あなたを選ぶ新人作家のストーリー

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(折角、梳かしてたのに。今朝の努力がムダじゃない。)
 


乱れた前髪を整えて、念入りに髪型を確認する。


ニコリとはにかんでから、うんと頷くと、手鏡をポケットに放り込んでいた。



(良かった。髪も大丈夫みたい。)
 




安心したのも束の間、ホームに電車が滑り込んで来る。
 


一斉に動き出す人の波。


ベンチに腰掛けていた人も、自動販売機にもたれていた人も、全員が電車の扉の停止位置へと駆けて行く。
 それは結菜も同じだった。


階段の近くにも扉の停止位置がある。けれど、それだと大樹とは同じ車両にならない。


人の波をかき分けてでも、大樹と同じ車両に乗る事、それが今の結菜の全てだった。
 




電車が停まる。扉が開く。



降りて来る人を待っている大樹の姿がそこにある。


手が届きそうだけれど、絶対に届かない場所にある。



(おはよう……って言ってみようかな?うぅん、ダメ。そんな事をして、もし迷惑な顔をされたら、もう明日からはこの電車に乗れない。)
 




うつむいている間に、周りの人が動き始める。


押されるようにして、結菜も電車に乗り込んでいた。
 




電車の中では大樹が友達と話していた。



(いつもみたいに扉の所に――)
 




乗り込んで来る人を避けるようにして、結菜が扉の側に立つ。が、いつもよりも乗る人が多い。




次々と乗り込んで来る。



(ウソ……このままだと、中まで押されちゃう。)



乗り込んで来る人の波に耐えられず、結菜は車両の中まで押し込まれていた。




そして、気付けば、大樹と背中合わせになっていた。



(心臓のドキドキが聞こえちゃう……。)
 




表情が強張る。吊り革を握る手には、緊張からじっとりと汗が滲んでゆく。
 


ゆっくりと電車が動き出す。と、ちょっとだけ大樹の背中にカバンがぶつかった。



(あっ……。)





 けれど、大樹は気付いた様子はない。背中合わせに聞こえる声は、友達との会話に集中しているよう……小さく息を吐いて、背中越しに様子を窺う。
 




どうやら、大樹と友達は昨夜のテレビ番組について話しているらしい。時折、笑い声も聞こえてくる。
(その番組、私も見てた!私も見てたって言いたいけど……。)
 




ちょっと振り返るだけなのに、それができない。




私も見てたよ……その一言が口から出せないのだった。





こんなに簡単な事ができない。大樹を前にすると、何もできない。


緊張で上手く話せないのは、きっと大樹の事が凄く好きだからに違いない……結菜は確信していた。
 




映画なら、最後にはハッピーエンドが待っている。


それが分かっているから、主人公が何もできなくても、イライラも、ドキドキもしない。ドラマでもそうだ。結局は、ハッピーエンドばかりだから、羨ましいとも思わない。
 




けれど、現実は違う。バッドエンドで終わるのが目に見えている。


少なくとも、自分はそうに違いない。





(せめて……もう少しだけでも良いから、可愛かったらなぁ。)
 


叶わない望みが脳裏を過ぎる。
 




結菜の複雑な思いとは裏腹に、大樹は楽しそうに会話を続けていた。


そして、電車が停まると同時に、彼らの会話も止まった……。
 







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