岡山県のある18歳が高校を2度中退し、時給850円で教育を変える挑戦をしている話

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それってすごくもったいないよね?


そう思うようになり、「M先生には申し訳ないな」と思いながらも、次第に学校を休むようになりました。


そんなとき

どうやら、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどの海外の高校では、

ディスカッションをメインとした授業を行うらしい。

という噂を小耳にはさみ、早速調べることに。

留学エージェント会社に手当たり次第電話をしたり、岡山にある留学エージェント会社に直接出向いたり、とにかく話を聞きまくりました。

そうすると、本当にディスカッションを柱に据えた授業が主流であるということがわかりました。


そして、ぼくは決めました。

「よし、海外の高校に行こう!!」

両親の承諾も得て、早速M先生のもとへ。


ぼく「先生、すいません。ぼく海外の高校に行きたいっす。」

M先生「やめとけ。英語ペラペラになるだけじゃ。頭はよーならん。(良くならない)」

ぼく「いや、頑張って頭も良くします! (←意味不明)」

M先生「まず、質の高いディスカッションができる英語力を身につけることからして難しい。」

ぼく「なんとかして頑張ります! (←勢いだけ)」


両者ゆずらない押し問答が続きましたが、結局最後はぼくが押し切る形でM先生を説得し、海外の高校に行くことになりました。

納得していないようだったM先生も、最後は温かく見送ってくれました。


そして、最後に握手を交わしたとき、

M先生に、こう言われました。


「お前、せめて偽物の本物になれ。本物の偽物にはなるなよ。」


オーストラリアに渡る


(シドニーは、ビーチがきれいです。オペラハウスだけじゃありませんよ!)


そんなこんなでオーストラリア、シドニーに渡ることになったぼく。

「ディスカッションをするには、高い英語力が必要」

そう考え、オーストラリアの高校に入るまでの間は、英語を必死に勉強しました。


そして、英語も勉強しましたが、それ以上に勉強したのが「おとな」

それまでは、「おとな=先生 / 親」でした。

まぁ、ふつう高校生なんてそんなもんです。

だから、当時持っていた「かわいげ」はゼロ。

そんなものなくても先生や親は面倒見てくれますからね。

だから、いろんな大人の方々と会うことで、少しずつ少しずつ、「かわいげ」を身につけていきました。(まだまだ身に付いたと言えるには程遠いですが...)


そんな感じで、「英語力」「かわいげ」の両方を身につけながら、オーストラリア生活を続けていたぼくは、約半年後オーストラリアの高校に無事入学しました。

ディスカッションできるだけの英語力が身に付いていたかは不安でしたが、それ以上に

「さあ、やっと楽しみにしていたディスカッションの授業!!」

という期待に胸を膨らませていました。



人生二度目の高校中退。


ドキドキとワクワクが半分ずつ混ざった気持ちで、高校のオリエンテーションを済ませ、いざ教室の中へ。


さあ、待ちに待った授業の時間!!!


最初の授業は、Society and Culture

「社会文化学!?おもろそー!!」

そう思い選択した授業でした。


教室で授業がはじまるのを待っていると、先生登場!!!

開口一番、

先生「はい、じゃあ班になってー。班になったら、

みんなの国では、どんなときにお祝いするのかを話し合ってー。

(一斉に話しだす)

友達A「えーっと、アメリカではサンクスギビングとかあるよ!」

友達B「スペインでは、◎△%#?○ (←聞き取れませんでした)」

友達C「あ、それフィリピンでもある! 日本はどんなお祝いあるの?」

  ぼく「あ、七五三とか???.... 」


.......ってレベル低っ!!!!

いや、ディスカッションはしてますよ。一応。

でも、そんなこと話し合ってどうすんの... orz

英語はペラペラになりますよ。でも、内容もペラペラじゃ、頭の中もペラペラになっちゃいますよ。


ただ、心のなかで「まあ、最初だからね。もう少し様子見てみるか。」と思う気持ちがありました。

そこで、2週間待ってみることに .....


(2週間後)


先生「はーい、じゃあ教科書8ページ開いてー。

そこの文面全部ノートに書き取ろっかー。

ぼく「えっ..... 」

生徒「.....  (カリカリカリ)

ぼく「いや、ちょっ、待っ...」

生徒(カリカリ)

ぼく「」



って、退化してるぅ〜〜〜。


これはさすがにやばい。教科書書き写すだけって、一体どこの小学校 ..... orz


「半年楽しみにしてきた授業がこれ....」

ぼくは泣きそうになりました。

そして、それと同時に、焦りだしました。


「このままでは、M先生の言う通り、頭すっからかんになってしまう...」


このとき、様々な考えがあたまの中を駆け巡りました。

「授業中はリスニングとスピーキングを鍛えて、あとは自分で本読んで .... 」

「高校では英語力だけ身につけて、知識は大学で .... 」


でも、やっぱり耐えられませんでした。この高校に居続けるのも。

だって、岡山県の高校を辞める理由だった

「ほとんどの授業の時間でワクワクできない問題」

は解決されてなかったんですから。


そして、こちらも中退することに....


もちろん、自分の中で葛藤はありました。

温かく送り出してくれたM先生に申し訳ないと思う気持ちもあったし、2度も途中やめにしていいのか?という思いもありました。

しかし、「英語はペラペラ。でも頭もペラペラ。」になるのが、一番M先生に申し訳ないと思いました。



そんな風に人生2度目の高校中退を決断したわけですが、先の葛藤とならんで、

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