東南アジアで唯一のキリスト教国!?フィリピン人の生活に根付くカトリックの影響について

前話: 私が世界で一番可愛い!!世界No,1の投稿数で、他国を圧倒するフィリピンの自画撮り文化について
次話: 死んだら人生ホントに終わりなの!?フィリピン人の葬儀に立ち会い感じた日本人とは全く異なる死生観について

ぼくがフィリピンで新しく出会ったものの一つに「キリスト教」があります。


フィリピンは、東南アジアで唯一のキリスト教、その中でもカトリック国です。


◎フィリピン人にとってのカトリックとは


ホームステイ中にも、日曜日になると毎週シャーリーたちについて教会に通いました。


普段はスリッパしかはかない彼女たちも、この日は靴を履きます。服装も、短パンTシャツではなく、長ズボンと柄物ではないシンプルな服です。


どうして彼女たちは教会に行くのだろう。ぼくの場合、お盆に先祖の墓に参るくらいしか宗教行為(?)と呼べることはしません。


ぼく
なんのために教会にいくの?


思い切ってシャーリーに尋ねてみました。


すると、何でそんな事聞くの!?と驚いたような顔をしながら、しばらく考えて


シャーリー
私たちの罪と向き合い、神に祈るためじゃないかな。


と答えてくれました。


その反応から分かったことは、彼女たちにとって教会に行くことは、既に生活の一部であり今さら改まって理由を考えるまでもないということです。


ぼくたちが、お正月に神社に初詣に行く様な感覚なのだと思います。当たり前のように行っているけれど、改めて「何で?」と子供や外国人に聞かれたら困ってしまうような。



フィリピンは、カトリックの国なので、教会や街の中でキリスト像やマリア像を見る事ができます。日本でお地蔵さんを見たら、なんとなく心が落ち着くように、マリア像を見ると安らかな気持ちになります。


余談になるんですが、神父さんが話している最中に眠っている人がいて、それを見た隣に座っていたおばさんが「起こしてはいけないよ。彼は神様と夢の中でお話しているんだから。」と教えてくれて、何かクスッと笑ってしまいました。


ただ、神父さんの話は退屈と感じる人も多いらしく、若い人の中には、ほとんど教会に行かない人も増えているようです。


罪と向き合う、許される。そしてまた新しい日々の生活を送る。この絶対的なもの許されるという体験が、幸せの秘密の一つなのかもしれないなあと感じました。

- See more at: http://aimiyanikki.blogspot.jp/2015/01/blog-post_16.html#sthash.LFbqO51s.dpuf

続きのストーリーはこちら!

死んだら人生ホントに終わりなの!?フィリピン人の葬儀に立ち会い感じた日本人とは全く異なる死生観について

著者の相宮 康人さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。