初めて家族を失って思うこと

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 話せばわかるのに、何にも話そうとしない。」


質問に対する答えとしては少し変でしたが、

ばあちゃんの言う言葉の中身は孫の僕から見てもはっきり感じていました。




聞いた話では昔、僕が産まれる前に

ばあちゃんが茶碗によそったご飯を

じいちゃんがばあちゃんに投げつけたりしたことがあったそう。


ばあちゃんがじいちゃんのお茶を汲んで渡しても

じいちゃんはいつも嫌な顔をして、蔑んだようにばあちゃんを見てから受け取る。

(受け取らないことのほうが多い)


それを目の前で見て感じの悪さにムカついた僕は

『「ありがとう」は?』とじいちゃんに詰め寄り、

僕は黙りこんで目を伏せるじいちゃんに

何度も何度も『「ありがとう」は?』と

ばあちゃんへのお礼を強要したこともありました。



それでも、じいちゃんの返事は「堪忍してくれい」。



その時は僕も苛立っていましたが、別の場面で、責めるでもなく普通に

ばあちゃんのどこが嫌いなのかを聞いた時も



「話したくねぇんだ。勘弁してくれい。」



と言われ、結局いつも「もういいや」と諦めて

ずっと2人の仲が悪い理由を聞けずにいました。




まぁ、いまさらそんなことを深堀してもしょうがないし、

ばあちゃんも葬儀もろもろで疲れてるのに

それ以上深く聞くのも悪いと思ってその話題はやめました。




・・・




言葉がなくなった僕はふと、ばあちゃんの四畳半の寝床を見渡す。

タンスが2つに押入れのある畳の部屋。



(ああ、そういえば昔はじいちゃんもこの部屋で寝ていたなぁ。)



いつまでだったかは憶えていませんが、

昔はじいちゃんとばあちゃんはその四畳半の部屋で一緒に寝ていました。



だけどいつからか、

じいちゃんはばあちゃんの隣で寝るのが嫌だからか

隣の部屋で寝るようになりました。



そんな、昔のことをふと思い出す。



そして、20年くらい前は僕自身も

ここで2人と一緒に寝ていた事もあった。



(ここで寝るときはいつもじいちゃんのラジオを聴きながら寝てたっけ。)



昔一緒に寝た時の笑顔だったじいちゃん。



20年前のじいちゃんはトラクターを動かして、

田んぼで作業したり苺も作ったりしていた。


20年前のばあちゃんは自転車に乗って、

僕が通っていた中学校近くの畑で色んな野菜を作っていた。


今日、じいちゃんは骨になって墓の下に納められた。


今日、ばあちゃんは杖をついても歩きづらそうで、

じいちゃんの骨を納める墓へのなだらかな坂道でさえ歩くのがいっぱいいっぱいだった。



昔の思い出と今日の出来事がリンクして、色んな気持ちが込み上がってくる。

僕は堪えられず、ばあちゃんの前で泣きだしてしまいました。



この5日間、人前で見せなかった涙。


実は実家に帰った初日だけ、

募り積もった積年の恨みをぶつけてやろうと

深夜こっそり寝ているじいちゃんの前に座り込んで

心のなかで文句を言いながら1人で泣いていました。



また、お父さんが喪主の挨拶で泣きそうになっていた時、

僕もつられ泣きしそうでしたが我慢しました。



僕は、人前で泣くことができない。



人前で泣くのは恥ずかしい。

カッコ悪い。

弱さをみせたくない。



そんな思いがどこかにある。



だけどばあちゃんの前で泣いた時はどこか冷静な自分もいて、

人前で泣きたくない反面、そんな弱い自分を知ってほしい自分もいたことに気付きました。



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