初めて家族を失って思うこと

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「お前ら(兄弟)が病気やケガをしたらお母さんが大変になる!」

「オレはお母さんがいないと生きていけない」



ということ。

すべては話し相手になってくれるお母さんのため。


(ああ、この人は妻も子どもも、孫ですら信用してないんだな。

 この人にとってはお母さんがすべてで、他はどうでもなんでもいいんだな。)


そんなじいちゃんの発言を聞く度に、

僕は心も身体もどっと疲れました。



(こんな迷惑なクソジジイ、マジでとっとと死ねばいい。)



そんなことを本気でずっと思っていたし、

仲の悪い家族とそれを見せつけられるストレスから

僕は大学進学で一人暮らしを始めるまで

とにかく実家から離れたくて離れたくて仕方ありませんでした。



・・・


「(人生)お疲れ様でした。」


死んだじいちゃんを前にして出てくる言葉はそれだけで、

特に涙がでるわけでもなく僕はじいちゃんの顔を見続けていました。




翌日。



葬儀の準備やら、親戚の人達との会議やらで父はてんやわんや。


じいちゃんは8人兄弟の長男?で親戚が多かったり

部落という近所の集まりの決まり事の確認などで

ひっきりなしに家に人が入ってきていました。


実家を離れて近所付き合いについてわからない僕は特に何もできず、

父が消耗していくのを見ているばかりでした。



香典返しの準備。


葬儀の段取り。


不確定な参加者のための弁当などの準備。



雰囲気だけでやたら疲れる数日が過ぎ、

何もしていないくせにヘトヘトになって寝る日が続きました。


そして家族だけでの仮通夜が終わり、葬儀の日。


前日にいとこと妹が「棺に手紙を書いて入れよう!」という話をしていて

妹に「書きたかったら書いておいて」と言われましたが

言葉が出なかった僕は特に何も書きませんでした。



そして通夜が終わり、告別式。


滞りなくスケジュールは進みましたが、

その後火葬し、遺骨を拾うのは少し気分が悪くなりました。


そしてお骨拾いも終わるとお墓へ移動して骨を納め、

再度式場に戻って参加者との食事会。


それも落ち着いて、親戚や地区の決まり事が多かったからか

5日にも及ぶ葬儀のもろもろがようやく終わって家族で家に戻りました。



家についたのはたしか夜7時頃でしたが、

みんな疲れていたのか夜9時にはみんな寝ようということに。



そんな中、なんとなくモヤモヤが残っていた僕は

ちょっとした二世帯住宅のようになっている実家の

築70年になる古い方の家の居間に向かいました。


するとそこにはばあちゃんがいて、

ばあちゃんも寝るために布団を敷いているところでした。



そしてばあちゃんは僕に気付くと、


「おお、しんちゃん、お疲れ様。

 わざわざ仕事休んで帰ってきてくれてありがとね。

 これ、少ないけど足しにしてがんばってね。」


と言って僕に1万円を渡してきました。

「いやいや、オレなんもしてないし、そんなんいらないよ。」


そう言って1万円を返そうとしましたが、やめました。



じいちゃんは89歳で亡くなりましたが、

ばあちゃんももう88歳。


以前よりだいぶ歩けなくなっているし、

たまに実家に帰った時もずっと部屋でテレビを観ている。



そんなんしててもヒマだろうにと思って

僕が「新しいことでも始めたら?」と言って

ムリヤリ僕のパソコン触らせてみたりしましたが、



「そんなのわからないから触らなくていいよ。」

「よくわからないで触って壊しちゃったら大変。」



と言って、僕がその場で「あいうえお」の打ち方を教えたあとは

ばあちゃんはパソコンに触ろうとはしませんでした。


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