フィリピン台風被害1年の後に、カトリシズムについて考えた

フィリピンに巨大台風が上陸し、レイテを中心に大きな被害を出して来週で1年が経とうとしている。そこで、政府より早く支援の動きを見せたのは、地元NPOをはじめとする草の根の人々だった。セブ市内では、翌日の早朝にはすでに支援物資集積のデポが設置され、食料や衣料品の山が瞬く間にできあがった。

市場で働く貧しい人々は日々の糧である野菜や果物などの商品の一部を、大学生は物資の仕分けや運搬に汗を流し、比較的裕福な人たちは車や船などの運搬手段を持てるネットワーク(つまりコネ)を駆使し手配した。

人々をこのような支援行動に掻き立てた背景にはカトリシズムがあったことはほぼ間違いなくて、フィリピン(というよりもその時に目の当たりにしてしまった世界)を理解するうえではやはりカトリシズムを知る必要があると感じた。何も、これは良いことだけではなくて、友愛の精神に満たされつつも、なぜこれほどまでに貧しく、社会的な不正義が放置されるのか。この根源にも確実にカトリシズムがあると思っている。

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先日「カトリック教会のカテキズム要約(コンペンディウム)」を読んでいると書いたが、その理由はこんなところにある。ここしばらく、すっかり宗教づいてしまって、大丈夫かと言われることもあるが、少なくとも規律と服従を求めるカトリシズムを理解することはできても、信じることはできないだろう。残念なことに、頭の中が捻じれている僕は、こればっかりは素直に受け入れることはできない。

ところで、このコンペンディウムという本、つまり何かというと、それは1962-65年にかけて行われた「第2次バチカン公会議」でまとめられた「公教要理」、つまりカトリック教会が定めた「正しい」教えが対話形式でおさめられているというものだ。

この「第2次バチカン公会議」は、第二次世界大戦からの復興を達成し、ますます現代化する社会において、カトリシズムが時代遅れの代物となり、人々の心が離れつつあるという危機感から招集された。そこで、教会の現代化(アジョルナメント)についての多くの議論がなされ、このコンペンディウムがカトリック教会の大改革のための青写真となった。

ちなみに、「第1次バチカン公会議」は1869年に招集され、普仏戦争によって中断するのだが、そこで確認されたのは、フランス革命後の近代社会の誤謬を糺すこと、教会・教皇絶対主義の再確認であったらしく、その時代錯誤的かつ反動的な姿勢には寒気を感じる。

だから、教会の現代化(アジョルナメント)を掲げたこの会議が大荒れだっただろうことは、足掛け4年に渡って行われたことだけを考えても、想像に難くない。そして、そこには十字軍時代の英国王リチャードのように信仰に燃える「獅子の心」を持ち、万難を排して教会の改革を唱えた人々がいたのではないかと思う。

とにかく、このコンペンディウム、読んでいてヒリヒリする箇所がいくつかある。

まずは冒頭に挙げられている「使徒信条」、ここでは三位一体説などが取り上げられているのだが、これは381年の「第1次コンスタンティヌス公会議」で確認されたことがらであるらしい。これによって三位一体に批判的な立場をとるアリウス派は異端とされ、徹底的に弾圧されるなんて話はすでに高校の山川出版「世界史」の世界。

何が言いたいかというと、現在のカトリシズムはこれまで21回ほど開かれた公会議での「正しい教え」の積み重ねの上に存在しているということ。それぞれの時代の公会議によって定められた「正しい教え」を継承し、少なくとも表面上は一貫し矛盾のない教えを「公教要理」として連綿と掲げていること。

前にも言った通り、これ以上の人間の知的営みはないだろうと思い、この知的営みによって、時として多くの血が流されたことを考えると、この「公教要理」が掲げる「正しさ」の追求は血まみれの歩みであったと言えるだろう。

次にヒリヒリする部分を一節だけ紹介する。

公教要理170 

問い:カトリック教会とキリスト教以外の諸宗教との間にはどのような結びつきがありますか。

答え:まず、全人類に共通する起源と目的から生じる結びつきがあります。カトリック教会は、他の宗教に見出されるものは、よいもの、真なるものであるかぎり、神から来るものであり、神の真理の輝きであり、福音を受け入れる準備をし、キリストの教会における人類の一致へと駆り立てることができると認めています。

これまで、一貫して「教会の外に救いなし」、つまりキリスト者でないものはすべて地獄に落ちる、としていたこれまでの「正しき」教えからすればコペルニクス的な転回、そして、「公教要理」におけるパラダイム転換がこの1文には込められているように思う。

キリスト教以外の宗教においても、よいもの、真なるものがあるとすれば、それはまさしくキリスト教的であり、(キリスト教における)神の真理がそこには顕現されているという解釈。これはこれまでの教理を固守する人々との論争の末に、編み出されたものだろうか。

多分に包摂的(あるいは我田引水的な都合のよい解釈)ではあるが、この解釈によってカトリック教会はこれ以後、「他宗教との対話」を積極的に展開していく。血塗られた公定教理が他宗教との対話のツールとなった瞬間であったと思う。

ところで、今日の午後、ある教会で、このコンペンディウムについての公開講義があるらしい。講釈者はカトリック東京管区の大司教。日本のカトリック教会の公式見解が部外者でも聞けるというのは、おもしろそうなので、行ってみようかなあと思っている。雨が降っているけども。

みんなの読んで良かった!

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