鮭と自分の大切な思い出

昨日11月11日は、鮭の日でした。


鮭という漢字のつくりの部分が、十一が二つあるからですね。


鮭というと僕の幼少期の思い出が思い出されます。



僕は小学校6年間、ある一級河川の美しい川の脇を通って通学しました。


その川は水が透き通っていて綺麗で、夏には川に入って泳いで遊び、綺麗な石を探して集め、水生生物を獲り、鮎釣りをし、鳥のさえずりを聞き、葦で秘密基地を作り、、、


小学生の僕にとって、友達と遊ぶよりも、ゲームやスポーツをするよりも、愛し、大切な存在でした。


しかしその中でも一番僕に影響を与えたのは、この川に遡上してくる鮭でした。


毎年秋に、3〜4年前に自分の手で放流した鮭が戻ってくるのを、橋の上から覗いて見る時間が本当に好きで、時間を忘れるほど熱中していました。



この川の鮭は、太平洋で2000kmもの期間を過ごし、成長したのち、河口からおよそ200kmもの距離を遡上してきます。


遡上してくる間は、自分が餌を食べることもせずに、ただ一つの目的を果たすべく、川の流れに逆らい、身が削れたとしても、ひたすら上り続けます。


その目的というのは、他でもなく、産卵です。


僕が通っていた場所はちょうど鮭たちが産卵するポイントで、鮭の夫婦が寄り添って産卵しているシーンもよく見かけました。


そして産卵を終えた鮭は、静かに川底に横たわります。


産卵の時期が過ぎると、川には多くの力尽きた鮭が眠っています。


その姿を近くで見ると、その体は遡上してくるときに石で削れたあまりにもボロボロな姿がありました。



こうやって生まれてくる命は、本当に尊いなぁ、こんなに命をかけて産んでくれた両親は美しいなぁ、と思っていました。


これと同じく、自分を産んでくれた両親に本当に感謝したいし、自分もひとつの目的のために身を削り、命をかけて行う、かっこいい人間になりたいと思いました。

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