「見えない難病と障害」 指定難病クローン病に

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一つ目の指定難病クローン病生活

僕は、厚生労働省が指定する、治ることのない難病のクローン病患者として生活を送ることになった。

会社で上司に聞かれ、クローン病という病気でした。と告げると「なんだ、お前が二人できるのか?」なんて、クローンという言葉通りに捉えた返事が返って来た。

僕自身、そんな病気の存在もしらなかったから、世間はそんなもんだと思う。


クローン病(Crohn's disease=CD)と潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis=UC)は、厚生労働省が指定する指定難病だ。症状や治療方法が似ていることから、炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory bowel disease)と呼ばれる。


腹痛、下痢、嘔吐、高熱、下血などが起こり、原因不明で完治治療が確立されていない。だから、症状を緩和する対症療法が主な治療で、投薬による緩解状態維持を常とする。


クローン病は、消化管全てに発症するが主に、大腸と小腸に炎症を起こし、狭窄したり穴が開いたり、小腸どうしがくっ付き、癒着し、そこから穴が開いたりする。そうなると患部は摘出していくから、徐々に小腸が失われていく。どちらのリスクが大きいかといえば、クローン病のほうがハイリスクだ。

患者数は、約3万4000人ほど。


潰瘍性大腸炎は、大腸にのみ発症する。だから、大腸を全摘出すれば基本、完治となる。

患者数は、19万人ほどで、難病史上最も多い。

安倍晋三、高橋メアリージュン、若槻千夏など有名人も多くいる。


写真=自民党 https://www.jimin.jp/election/results/sen_shu46/ から


共に、10代から20代で最も多く発症するので、僕が19歳で発症していただろうと言われるのにも符合する。そして、特に先進国に多く患者がいて、欧米では日本の10倍から20倍の患者がいる。


免疫抑制薬、ステロイド治療を行い、それでも聞かなければ、近年承認された生物学的製剤を皮下注射したり、点滴するが、効果の出ない人も多く、効果がでても、3年、長くても5年で効果を失う。ここ一番の必要なときに使用する最後の薬物だ。それでもダメなら切除しかない。


肛門にも病変ができることが多く、肛門の内部側壁に穴が開き、外にまでつながる。つながった穴に棒を差し込めば、外に貫通するイメージだ。あと、食事制限があるし、小腸の働き上栄養を吸収する部位だから、小腸の機能が失われていき栄養障害を起こしてしまう。


僕の場合は、通常5、6mある小腸に6か所狭窄を引き起こし、大腸の一部と、小腸の4か所を切除した。残り二か所は、病院の判断で、これ以上切ると栄養障害が大きくなると、患部二か所を残し、バイパスを通して、大腸とつなぎ、食べたものを迂回させていた。


食事制限

クローン病には、低脂肪、低残渣(消化の良い)、低刺激の食事を推奨され食事制限がある。


油(脂肪)の多い食事、たとえば、肉、牛乳など乳脂肪、てんぷら、とんかつ、カレー、ラーメン、洋菓子などはダメだ。

消化の悪い物 生野菜、ごまやまめ類、りんごなどの皮、根菜類、わかめなどの海草類、貝やエビなどの甲殻類、そばなど

刺激の強い物 酒、炭酸飲料、唐辛子、わさびなど

…安全なものはごく限られる


白飯、うどん、そうめん、大根、かぶ、人参、かぼちゃ、ほうれん草小松菜、食パン、フランスパン

魚…こんなもんじゃないだろうか。

調理の基本は、煮る・蒸す・焼くが基本だから、さらに外食など難しい。


そして、消火器の病でありがちな、ガスがたまりおならがどこでも出るし、下痢が激しく、いつもトイレを探しながらの生活だ。


食事制限と、“うんこ”たれ

当時、僕は大手マスコミで、IT系部署で営業を取り仕切る部長になっていた。

営業というと、ネット広告やニュースなどの配信や販売、新ITビジネスの構築といった仕事が主で、内外との酒席も多い。


外食では、酒は勿論御法度だし、うどんや玉子丼くらいしか食べることができないので酒席は歓迎されざる者となっていく。なるべく、海鮮系居酒屋や寿司屋になってほしいと願うが、そうも、言っていられない。


そうなると、自身も酒席を遠慮しつつ、病気を少なからず理解してくれる気の置けない仲間としか行きたくないという考えに陥ってしまった。


特に多いのは、内部だ。ちょくちょく、人事異動があるので、歓送迎会や部下の冠婚葬祭、上司との宴席。外部との宴席や歓送迎会。


僕は、ほとんど口にしないので、それでも管理職ということもあり、多く支払うことになる。僕を誘えば、酒も飲まず食べず、会費をたくさんはらってくれるから、いい参加者となる。結婚式などは、ほとんど食べるものないので、ウーロン茶とフルーツだけを食べて、祝儀を置いていく。

マスコミだから、新商品発表会や周年事業などホテルで行われる、外部のパーティーも中々辛いものがあった。会う人に、酒を注がれるから、断るのには苦労する。

僕は、白米と煮物や魚などを自分で用意し、なるべく弁当を持参し、会社ではひとりで食べたり、外出先では公園などを探して、一人昼食を摂ることが多くなっていった。

食べるものがない僕は、出張は、最も敬遠したくなる仕事になった。


出張先で、みなで夜繰り出すことになった席で、

十三谷部長は、営業の部長なのに、飲み会に消極的なのはどうなのか

と、ある人に言われた。


「そうだよな、病気であまり飲み食いできなくてね。こういう場所は嫌いじゃないけど、逆にこんな奴がいたらしらけると思って、つい積極的になれなくなってね」


一日20回のトイレ

食事の次に困るのは、トイレだ。


年がら年中、下痢でトイレが近いから、常にトイレを念頭にいれ移動する。多い時で1日20回、通常でも12、3回はトイレに駆け込む。

だから、仕事で客先に行くときは、トイレに駆け込む時間を考慮し、1時間前に会社を出る。同じ会社から、一緒に行く部下や同僚がいても、なるべく現地集合にしてもらい、僕は早めに出るか、先に用事を作り現地集合にしてもらう。


食事制限と、“うんこ”たれ、という状態は、人と疎遠になっていくには十分な要因となり、僕自身が人を避けるという行動に走ってしまっていた。



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「見えない難病と障害」 自立を目指しあえて退職 

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