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14/12/7

絵本は心の拠り所 その5

Image by Olia Gozha

講演会

 ある日,私のもとに一本の電話がかかってきた。それはある出版社からだった。私が絵本の読み聞かせを続けていることを聞きつけ,私に講演をしてほしいというのだ。

 私は突然の話に混乱した。そもそも読み聞かせは,私が進んで取り組み始めたのではない。私には確たる信念があったわけでも,綿密な計画があったわけでもない。図らずもそれまで子どもたちから本を遠ざけてしまっていたことを反省し,子どもの傍らに本が存在するように,子どもの心から遠くはなれてしまっていた読書の愉しみを取り戻すために,他の何も手段のない私がすがったのが,絵本の読み聞かせだったのだ。

 子どもたちは顔をほころばせ,読み聞かせの時間を心待ちにするようになっていた。その様子は参観日に我が子を見に来た母さんたちを驚かせもした。次第に,絵本の読み聞かせの専門家のように言われ始めていた私は,大きな違和感を抱えていたのだ。

 私が浮かぬ顔をして職員室の自席に座っていると,同僚が声をかけてきた。

「どうした? 困ったことでも?」

「いや,大したことじゃないよ。絵本のことでさ…」

「おっ,またなんか,新しいことでも考えついたか?」

「出版社から,講演会の依頼が来ちゃってさ…」

 同僚は驚き,祝福してくれた。良かったじゃないか,すごいじゃんと,喜んでくれる彼に向かって,私はそれ以上の話をすることができなかった。

 その会話に加わってきたのは,事務職員だった。

「先生,講師謝礼は2万円までだったら大丈夫ですよ。副業にならないから。」

 私は苦笑するしかなかった。謝礼のことなんて,どうでも良かった。私自身に,講師になんてなる資格はないんだっていうことが重要だったのだ。

 しかし私はその言葉を喉の奥に押しこめ,嚥下した。しかたがないのだ。職場では私は絵本に詳しいと思われているのだから。でも本当は,そうではなかったのだ。


 私はつかれた体を引き摺りながら帰宅した。玄関で靴を脱いだ私は,すぐ寝室に向かう。教員住宅の小さな一室を寝室にしていたのだが,その壁面には天井まで届くほどの高さの書棚が立てかけられていた。私は鞄から,今日読み聞かせが終わった絵本を取り出し,書棚に押し込んだ。そして数分間じっと考えた末に翌日の分を選び取り,すぐ鞄にしまいこんだ。

 家族で夕食をとろうとしたその時,電話がかかってきた。出版社からだった。私は依頼を断ろうと受話器を持ったのだが…

(つづく)

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