南十字星の輝く島で。落下する夕陽にたましいを救われた女性の話。

ここではないどこかへ。

あの頃わたしは、とても疲れていた。
仕事にも恋にも、人生にも。

自分が何者で、何をしたいのか、何のために生きているのか。
そんな若者らしい苦悩を抱え、自分のなかでひりひりした情熱を持て余し、現実という海のなかをもがき、さまよっていた。

「どこか遠くに行きたい」

完全なる現実逃避。ここではない、どこかへ行きたかった。
でも海外では荷が重すぎる。わたしがしたいのは、自分の内面を見つめなおすような旅だ。海外でがつがつ歩きまわるのではなく、どこか知ってるような、知らないような場所で、何もせず空っぽになりたかった。

「日本の、いちばんはじっこに行こう」

そう思い立ち、ひとり旅に出ることにした。沖縄だ。

沖縄を嫌いなひとなんて、いるのだろうか。自然は美しく、食べ物は美味しい、人は優しい。でも、私が選んだのはそういうみんなが知ってる沖縄ではなかった。もっと、端に行こう。そう思った。

日本最南端の有人島、波照間島(はてるまじま)。

なんてきれいな名前の島だろう。照らされる波の間に浮かぶ島。辿り着く前から恋してしまいそうな響き。沖縄へ一度も行ったことがないのに、本島を飛び越しての八重山諸島だ。さらに、有名な西表島、竹富島も飛び越して、わたしは波照間島へ行くことに決めた。

誰でも一人や二人、まわりに沖縄に行きまくっている友達がいるのではないだろうか。私のまわりにも、すっかり離島めぐりにハマっている友人がいて、波照間島も行ったという。どんな島?と聞くと、

「何もないよ。二泊以上はやることなさすぎてキツい」

とのお言葉。そんなに退屈なのかとちょっと迷ったが、彼の忠告を無視して四泊することにした。しかも真夏は避けて、11月に。

「沖縄初めてで、波照間島だけに四泊するなんてありえない」

と、沖縄通からすると間違ってる、と散々言われた。いいのだ。忙しく動き回る旅も楽しい、元気なときは。でも、今のわたしは、ゆっくりじっくり、旅を身体に取り入れたいのだ。「色んなところを旅行してきました」というフェイスブックで報告出来るような事実が欲しいのではない。それより、旅が旅を超えて、日常のわたしに溶け込んで、空気となって身に纏えるような、そんな旅がしたいのだ。

きっとわたしを変える旅になる、そんな予感がしていた。



何もかも、新鮮。

今思えば、沖縄を何も知らないままあの島へ行ったのは大正解だったと思う。見たことのない造りの低い家並み、道端に咲き誇る鮮やかなブーゲンビリア、おまわりさんのいない無人交番。少し散歩に出ただけで、何もかもが新鮮だった。いや、むしろ新鮮を通り越して、すべてが斬新だった。

宿は一泊2000円程度で、相部屋。共同で使うテラスリビングには、飲み物や各自のコップなどが置いてある。色んなバックグラウンドの、色んな年齢の人々が(といっても大半は若い20〜30代が多かったけど)思い思いに過ごしていた。夜はその日とれたてのお刺身と、手作りのお豆腐が出るので大人気の宿だった。沖縄では「ゆんたく」といって、知らない者同士でもひとつのテーブルを囲み、食事をする。お酒を持ち寄る人、三線を披露する人、踊りだす人。皆陽気で、笑いの絶えない食卓になる。それにハマってリピーターになる旅人も多い。

ひと通り自己紹介した後は、お酒が入ったこともあり、かなり打ち解けた。10人くらいでゆんたくをしていただろうか、男女比は半々くらい。飲めや、歌えやのあと、誰かが「星を観に行こう」と言い出し、宿から懐中電灯を借りて、皆で街灯のないところまで散歩した。そして全ての灯りを消すと、頭上には見たことのないほどの、満天の星がまたたいていた。皆が歓声をあげる。誰からともなくコンクリに寝転び始めた。そして、誰も話さなくなり、沈黙が私たちをそっと包んだ。


夜空には、何度も何度も流れ星が流れた。十五秒に一回くらいの頻度だ。ふつう、星空がくっきりと見える場所では、あんなにも流れ星が流れているものなのだろうか? 東京しか知らない私には、驚愕するほどの星の数で、ただただ圧倒された。そして、ふと疑問に思った。もしかしていつも見えないだけで、東京の夜空にも、実はたくさんの流れ星が流れているのだろうか? だとしたら、都会に住んでいる私たちは、どれほど間近にある美しい奇跡を見る機会を奪われているといえるのだろうか?


