【短編小説】ある夏の昼下がり。


私は今、少女を見ている。

金髪のロングヘアをなびかせ、水色のワンピースを着ている。地中海の沿岸で育ったような小麦色の肌と青い瞳。

その少女は自宅だが、ペンションだか知らないが、窓際に立って外を眺めている。

笑顔ではないが、どこか希望にあふれた顔つきで窓の外を見ている。

どんな景色を彼女は見ているのだろう。

夏の海であろうか。

それこそマリンブルーの地中海が真夏の大陽の光を受けて、きらきらと水面をゆらしている光景に彼女の視線は注がれているのだろうか。

誰もその光景がどんなものなのか知ることは出来ない。

描かれていないその先は少女とその作者しかわからない。


私はコーヒーをすする。

かれこれ私はもう三十分はこの少女の絵を見ている。

少女は相変わらず動かない。

彼女も目の先に広がる光の光景に見とれているのだ。


窓。



この世界にはたくさんの窓があって、たくさんの景色がそこにある。

私の書斎にある窓。

晴れた日には富士山が中央に見え、その周りには新緑の木々が揺れる。

都会の電車の窓。

建て並ぶファッションビルにオフィスビル。その間を車が縦横に走る。

飛行機の窓。

青い空のキャンバスの下に白い雲が広がる。

そう、雲の上の空は青いのだ。

チベット民族が住むゲルの窓。

緑一色の芝生のカーテンが遠方に連なる山々へ伸びている。

世界一高いビル、ドバイのブルジェハリファの窓。

眼下には超高層ビル群がまるで模型であるかの様。

神様にでもなった気分だ。

独房に開けられた窓。

鉄柵がしかれた長方形から差し込む光は何にもまして輝いている。

私は足を組みかえる。

妻がすでに飽きたらしく、私の座るソファの横で目をつむっている。


少女は座らない。

立ったまま窓の外を眺めている。

もう二度と同じ光景を見ることはないと言わんばかりに。


私にももうこの先、見ることのない景色がある。

中学校の教室の窓。

直径二百メートル程のグラウンドで生徒が体育の授業を受けている。

ディズニーランドにそびえるシンデレラ城の窓。

映画に出てくるような町並み、自然がそこには見える。子供が生まれたらもう一度その窓を覗けるのだろうか。

いや、それでも同じ景色ではないであろう。

まだまだ見ていない景色もたくさんある。

それは想像を超えるものであってほしいと願いたい。

見る以前から知っていた世界を見るのではなく、見たときに始めて認識する世界。

そんな窓があるといい。

いやまだまだたくさんあるはずだ。


閉館の鐘が鳴っている。

そろそろ行かなくては。

隣で私の肩に頭を預ける妻には申し訳ないがその重たいまぶたを開いてもらおう。

そんなことを、夏の昼下がり、都会の美術館の中ある絵画の前にふと、思う。

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