あなたを選ぶ新人作家のストーリー

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扉が開き、数人が降りると、同じくらいの人が乗り込んで来た……その中の一人が、大樹の方へと近付く。
 結菜と同じ制服の少女。


名前は知らないけれど、大樹とは顔見知りらしい。時々、同じ電車に乗って来て、親しそうに話している姿を見ている。




大樹と同じ時の中にいるようで、少しだけ羨ましい。
 


図らずも、結菜は顔を背けていた。
 




案の定、大樹に近付いた少女は、ポンと大樹の肩に手を乗せて、



「おはよう。昨日のアレ――」



「あぁ、見た!面白かったよな。」



 結菜の言えない言葉を簡単に言う少女。




もう何ヶ月も考えるだけの会話を、少女は普通にこなしていた。



(私がこんなに頑張っても言えないのに……。)
 


結菜は、グッと奥歯を噛み締めていた。
 




それからは、ずっとうつむくだけの時間。


大樹の温度を感じていても、ずっと遠くにいるような、一人ぼっちで寂しいだけの時間。
 




少女の代わりに自分がなりたい。


でも、たった一言が言えないのだから、少女になり替わるなんて事は絶対にできない。


いくら望んでも、教室以外では同じ時を過ごすのは無理に決まっている。






自分には手に入らない世界……。
 


結菜が諦めにも似たため息を吐いた時、電車は学校の最寄り駅に着いていた。





☆   ☆
 




昼休み。
 




外は雨が降っている。だから、教室の中は生徒が溢れている。


けれど、この空気は嫌いじゃない。



(だって、男子も教室で遊んでるから……。)
 




机の中から読み止しの文庫本を取り出して、静かに開いた。



内容なんて、どうでも良い。ただ、本を読んでいる振りさえしていれば、教室で騒いでいる大樹の様子を窺っていても、変に思われない。
 




少しだけ目を閉じて、大樹の声に耳を澄ます。
 




騒いでいる。何かゲームでもしているのだろうか。


どこか興奮したような声が聞こえてくる。
 




目を開いた。文中の『恋』と言う文字にドキッとする…


…慌てて、次のページをめくっていた。
 






しばらくすると、ふっと誰かが近付いて来た。隣に座って、



「――結菜。今、ちょっと時間ある?」



「茉莉花……。」





泉野茉莉花とは仲は悪くない。けれど、彼女の振る舞いはまるで女王のようで、あまり好きじゃない。イジメではないけれど、後々のためにも揉め事は避けたい感じ……。
 




そんな思いが顔に出ていたのか、茉莉花は少しだけムッとした様子で、



「何?私が話し掛けると迷惑?」



「う、うぅん。そんな事は――」



「じゃあ、私たちと一緒にゲームしない?雨だから、退屈してるの。」
 


茉莉花は目の前で紙切れをチラ付かせていた。
 




周りには、クラスメイトが数人いる。仕方なく茉莉花に付き合っているのか、一様に表情が硬い。



(断れそうにない……かも。)
 

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