女子大生が世界一周を仕事にする話「【ラオス】ここで、働かせてください!」

1 / 2 ページ

前話: 女子大生が世界一周を仕事にする話「【ベトナム】トラブルだらけの旅の始まり」



 ラオスという国のことは、東南アジアを放浪してみようかな、と地図を広げて初めて名前を知った程度でした。たまたま、ベトナムを北上してタイヘ行こうとした私が通るべき道にその国はあっただけでした。東南アジアの中でも特に貧しい国であるはずのラオスには、どうやら私たち平成生まれが知らない「たいせつなこと」がたくさん転がっているようです。今の日本が失ってしまった何かが、ラオスにはまだ残っているような気がしました。





■それは「ピー」の仕業


 ラオスへの入国は、ベトナムのフエからバスに乗ってでした。夕方もう間も無く日が暮れる、という時間にサワンナケートという街の隅にあるバスターミナルに降り立ち、ベトナムで散々戦ってきた


「タクシー!タクシー!」


という積極的すぎる客引きを覚悟していた私は完全に肩すかしをくらったのです。客引きどころか人が全然いない。バスターミナルの横の、コンビニと呼ぶには少し品揃えの心もとない小さなお店も閉まっている。バスターミナルから外に出て、一応予約しておいた宿を探すのですが、道の両脇のお店がどんどんシャッターを降ろしていく。宿までの道を聞こうにも人がいない。

 

 なんせベトナムでは、どこへ行っても英語か日本語であれ買えここ行けヤスイヨヤスイヨオネエサン!もう嫌だうるさいお願いだからほっといて!ってなるくらいだったのに今やあの客引きすら恋しい。


 あたりがどんどん暗くなり道から突然現れて吠え掛かる犬に怯えながらなんとか辿り着いた宿でもほとんど英語が通じず単語でギリギリ理解する、言葉のキャッチボールというより言葉の1000本ノック。これか?これか?これならわかるか?とある意味語彙力を試される練習を繰り返し、なんとか部屋の鍵をもらったものの、明日からどうしよう、と不安は募るばかり。


 それでもお腹だけは空くらしく、地球の歩き方に載っていたカフェへ行きました。また英語が通じなかったらどうしようかとドキドキしながらお店に入ると、そこだけ東南アジアではないようなお洒落な空間が、暗闇の中にぽわっと灯る優しい明かりに包まれ、ぽつりと存在していました。どうもここのオーナーさんは顔が日本人みたいだなあ。ラオス人と日本人は顔が似ているのかしらとか思っていたら、「日本人ですか?」とやたら流暢な日本語。なんとオーナーさんは日本人でした。


 メニューもいろいろあったのですが、安心感からか頼んでしまいました、冷やし中華。懐かしい日本の味、そして日本語、日本人。英語が通じないと分かった瞬間の不安などどこかへ吹き飛び、明日もこのカフェ来よう!と決めたところで、


「今日で終わりなんです。」


という残念すぎるお知らせ。お店のオーナー兼店長だったけれど、お店の利権を売ってしまう、とのことで図らずもある意味最後のお客さんになった私は、お店の片付けが終わったあとに一杯飲みに連れて行っていただき、次の日日本に帰るために乗るというバスの時間までサワンナケートを案内までしてもらうというラッキーガール。自分の運の良さと店長さんの優しさに心から感謝したのでした。



真ん中をこすって良い音が響いたら幸運が訪れるんだって。


 この店長さんに、これからビエンチャンへ行くと伝えると、それならぜひ行ってほしいカフェがある、と。そのときに紹介していただいた場所に、ちゃっかり住み込むことになろうとは、この時誰も予想していなかったことでしょう。もちろん、私も。



 さて、サワンナケートの観光を楽しみ、店長さんにお礼を言って宿に戻ると、






部屋の窓割れてました。(左上)




 何なんですか。ベトナムのバスといい今回といい、私はそんなにガラス運がないのですか。慌てて部屋に入ったけれど、部屋の中は特に荒らされたりしている様子もなく、荷物も全て無事でした。それでも驚きのあまり部屋で呆然と立ち尽くす私のところにのらりくらりとやってきた、宿のスタッフの一言。


「どーする?部屋変える?」



…むしろ変えないっていう選択肢はあるんですかね?!?!??!?!?


