッドで寝たいと思ってた。果たしてその夢は叶うのかな。でも毎晩寝袋で寝てたおかげでだいたいどんなところでも寝れるようになった。

オフィスの引っ越しと共に今度は上石神井に引っ越した。今度は友人とのシェアハウス。ここには1年ぐらい住んでた。初めてのシェアハウスだったけど、彼とは寮でも一緒だったし、ストレスなんて感じなかった。そういえば一度、家に帰ったら、彼が彼女とベッドインしてて面白かったな(笑)

そのあとシンガポールに留学してからは再び寮生活で、薄暗い二人部屋に10ヶ月ぐらい住んでた。その部屋は本当に小さな窓しかなくて部屋に居ると気が滅入るから、寝るとき以外はほとんど部屋にはいなかった。でも外に出れば常夏だしフットサルコートもプールもあるし、カフェテリアだってバーだってある。夜は丘に登って仲間とお酒を飲んだ。部屋以外の生活環境はこの十年の間で最高だったと思う。

シンガポールを離れて、しばらくアジアとヨーロッパを旅行をした後、東京に戻ってからは北新宿に住んだ。ここの生活もなかなか面白かった。旅で全財産使い果たして究極にお金がなかったから、とりあえず月3万円で暮らせる物件を探したら見つかったのがここだった。当時シェアハウスが流行始めた頃で、ここもそういう流行に乗って普通の3LDKアパートを改造して作られていた。家具付きのシェアハウスで、共同スペースは食卓やソファや大型テレビやら置いてあって、割に奇麗なんだけど、部屋が笑えるぐらい狭かった。4畳ぐらいのスペースに二段ベッドが置いてあって、収納スペースもなく、かろうじて洋服をかける台があったぐらい。ゲストハウスのドーミトリーみたいな感じ。僕よりひとつかふたつ年下の男との相部屋で、彼とはわりとすぐに仲良くなったから、そこまでストレスもなかったけど、さすがにこの生活は長く続かなかった。

それから高田馬場に引っ越した。この頃には音楽を始めてて防音室がついてていつでも練習できるといるというのがこの部屋に住むための目的でメリットだったけど、家賃は10万もしたし、防音室付の物件は大体そうなんだけどここも狭かった。ここも半年ぐらい粘ってたけど、あるとき友人が部屋に遊びに来て夜中に爆音でメタリカなんかをかけてシャウトしてたら、次の日クレームが来て(防音室なのにあんまり防音効果はなかった)、面倒だし、防音効果ないし、退居することにした。ちなみにここには地下室もついていて、最初はそれにワクワクしたんだけど、住みはじめて一週間で無用の長物であることに気づいた。地下室なんてわざわざ降りるのは面倒くさいし、物置にしかならなかった。

それからしばらく女の子と池袋に住んでたんだけど、いろいろと面倒になり沼袋に引っ越した。思うに男友だちとシェアハウスをするよりも女の人と同棲する方が3億倍ぐらい難しいことなんじゃないか。もちろん楽しいこともたくさんあったけど、とにかく結婚するまでは二度と同棲はすまいと心に誓った。

そのあと、沼袋に引っ越して1年ちょっと住んでいた。ここまでほとんど一人暮らしというのをしてなかったから、ちょっとぐらい家賃が高くてもいい家に住もうと思って家賃8万2千の物件に住むことにした。沼袋という名前がダサイけど、築年数浅めの奇麗な部屋で結構気に入った。いよいよ、マイライフの始まりだぜなんて思ってたら、引っ越して1週間でオーストラリアから友人が二人やってきて、僕の家に1ヶ月半程の間住み着き、彼らが帰る頃に弟が上京して来て居候を始めたので、男の優雅な一人暮らし計画はまったく実らなかった。

そして今。石神井公園の近くに友人と住んで半年になる。ここは都心から少し離れていて、大きな公園も近くにあって生活環境もいいし、新築で奇麗だし、3階だけど最上階だから景色も奇麗だし日光も入るし、なんと言っても防音室もついてるし、正直言うことない。ここに来て同じ場所に居座って何かを積み上げていくことも大切だよなぁ、とも思うのです。だからしばらくここに住み着くだろうなと思ってる。

でもそうは言っても、やっぱりこれだけ引っ越しを繰り返してきたせいで同じ場所に半年以上いるとなんだか落ち着かない。ヤドカリは成長したらそのサイズに合わせて殻を変えていくらしいけど、僕の引っ越しもそんなものなのかしら。まぁ、引っ越しというのは意図的にするもんでもなくて、時が来たら自然とそうなるものなのかもしれないですね。

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