一生、下半身麻痺と診断された父との約束

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父、告知される


数日後、弟からメールが来た。

「病院から電話があった。前立腺にガンがあって背骨に転移して神経が潰れたらしい。お父さん本人にも告知したとのこと。」

検査結果が出る日程で、家族に説明するので病院に来て欲しいと言われる。

指定された日時には、総合法令出版で書籍の打ち合わせが入っていたが、事情を説明してキャンセルにしてもらう。



母は過労のため動けず、弟と二人で病院に行くと、当然ながら父は元気がなく、食事もとれていないようだった。

本人も詳しい話はまだ聞いていないが、ガンだという悪い予感が当たって相当に落ち込んでいる。


夕方、日が落ちた頃、医師2名とソーシャルワーカーが病室に来て説明をしてきた。

・ガンの数値は極めて悪い

・背骨に転移し、神経がつぶれて下半身麻痺が生じている

麻痺が回復するのは難しい

寝たきりになる可能性が高く、よくて車椅子の生活

・長期間の入院はできないので、自宅に帰られないのであれば、終末型の病院に転院するか、老人ホームに入ることを検討して欲しい

・施設に入ることなどを考えると、早期に介護保険や身体障害者の申請をしておいた方が良い。

・そのための症状固定の診断書はいつでも出せる

症状固定とは、治療しても良くならないということだ

ガンについて適切な治療をすれば今すぐ命に関わるということはないが、下半身が動かないということは確定らしい。


医師たちが去り、静まりかえる病室。

弟は床にヘナヘナと座り込んでしまう。

呆然としている父に何と声をかければよいだろうか。

悲しむべきか、落ち込むべきか。


違うだろう。

自分の役割は。


「医者がそう言ったからって、決まったわけじゃない。」


「医者がダメだって言っても、治った例は山ほどある」

本で読んだ気がする。


「医療でわかることなんて大したもんじゃないんだから」

それは事実だろう。


「だから、とりあえず飯を食え」

栄養を取らなければ何も始まらない。


そんな現実逃避ともいえる発言をして弟と二人で病院をあとにした。


化学反応、起きる


帰りの車の中で、弟とは無言の時間が大半を占めたが、

「現実だから仕方がない。今自分たちができることをしよう。それしかない」

と、医者の言うことを前提に、描ける未来を話した。


寝たきりよりは、車椅子生活の方がまだ良いはずだ。まずそこまでリハビリだ。

実家の構造で車椅子生活は難しいだろう。

バリアフリーの家に引っ越す?

近くの老人ホームに入る?

ひょっとして、今、描ける未来の中で、もっとも希望があるのは、施設に入って、近くの公園で孫が遊んでいるのを車椅子から見つめる父。

そのあたりなのだろうか。

そんなシーンが頭に浮かんでくる。

父しか乗っていなかった車を処分したり、父が借りていた畑も返さなきゃいけないな、と弟と今後の役割分担についても話をした。

弟を実家に送り、帰り道。


渋滞がひどい時間帯に入ってしまったため、車が進まない。



運転操作が落ち着いていると、脳が勝手に映像を流し込んでくる。


孫が生まれて大喜びしていた父。

孫に高い高いをして笑わせていた父。

孫を追いかけてローラー滑り台の階段を全力で駆け上がる父。

一緒にサッカーをしていた父。


そんな2人の関係がずっと続くとは思っていなかった。

きっと、小学生にもなったら孫から「もうじーじとは遊ばない」と相手にされなくなるんだろうなあ、と冷めた目で見ていた。

「相手してくれるのはきっと今だけだぞ」と父に言ったこともある。


だが、まさか、父側の事情で2人の関係が変わってしまうとは思ってもいなかった。最後に2人が遊んだ公園でのシーンが浮かぶ。


そのとき、車内でGReeeeNの「両親への手紙」という歌が流れた。

ランダム再生していたスマホがこの曲を選んだ。

結婚する娘から両親に手紙を送る歌だ。

親が見守ってくれていたこと、親が叱ってくれた意味、親の愛

それらにありがとう

という内容の歌詞が車内に次々と流れる。


嗚咽


それは突然来た。化学反応のように。


ぐふっ

という声が出てしまう。

視界がぼやける。


これはまずい。

何しろ、運転中だ。

渋滞していて、車をどこかに停めることもできやしない。事故など起こしたら面倒なことになる。


歯を食いしばる。

ハンドルを強く握りしめる。

上をにらみつける。

そうしてあふれ出る涙を少しでも減らす。


前の車が少しずつ進んだ。

アクセルを踏まないと。前に進むために。


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幸い事故を起こさずに家に着いた。

自分の身体にこんな事が起こるとは驚きだ。

病室や弟との車内で泣かなくて良かった。一人の時間に起きたのが幸いだった。

誰にもばれずに済む。


そう思って、家に帰ると、妻の第一声は

「泣いたの?なんて言われたの?」

だった。


2秒でばれた。

滅多に涙を流さないため、泣いたら目の状態でばれてしまうと、このとき知った。

今後のために、泣いても目を腫らさない方法を検索しておこう。


父、弱る


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