落下する夕陽。

波照間島には、日本一美しいといわれるビーチがある。ニシ浜というのだが、漢字で書くと「北浜」だ。海に入ると色とりどりの魚が見られて、シュノーケルを楽しめる。その美しい青色は、ハテルマブルーと呼ばれている。




島では、なぜか皆が日がのぼる時間と、落ちる時間を気にしている。早起きして朝日を観に行くひと、日が落ちる時間に合わせて美しい夕焼けが見られるスポットに行くひと。日常生活では、さして主役にならないであろう太陽を拝むためにそわそわするのも、島の楽しみのひとつだ。

かくいうわたしも、人生で太陽の上り下りを気にしたことは一度もなかった。ゆっくり海に落ちていく夕陽を眺める、なんていう経験もなかった。都会で寝る間も惜しんで働いているわたしには、そんな暇もないし、そんな余裕もない。

だから、夕陽を眺めるということがイベントになっているという非日常感を、私は楽しんでいた。宿で仲良くなった友人二人と、ほとんどの人が夕陽を観に行くニシ浜を避けて、断崖絶壁の秘密の場所へ移動する。もうあと十分くらいで沈むというのに、友人たちは崖の下の方へ移動し、海を間近に見たいという。わたしは崖の上でひとり夕陽を眺めることにした。



太陽はじりじりと輝きを落としながら、高度を下げていく。

美しく光っていた波間にだんだんと陰が忍び寄り、海の表面に真っ黒なインクが落とされていく。沈みゆく太陽からは一筋の光の道が、まっすぐに示される。

とげとげしかった昼間の光が嘘のように、輪郭を失った太陽は、空をいっとき真っ赤に染め、そしてその色合いを時間とともに薄れさせていく。うっすらと雲の輪郭を光らせながら。

気が付くと、わたしは泣いていた。

なんだってこんな当たり前の、毎日毎日いやっていうほど繰り返されている太陽系の出来事に、今まで気づきもしなかったんだろう、と思いながら。太陽がのぼり、そして落ちていくという、いわば地球の根源とも言えるほど当たり前のことに、わたしは最高に感動していた。心を動かされていた。

ままならない人間関係。ままならない仕事。走っても走ってもゴールテープの見えない短距離走のような都会の生活に、人生に、わたしはじりじりと侵食されていた。こころが疲れきっていた。それでもこの競争から、逃げることは許されないのだ。辛かった。「いつも明るくてノリのいいTommy」の笑顔の裏側に、傷つき疲れ果てた自分がいた。わかっていた。わかっていて、どうすることも出来なかった。自分を、大海原で錨とコンパスを失い、漂流する船のように感じていた。

でも、どうだろう。

自分に何があっても、世界に何があったとしても、太陽は同じ顔で毎日上り、沈むのだ。これほど確かなことが、この世に他にあるだろうか? そしてこの確かなことは、今まで何十億年と続いて来て、これからあるいは何億年と続いて行くのだ。その連綿たる命に比べて、自分はなんとちっぽけなことか!自分の命は、なんと一瞬であることか!そう思ったのだ。

そしてそう気づいたら、なんだかスッと肩から荷が降りたような気がした。


好きなように、生きればいいじゃないか。

やりたいと思ったことは、すべてやってみればいいじゃないか。

傷ついたって、好きなひとには好きと大声で伝えればいいじゃないか。

世間やまわりがどう思うかなんて、どうでもいいじゃないか。

疲れたら休んで、助けて欲しいなら助けてと叫んでも、いいじゃないか。

弱くて不完全でもいい、孤独てさみしくても、いいじゃないか。

そう、思ったのだ。

それが自分なのだから。


あのときのわたしには

「圧倒的にたしかなこと」

が必要だったのだ。


ひとびと。

二度目に波照間島を訪れた際、財布を落としてしまった。しかし、どこかに置き忘れてきてしまったのを一瞬で見つけて貰い、しかも宿まで届けてくれた。なんていい人たちなんだろう。そりゃ、交番におまわりさんいなくても大丈夫だわ。

そして、何度か島の地元の人に、車から声をかけられたり、バイクで通り過ぎる際頭をぽんっと叩かれたりした。宿の人などには顔を覚えてもらっていたけど、そんな親しげにして貰うほど知り合いはいないんだけどなぁと思っていた。後でわかったことだが、どうやら島のカフェで働いている地元の看板娘に、私が瓜二つらしいのだ。残念ながらその方にお会いしたことはないのだけど、実際の知り合いに言われるんだから、きっと似ているのだろう。私の島への愛情は、どうやらドッペンゲルガー現象まで引き起こしたようだ。

波照間島で出会った人々とは、今でも交流があったり、つながっている。皆それぞれの人生のなかで、たった数日交差しただけなのに、人生とは本当に不思議なものだと思う。


これは、ただ疲れきったアラサー女子が、旅に出て夕陽見て感傷に浸ったという小さな話であり、同時に、ひとりの女性が地球の美しさにたましいを救われた、という大きな話。

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