『早稲田出ててもバカはバカ』共に風俗店で働く東京芸術大学卒のニヒルな御曹司、フカザワ

全編紹介

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~中略~

 ともに働く従業員にも、忘れられない人物がいる。

 彼の名はフカザワ。見た目はうだつの上がらない40代のオッサンで、口数の少ないニヒルな人だった。よく言えば高倉健似というのが、私の第一印象だ。「スポーツ紙の求人広告を見た」と電話をしてきて、私は店長として面接をすることに。履歴書を見て驚いたのは、その学歴だった。

「国立東京芸術大学卒業……坂本龍一が出た、あの東京芸大ですか?」

「そうです。何かおかしいですか?」

 フカザワはこともなげに答える。年長者でなければ「そんな人間が何で風俗店で働こうと思うの?」と問い質すところだが、年下の若造に言われたい言葉でもないだろう。そもそも、私だって早稲田を出て、ここで働いているのだ。それに、店はどんどん忙しくなり、猫の手も借りたいほどだった。落ち着いて話を進める。

「なぜウチで働きたいと思われたのですか?」

「〝恋人感覚ホテル型ヘルスで社会にロマンを提供する〟という経営理念に共感しました。こちらの評判は以前から耳にしておりました。ここなら成長できると思ったのです」

 経営理念として訴えてきたわけではないのに、変わった人だ。一回り以上年下の私から細かな指示を受けることも、何とも思わないという。すぐに採用を決め、住み込みで働いてもらうことにした。私は特別にワンルームマンションを与えてもらっていたが、一般従業員は事務所ビルの上階のタコ部屋住むことになる。彼は希望して、その部屋に入った。

 仕事ぶりはソツなく、期待に十分応えるレベルにあった。フカザワは全国各地の風俗店を同じように住み込みで転々としてきたそうで、要領は心得ていたようだ。日々、黙々と業務をこなし、仕事が終われば自室にこもり、缶ビールを開けながら本を読み耽る──そんな生活パターンが定着していた。

 何となく好きな女性のタイプを聞いてみると、「李香蘭」だという。李香蘭といえば日本名・山口淑子、原節子と並ぶ伝説の映画女優だ。戦前に日本映画『支那の夜』(1940年)に中国人として主演し、戦後その映画が「中国を侮辱している!」と漢奸(売国奴)容疑で逮捕され、あやうく死刑になりかけた。TVレポーターとしては北朝鮮の金日成との会談、日本赤軍の重信房子へのインタビューに成功し、田中角栄からの要請で政治家に転身し、18年間もの間、参議院議員を務めたという文字通り「スゴい人」だ。それにしても、大正生まれの女優の名前が出てくるとは。映画好きの私は、「歴史に名を残す、気高い女性にしか興味がない」と言い切る彼に、ますます興味を抱くようになった。

 後日、得体の知れなさを助長する能力の片鱗を見せつけられる出来事があった。広告宣伝物のPOPを外注するために、私が頭をかきむしりながら原稿を書いているときのこと。見かねたフカザワから声を掛けられた。

「その程度のもの、外注するくらいなら私が描きますよ」

「え!? フカザワさん、芸大卒とはいえ、絵なんて描けるんですか?」

「ま、多少はね」

 そうして彼は筆を取り、見事なイラストをスラスラと描き、〝Lovely Lady〟と英語の草書体も添えた。普段外注しているものより、数段クオリティが高い。彼は「他愛のない、ちょっとした取り柄ですよ」と笑っていた。

 それだけではない。さらに、外国人客が来たときに流暢な英語で対応した。

「Our shop is a sex shop that is the concept of "lover feel "The price is high, but it boasts level of girls is higher. It's worth a try playing in commemoration came to Japan」

(当店は恋人感覚をコンセプトにした風俗店です。料金は高いですが、女の子のレベルは高いです。日本に来た記念に遊んでみる価値はありますよ)

「Amazing! I want to play by all means!」

(素晴らしい! 是非とも遊びたい!)

「80-minutes course is recommended for those who for the first time. In order to enjoy the lover sense, it is too short at 60 minutes. Credit card settlement also OK」

(初回の方には80分コースがお勧めです。恋人感覚を満喫するためには、60分では短過ぎます。クレジットカード決済もOKです)

「As that was what you said, I will be!」

(君の言った通りにするよ!)