「っていうかなんで窓割れてるのかなあ?」


「あー…Something.」


…そのSomethingが知りたいんですけど。



 もちろん部屋は変えてもらい、荷物も全部移してほっと一息。あとから聞いたところによると、多分ラオスで昔から言い伝えられている「ピー」という妖精?の仕業って言いたかったんじゃないかと。さらにこのときはなんでこのスタッフこんなにのんびりしているんだ!!!!!ってツッコミまくりだったのですが、こういうのんびりなラオスの人たちの中でしばらく生活することになり、最終的にはラオスがめちゃくちゃ好きになった私。笑




 








■「ここで…働かせてください!」



「いいよ。」


こうしてラオスの首都ビエンチャンに、わたしは二週間住み込みで働くことになりました。


 話は前日に遡ります。サワンナケートからバスに乗り、早朝にラオスの首都ビエンチャンに辿り着いた私は、1日街をぶらっとした後、やっぱり気になっていた日本人のご夫婦が経営しているというカフェに来ていました。閉店間際だったこともあり、お客さんはほとんどおらず、ちょっとドキドキしながらオーナーさんに話し掛けると、とても丁寧にラオスのことや自分たちのお話をしてくださったのです。




久々に食べたデザートは、最高に美味しかった。



 さて、そろそろ宿へ戻ろうかと思っていると、そこへやってきた日本人の男性グループ。常連のお客さんだったらしく、閉店時間も過ぎているのに、きっと月に何回かの恒例になっているであろう閉店後の在住日本人の集まりにひょっこり混ぜてもらえることになりました。


 さらに2人、在住の日本人の方は増え、日本に住んでいたら出会えない生き方をしている大人の話をたくさん聞くことになったのでした。そこで私は自分が旅に出た理由を語ると、ふらふらするよりここに一ヶ月くらい住んでみたらいいのに、うちの4階今空いてるし、住んでもいいよ、なんていう言葉がオーナーのご主人の口から飛び出しました。







 こんな有難い話は乗るしかないけどお酒の席でもある。食べてしまいたいけれど今ここで食べるより明日になってからのほうがおいしいかもしれない、余ってしまったカレーのような気持ちを抱えたまま宿に戻り、なかなか眠れないまま、余った具をかき回して形が溶けてなくなってしまうくらいドロドロになった頭の中を一晩寝かせて、おいしくなあれおいしくなあれ…


 次の日お昼の営業時間が終わる頃に再びそこへ出向いた私は、注文したチキンサラダの味もわからないくらいの緊張と一晩寝かせたカレーを、じゃなかった、かの有名な映画で聞いたような台詞を並べてオーナーのご夫妻にここで働きたいとお願いしたのでした。








 そこから一旦ビエンチャンを離れ、ルアンパバーンへ観光へ行った私の頭の中にはずっと、そのカフェで働くことでいっぱいで、1泊してすぐにビエンチャンに舞い戻った私は早速そこで朝の仕込みとお昼の営業を手伝うことになりました。夜の営業の間は、せっかくなんだからビエンチャンにいる人たちに会ってきなさいと自由にさせていただいたので、二週間の間に在住の日本人の方々にラオスでもとてもお世話になりました。


 肝心のお仕事のほうは、スタッフの女の子たちはみんなラオス人だったこともあり簡単なラオス語レッスンをしてもらいながら、不慣れな手つきで仕込みを手伝い、営業中は日本人でないお客さん相手に今度は英語を使ってのお話。週末には夜のスタッフの女の子と英語を使ってラオス語日本語勉強会。




 体力よりあれこれ考えて毎日脳みそがクタクタ。それでも自由な時に自由に振る舞ってきた旅の中で「すべきこと」がある毎日は、違った意味でとても充実していて楽しい毎日でした。







 実際にラオスに住んで飲食店を始めて、いろいろ大変だったことや面白かったことなど、毎日お昼ご飯を一緒に食べながら話す時間が本当に好きでした。それにオーナーのご夫妻がお互いにとても相手を思いやっていることやお客さん、スタッフ、ラオス、お店に関わるすべてのことへの愛情が日々伝わってきて、私はなんだかとても幸福な気分だったのです。

著者の山口 夏未さんに人生相談を申込む

著者の山口 夏未さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。