日本のカトリック教会の公開講座に参加した時の話

先日の書き込みの通り、カトリック教会の「カトリック教会のカテキズム要約(コンペンディウム)」公開講座に参加してきた。当日は雨だったが、年配の女性を中心に25名ほどの参加者があった。

入り口で名簿に記名すると、そこには所属教会を書く欄があり、〇〇教会とか△△教会とかみなそれぞれ自分が所属する教会を記しているようだったが、「ネットでの告知を見てきた」僕は空欄のままにしてその旨を伝えた。受付の女性は優しい声をかけてくれた。

「それはそれは雨の中、ご苦労様です。」

そして、カトリック東京管区の大司教の「カテキズム要約(コンペンディウム)」についての講義は、威厳を保ちつつも慈愛に満ち、神の大きな懐とその福音は私の魂を包み込んだ。私は今ここに救いの光を見出したことを確信し、今日以降の人生を信仰に捧げつつ生きようと決心した。

とは、ならなった。

もちろん東京管区の大司教は聖職者然とした知的で清廉な感じの人だった。でも、長い信仰生活の中にも悔恨と挫折があったんだろうかとか、まあ、そんな俗っぽいことを考えつつ、講釈を聞いた。

前半は、どんなミサでどんな聖歌を歌うのだとか、聖書のどんな節を詠みあげるのだとか、だいたいそんな話だった。儀式の挙行そのものが、信仰そのものと考えるカトリックらしい話だった。その厳格かつ詳細にわたり取り決められた「正しい」儀式を司るのが司祭であって、これが教会の権威を支えているのだろうか。これではマルティン・ルターでなくとも、反発したくなるのかもしれないと思った。

後半は大司教様が「臨時世界代表司教会議」参加のため、ローマのバチカンに「出張」されたとかで、その報告があった。前半の堅苦しい話とは変わって、打ち解けた口調で、バチカンの中にどんな建物があって、どんな人がいるのだとか、会議で隣に座ったナイジェリアの司教がこんなこと言ってたなどと、ざっくばらんにお話しくださった。そのたびに信徒のみなさんから微笑が漏れ、和やかな雰囲気で話が進んだ。

でも、この感じ、覚えている。

うちの実家は曹洞宗の永平寺の末寺の檀家で、お盆などはそのお寺の和尚さんが実家の仏壇の前に集まった親戚一同に説教をする。はじめのほうは、お釈迦様の有難いお話。後半は、和尚さんが永平寺に行ってきたときの話など。

「そういえば本寺(永平寺)の脇のイチョウの木が枯れてましてね。」

なんて、和尚さんが所要で永平寺に行ってきたときの話をする。なんかの法要で、永平寺のバスツアーなんかに参加したことがある親戚はその時の記憶を頼りに、本寺のことを思い出し、「へえー、立派な木だったのにね。」などと嘆息している。

つまり、これと一緒。

行くところが、ローマのバチカンでさすがにかっこいいなあ、と思ったけれど、話しているのはうちの実家での和尚さんの永平寺バナシと全く変わることがない。まあ、信仰のコミュニティというものは、結局、そういうものなんだろう。そこで、教皇様がこう言ったとか、ああ言ったとか、まあ、そんな話が出た。

しかし、その内容は、さすがに世界宗教であるカトリック教会だけあって、イチョウの木が枯れたとかではなくて、現在「イスラム国」の支配下で弾圧にさらされている中東の信徒たちの苦境であったり、同性婚(ちなみに、カトリック教会としては同性愛自体には何も問題はないという見解らしい。)について教会はどうあるべきかなど、極めて今日的な話題が披露された。

だがやっぱりその場の話の構造は、基本的に和尚さんを囲んで懇話会で、まあ、信徒さんの間ではこういう場も大事なのだろう。

だから、僕が「公開講座」であるがゆえに場違いにも期待した、遠藤周作顔負けのキリスト「復活」に対する疑念とか、カトリック教会と他宗教との和解だとか、過去の植民地主義下おける教会の悪行についての反省みたいな話などは一切なかった。もう信徒さんたちにはそういうややこしい話はいらなくて(あるいは、とっくに十分話し合っていて)、この場は大司教様との親睦が重要なテーマなのだろうと。

これもひとつの心穏やかな安らぎに満ちた場であろうけれども、ある意味、高度にコンテクスト化されたこの公開講座は、部外者にとってはそれほど魅力的な場という感じはしなかった。そんなものだろう。まあ、しかしカトリック教会がそんなに熱くても逆に怖いだろうし。

 とりあえず行ってよかった。こういう分野が違う集まりに行くのは良い刺激になる。

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