「Thank you! So, please wait in the waiting room over there.」

(ありがとうございます。それではあちらの待合室でお待ちください)

 私が驚いていると、自慢げでも何でもなく、やはり「他愛もない取り柄。早稲田出ている店長だって、英語くらいお手の物でしょう」と言う。ニヒルな彼は、それ以上、多くを語らなかった。東京芸大を出て、イラストと英語が堪能。好きな女性のタイプは大正生まれの映画女優だという風俗店の従業員。底知れぬ深みを持った、得体の知れない人物の登場に胸が躍った。

 ある日、彼が寝泊まりしているタコ部屋寮にたまたま出向いたときのこと。彼のプライベートがどうしても知りたくなり、よくないことだと分かりながら、3畳スペースを覆い隠す「禁断のカーテン」を開けてしまった。

 そこには文庫本と音楽CDが山のように積まれ、アンディ・ウォーホルのアートピースが飾られていた。音楽は洋楽のみ。洋楽には疎い私だが、デビット・ボウイだけはすぐに認識できた。『アラジン・セイン』──耽美的で退廃的、ユニセックスなデビット・ボウイのアルバムジャケットに思わずウットリしてしまい、さらに大量の文庫の中に私もハマった佐木隆三の『復讐するは我にあり』を見つけ、途端に親近感が湧いてくる。

 思わずパラパラとページをめくると、しおり代わりと思われる一枚のプリクラが床に落ちた。それは何と、彼女と思しき女性と2ショットだった。普段は見せない満面の笑みで、赤面必至のキスも収められていた。

「二人の仲は永遠のNAKA! LOVE YOU ONLY!」

 プリクラにはそう書かれていたが、写っている女性は李香蘭とは程遠く、お世辞にも美人とはいえない──はっきりいって、相当な不美人だった。自分のことを棚に上げ、私は思った。

(彼の身に一体、何が起こったのだろう?)

 好奇心の洪水は止めどなく流れ、防波堤はついに決壊。私はどうしても彼の素性が知りたくなり、煎餅蒲団の周囲を物色した。ワイドショー時代のやじうま根性、取材力が蘇り、部屋の片隅に名刺ホルダーを発見。そこには李香蘭と明治天皇の写真が収納されていた。明治天皇の写真を持ち歩く人も初めて見たが、その後に発見した、一枚の名刺にKOされることになる。

「株式会社○○ 取締役会長 フカザワ△△」

 そこに書かれていた社名は、日本人なら誰もが知る老舗優良企業で、私自身もテレビCMで流れていたテーマ曲を諳んじて歌えるほど、愛着があった。後にその企業のHPで取締役会長の顔を確認したところ、フカザワと瓜二つだった。彼の正体は紛れもなく、日本が誇る大企業の御曹司だったのだ。そして私は、そんな彼をアゴで使う大馬鹿者だった。

 呆然としながら店に戻ると、いつもの渋い表情でフカザワが店番をしていた。

「おかえりなさい。寮に行っていたのですか?」

「ええ……。定期的に問題がないか確認するように、社長から言われているもので」

 

 私は目を合わすことができなかった。

 

 それから程なくして、フカザワは「飛んだ」。つまり、無断欠勤でそのまま逃げてしまったのだ。夜の商売では、給料日の翌日には誰かが飛ぶことは珍しくなかったが、彼には飛ぶ理由が見当たらなかった。激務にも悠々と耐え、人間関係にも無頓着だから、トラブルなどない。私が素性を知ったことを察知し、傷ついてしまったのかもしれない。

 後日、常連客から「コンビニでフカザワさんを見た」との情報が飛び込んできた。ゴシップ誌を立ち読みし、特集記事の袋とじに指を突っ込んで、真剣に中を覗いていたという。またどこかの風俗店に、住み込みで働いているのだろうか。

 東京芸術大を出たインテリで、かつ有名企業の御曹司が風俗店のペーペーとして住み込みで働き、早稲田大学を出て真面目に働いているはずの私はシャブ中に成り下がり、親戚の誰にも知られず風俗店の店長として密かに身を潜めている。誰にでも人には言えない過去はあるものだと悟った。

~つづく~

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